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03 緩んで解けて絆されて

4時限目終了のチャイムが鳴った瞬間から戦争は始まる。財布片手に購買へ走る人の群れに混じり、右足を強く蹴り出した。片手にはお弁当と小さな紙袋を握り、誰かにぶつけてしまわないようにお腹の辺りに抱えると、そっと人混みから外れて階段を駆け上がる。
向かうのはもちろん、二年の教室だ。


「いさしき、先輩っ」


先輩のクラスが見えてきたのと同時に足を緩めたけれど、ちょうど扉から出てきた先輩を視界に捉えるともう一度強く踏み込み、ほんの少し丸められた背中に向かって声を掛ける。ギリギリだったけど、何とか間に合ったみたいだ。
走ったせいで若干乱れた呼吸を整えながら驚いた様子の先輩の目の前まで足を進めると、にっこりと自分の中で最大級の笑顔を作った。


「お昼ごはん、一緒に食べませんか?」


手にしたお弁当を掲げながら問いかけたけれど、目も口もパカリと開いたままの先輩から返答はない。どうしてお前が?とでも言いたげなその表情は最もだろう。お昼ご飯を一緒に食べる約束をしていた訳でもないのに、いきなり押しかけて来たんだから。
私だって連絡先を知っていれば嬉々として約束を取り付けたけれど、残念ながら先輩の連絡先は登録されていないし、うっかり告白してしまったあの日から先輩には会っていなかったのだから仕方ない。本当は少女マンガという情報を手に入れた時すぐにでも先輩に会いに行きたかったのに、押しすぎは嫌われると紗良に引き止められたんだ。
会いたい会いたいと駄々を捏ねる私を宥めすかす紗良に結局三日間も我慢させられて、やっと今日オッケーが出たんだよね。


「マジで来やがった」
「はい!来ました!」
「あー・・・俺、学食なんだけど」
「じゃあ、食べ終わってから少しお話したいです!」


戸惑いを見せる先輩にぐいぐいと食い下がってみたけれど、先輩は困ったように眉を下げて頭を掻くだけで、良いとも駄目とも言わなかった。
もしかして、いきなり誘ったのは迷惑だったのかな。今日は連絡先を聞いて、メールとかから少しずつ距離を縮めていくべき?それでもいいけど、折角会えたんだし少しでもいいから話したい。
先輩の戸惑いは伝わってきたけれど、直接顔を合わせてしまった事で我儘な気持ちがムクリと顔を出す。でも、相変わらずの表情を浮かべる先輩を見ると心のうちを言葉にする事が出来なくて、戸惑いを隠すようにそっと視線を下に落とした。
一先ず今日は諦めて、紗良に相談してからにしようかと考えた時、伊佐敷先輩の隣から落ち着いた声が発せられた。


「いいじゃん。そのくらい」
「オイ、亮介」
「話すくらい良いだろ?早くしないと学食混むんだから」
「まあ、そうだけどよ」


綺麗なピンクの髪色をした先輩の言葉に、渋々といった様子で歯切れ悪くも頷いてくれた先輩に俯いていた顔を勢いよく上げる。
救世主だ。救世主が現れた。名前も知らないピンク先輩が輝いて見える。
実は伊佐敷先輩の影に隠れていたせいで、今の今まで存在を認識出来ていなかったんだけど、それは秘密にしておこう。


「・・・ねぇ、君」
「は、はい!」


やばい。まさか心の声読まれた?救世主は読心術の持ち主?なんて思ってしまうくらいタイミングよく掛けられた声に思わず背筋をピンと伸ばしたけれど、どうやら違ったらしい。胡乱気な視線を向けられたものの「20分後に中庭のベンチね」と呆れ気味に言っただけで特にお咎めは無かった。


「そこで話せばいいだろ?」
「はい!ありがとうございます!」
「勝手に決めんじゃねぇよ!」


声を荒げる伊佐敷先輩を「はいはい。行くよ」なんて傍から聞いていても適当だと分かる宥め方であしらいながら食堂の方へと向かっていく先輩達。並んだ二つの背中が見えなくなったところで、来た時と同じように右足を強く蹴りだした。


「やったね!」


小さくガッツポーズをしながら一人中庭に向かう。一旦教室に戻る事も考えたけれど、遅れて待たせるわけにはいかない。中庭のベンチに腰掛けて何を話そうかと頭の中でシュミレーションしながらお弁当を食べていれば時間はあっという間に過ぎていたようで、少し背中を丸めながらこちらに向かって歩いてくる伊佐敷先輩を視界に捉えた。


「伊佐敷先輩っ!」


自分の存在を示すようにぶんぶんと大きく手を振れば、何ともいえない表情を浮かべながら一人分の距離を空けて私の隣へと腰を下ろした先輩に、顔が自然と緩んでしまう。
だって、初めて二人きりになれてるんだもん。騒がしい廊下じゃなく、余り人が居ない静かな中庭。通り過ぎていく人や自販機でジュースを買う人はちらほら見るけれど、誰も私達の事なんか気にも留めていないんだから、実質二人きりだよね。うん。


「今日は急にすみませんでした」
「おぅ」


ああ、どうしよう。ぶっきら棒な返事ですらカッコいい。先輩が前を見据えたまま視線を合わせてくれないのをこれ幸いとばかりに横顔を堪能する。
鼻筋は通ってるし、少し突き出た唇は何だか不機嫌そうだ。顎の髭は怖い印象を与えるかもしれないけど、私から見れば素敵なチャームポイント。ずっと見ていたって飽きない。
さっきまで何を話そうかシュミレーションしていたというのに、あまりのカッコよさに見惚れてしまって話題の一つも思い浮かばず、沈黙が流れた。


「なあ、お前さ」
「松浦です!松浦楓って言います」
「あー、松浦は」
「是非楓って呼んでください!」
「だぁーもう!先に進まねぇな!!」


苛立ったように大きな声を上げた先輩が私の方へと向いて、クイッと眉を吊り上げた。先輩が怒っている事は一目瞭然なのに、それよりも先輩の瞳が私を映してくれた事に心臓がドキドキと煩く鳴り出す。全然怖くない、なんて言ったらもっと怒っちゃうかな。
でも、呆れたように「楓がこの前言った事」と名前を言い直してくれるところとか本当に優しいなって思うし、大好きだなって再確認させられるんだよ。


「あれ、冗談じゃなかったのかよ」
「あれって?」
「教室に来た時、好きだとか何とか言ってたろ」
「冗談なんかじゃないです!本気です!!」


空いた距離を埋める様にズイッと身を先輩の方へと乗り出す。まさか冗談だと思われていたなんて・・・。勢いで言ってしまったのは確かだけれど、嘘は一つもついていないし、このまま冗談にされてしまったら堪ったもんじゃない。
やっぱり紗良を振り切ってでも直ぐに先輩の元へ行くべきだったんだろうか。


「ちょ、近ぇよ!分かった。分かったから落ち着け」


必死の形相で詰め寄る私を先輩の大きな手の平がググッと元の位置へ押し戻す。二人の間にもう一度距離が出来たところで、先輩の口から小さく溜息が漏れた。
今のままじゃ駄目だ。この前みたいに勢いで言うんじゃなくて、ちゃんと先輩に届くように伝えないと。
校舎内から聞こえる微かな喧騒を耳にしながら、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出した。そして、ピンと背筋を伸ばして先輩の瞳を真っすぐに見つめる。


「私、伊佐敷先輩が好きです」
「お、おぅ」
「でも、返事はいりません」
「ハァ?」
「とりあえず仲の良い後輩になってもっと距離を縮めてから、改めて告白したいと思います」


今返事をもらったところで、きっと答えはノーだ。そんな事は分かっているし、分かっているからこそ仲の良い後輩から始めようとしてるんだから。まあ、考えなしの発言のせいで色々と後手に回ってしまったけど、とりあえず現時点での決意表明だ。


「ハハッ、何だそれ」


もしかして断られてしまうかもしれない。今日の態度を見る限り、迷惑だからもう来るなと言われたっておかしくない。先輩からどんな反応が返ってくるのかドキドキしていたが、弾けるように声を上げて笑った先輩を見てふっと肩の力が抜けた。
無意識にスカートを握り締めていた手を緩めれば、もう秋も終わりだというのに滲み出た汗で手の平が湿っていた。そのくらい緊張しながら告げたのに、当の先輩は笑いを堪えているのか相変わらず肩を震わせている。


「分かった。仲の良い後輩からな」
「はい」
「つっても今はまだ、ただの後輩だけどな」


ニッと口角を上げて笑う姿に、ばくんばくんと心臓が暴れ出す。私の前では一度も見せてくれる事の無かった表情に、心臓は素直に反応したらしい。
私のせいでもあるけれど、常に不機嫌そうな先輩を目にしてきたから、こうして笑顔を見せてくれたのが凄く嬉しかった。


「どうしましょう先輩」
「あ?」
「心臓が踊ってます。飛び出そうです」
「何だそれ。落ち着けって言っとけ」


先程から煩く脈打つ鼓動は、伊佐敷先輩のコロコロと変わる表情を目にする度に高鳴って落ち着く気配がない。
肌寒いと感じる気温なのに熱くなる体も、忙しなく動く心臓も、私の体全部が伊佐敷先輩を好きだと叫んでいるみたいだ。
このままではどうにかなってしまいそうで、話題を変えようとお弁当の横に置いてある紙袋を手に取った。


「あの、これ!仲の良い後輩になる第一歩にと思って」
「は?これって・・・」
「私も少女漫画好きで沢山持ってるので、漫画の貸し借りを名目に先輩と会って話せたらなって思ってます!」
「いや、それ言ったらダメだろ」
「ハッ!?しまった」


何でもかんでも明け透けに話してしまうのは私の長所であり短所であると紗良に言われているが、今といいこの前の突撃の時といい、緊張するとより顕著になってしまうらしい。
だけど先輩は私の打算的な考えを聞いても怒る事はなく、「仕方ねぇな」と呆れたように笑ってくれるのを見て、胸がきゅんと音を立てた。

時間の許す限り色々な話をして、時折笑い声を上げる。他愛も無い会話だけど、先輩と話していると楽しいし、自然と笑顔になれた。
ちょっと口は悪いけど、決して人を傷つけるような事は言わない、優しいところ。
照れた時には視線を合わせてくれなくて、斜め上へと外してしまう仕草。
一つ先輩の事を知るたびにどきどきしたし、好きが募っていった。


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