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04 手繰って辿って縁の糸


ここ数週間で、俺の日常は一変した。とは言っても、朝から晩まで野球している事には変わりないから校内に居る時に限っての話だが。
主な原因は一人の女だ。松浦楓と名乗ったその女は、兎に角変なヤツだった。いきなり俺の教室まで来て訳の分からない事を言い放ち、挙句の果てに好きだと告白してきたかと思えば、こっちが呆気にとられているうちに逃げるように帰ってしまった。
第一印象から強烈だったが、それから数日は何も音沙汰が無かったし何かの罰ゲームだったのかと思って忘れていたが、再び現れたそいつに現在進行形で振り回されている。


「せーんぱーい」


一番変わった事といえば昼休み。今までは学食で昼飯を食ってからは教室で仮眠を取っている事が多かったのに、今は専ら中庭のベンチだ。もう秋も終わりで寒いってのに、わざわざこんな場所に来ている理由は一つ。視線の先でぶんぶんと手を振っている楓がいるからだ。
満面の笑みで手を振る楓の横に腰を降ろすと、思っていた以上の空気の冷たさに体を竦める。


「今日寒くねぇか?」
「寒いんですか?私が温めましょうか?」


俺の方に向き直ったかと思えば、恥ずかし気もなく両手を広げた楓を「バカか」と一蹴するものの、堪えた様子はなくヘラリと無防備に笑うだけ。
自分の口の悪さは自覚しているし、野球で外野から声を出すことも多いから地声もデカいと思う。大抵の女子には俺が素で接すると怖がられたりするのが最早当たり前になっていたんだが、楓は俺が何を言おうといつも暢気に笑っている。天然なのかバカなのか。未だにコイツの事は良く分からないけれど、その笑顔を見ると何だか調子が乱されるんだよな。


「そういえばアレ、持ってきたか?」
「もちろん!はい、どうぞ」
「サンキューな」


手渡された袋の中身を見てみれば、予想通り一冊の漫画が入っていた。
仲の良い後輩になるための第一歩。そう言って楓が少女漫画を持ってきたあの日からほぼ毎日漫画の貸し借りが続いている。なるべく毎日会いたいからという理由から貸してくれる漫画は一冊だけ。一冊なんてすぐに読んじまうし、続きは気になるしで結局平日は毎日会ってしまっているあたり楓の術中に嵌っているような気がする。


「先輩、次の試合っていつですか?」
「次はしばらく先だろ。公式戦は終わったし、もうオフシーズンだからな」
「えー・・・先輩が試合してるところ見たかったのに」
「冬は基礎トレが主だからな。地獄の冬合宿も始まるし・・・はぁ・・・」
「冬合宿?何ですかそれ」


考えただけで溜息が漏れた。
夏合宿はレギュラー中心で人数が少ない分キツイといえばキツイが、実践に基づいた練習が殆どだし守備練も自分が上手くなるためだったらいくらでもやってやる。
けど、冬合宿は主に体力作りだ。基礎体力やウエイト、体幹を鍛えるメニュー中心で組まれていて、特にランメニューだけは考えるのも拒否したくなる。毎日身体を虐めぬくのは楽しくねぇし、正直辛い。延々と続くそれに去年は泣きたくなったものだ。いや、終わった瞬間マジでちょっと泣けた。
楓に説明していると去年の事が鮮明に思い出されて、今年もそれがあるのかと思うと今から憂鬱になる。


「多分冬休み死んでるわ・・・」
「そっかぁ。じゃあ冬休み始まったら会えなくなっちゃいますね」


いつもの溌剌とした声とは違い、どこか寂し気に零された言葉に思わず楓の方を見れば、真っ直ぐ空を映し出していたその瞳がスッと細められた。まるで今でも泣き出すんじゃないかと思うような表情に驚いて、焦った。


「いや、まあ、アレだ。メールくらいなら出来るけどよ」


って、何言ってんだ俺。
でも、ヘラヘラとバカみたいに笑う顔しか見ていなかったから急にそんな顔されてもどうして良いか分からねぇし。咄嗟に口を付いて出た言葉だったけど、「本当ですか!?」って楓が弾けるように笑ったのを見て、メールくらい良いか。なんて思ってしまった。

あれ?何かこれ、ちょっとヤバくねえか?



◇ ◇ ◇



「声出してけー!」


ただでさえテスト期間明けのオフからトレーニングが過酷になっていったのに、冬休みに突入してすぐの冬合宿からはもう地獄と言っていい程だった。覚悟はしていたけど、途中で何が何だか分からなくなってくるくらいの運動量に体はすぐに悲鳴をあげて、二日目にして既に足腰ガクガクで朝起きるのすらままならねぇくらいだ。
夕飯を食って風呂に入ればもう何もする気が起きなくて、ベッドに横になればすぐに寝入ってしまう。
だから、楓からのメールが途絶えている事に気付いたのは三日目の夜。寮でやったクリスマス会の後だった。

食堂でケーキ片手に騒ぐ野郎共に無茶振りをしながら携帯で写真を撮っていた時、ふと思い出してメールボックスを開けば、楓からのメールが合宿初日で止まっいる事に気付く。別に、心配するほど時間が経っている訳じゃない。たった二日三日来ていないだけだし、メールを忘れるくらい冬休みを満喫しているだけなのかもしんねぇ。
けど、毎日特に用事もなくメールを送ってきていたから、少し気になった。そう、少し気になるだけだ。そう自分に言い聞かすように反芻してから、自分の部屋に戻りメール作成画面を開いてみるものの、楓に対して今まで自分からメールを送った事が無くて、文章が何も思いつかない。


「・・・アホくせぇ」


何を送るか一通り考えてみたが、その内に悩んでいるのがバカらしくなって適当に指を動かした。今さっき撮ったばかりの写真を添付して、本文には『ケーキ食ったか?』の一言。自分でもどうかと思う内容だけど、相手は楓だし問題ないだろう。そう思って送信ボタンを押して携帯を投げ出すと、ベッドへと寝転んだ。
あー、このまま寝れそう。でもまだ風呂入ってねーし、寝たら完璧アウトだ。
目蓋が重くなるのを感じながら寝ないように自分を叱咤するものの、一度横になった体を起き上がらせるのは困難で徐々に眠気が襲ってくる。あともう少しで微睡みの中へ行くのを、耳元で鳴った携帯の振動音が阻んだ。
手探りで携帯を掴み、眩しさに目を細めながらも画面を見てみれば一通の新着メール。相手が楓だという事を確認すると、緩慢な動作でメールを開く。


『伊佐敷先輩、メリークリスマス!合宿お疲れ様です。本当はメール沢山送りたかったんですけど、疲れていたら悪いなって思って我慢してました。だから、先輩からメールが来てすごく嬉しい!ありがとうございます。あー、早く会いたいなぁ』


絵文字でカラフルに彩られたメールは楓そのものだ。きっとバカみてぇな面して打っているんだろうな。と、アイツのヘラッと笑う無防備な顔が容易に想像出来てしまう。
・・・ん?俺今何考えた?ちょっと待て。ヤバい・・・不覚にも可愛いとか思っちまった。枕に顔を埋めながら深く息を吐き出す。あー・・・疲れてんのかな、俺。いや、実際めちゃくちゃ疲れてはいるんだけど。
あれだけダルかった体を起こして、もう一度頭から目を通した。冷静になれ、あの楓だぞ。そう自分に言い聞かせながら下へとスクロールしていくと、添付ファイルがある事に気付く。
何も考えずにファイルを表示させて、一枚の画像が目に入った瞬間――陥落した。

ケーキを手に持って幸せそうに笑う楓の姿を見て、手の平で顔を覆った。ドキッ、じゃねーんだよ。反応してんじゃねーよ心臓コノヤロウ。
これはもう、認めるわ。認めざるを得ないわ。陥落したってのはこういう時に使う言葉なんだろうな。見事に攻め落とされた気分だ。


「はぁ・・・やられた」


ポツリと独りごちた言葉は思っていた以上に苦々しいものになってしまい、笑いが込み上げてくる。振り回されっぱなしなのも何だか癪で、映し出されていた画面を切り替えてアドレスを表示させると、楓の名前で指を止めた。
初めて会った時は変なヤツだと思ったし、絆される事なんて無いと思ってたんだけどな。
伊佐敷先輩、と無邪気に笑う楓を思い浮かべながら、自分の躊躇いを表すように緩慢な動作で通話ボタンを押した。


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