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05 優しく結んで赤い糸


肌を刺すような冷たい空気から逃げるようにキュッと身を縮こまらせながら空を見上げると、飛行機雲の真っすぐな白い線が青にくっきりと映っているのが見えた。それに向かってはあっと吐き出した息は白く濁り、すぐに空気の中へと溶けていく。
冷たくなってしまった顔をマフラーの中へと埋めながら、駅の方へと視線を向けた。もうすぐかな?実家はちょっと遠いって言ってたから、もう少し掛かるかな。
時間よりも早く着いてしまったのに、いつものようにスマホで時間潰しをする気にもなれず、駅から人が出てくる度に目を向けて探してしまう。
先輩から電話をもらったあの時から、ずっと気持ちがふわふわとしたままで落ち着かない。


「おー、久しぶりだな」


クリスマスの夜に先輩から掛かってきた一本の電話。
電話なんて初めての事だったし、ディスプレイを見た瞬間驚きのあまり手からスマホを落としてしまいそうになった程だ。慌てて耳にあてれば、私の焦りなんて知りもしない先輩のちょっと間延びした声が機械を通して聞こえてきた。


「オイ、聞こえてるか?」
「あっ、はい!お疲れ様です。電話越しに聞く先輩の声もカッコイイですね」
「・・・切るぞ」
「え、ダメです!そのままでお願いします!」


先輩と話すのは冬休みに入って初めてなのにも関わらず、まるで中庭のベンチに居る時のような会話の応酬に、あぁ、伊佐敷先輩だ。なんて当たり前の事に感動してしまう。
先輩の声を聞くだけで胸の奥からじわじわと嬉しさが込みあげてきて、部屋に一人きりだというのにニヤニヤと顔がだらしなく緩んでしまった。


「あー・・・お前、正月って何か予定あるか?」
「お正月ですか?元旦は予定入ってますけど、それ以外は特に何も・・・」
「じゃあ二日の日、初詣行かねぇか?」
「っ!?行きますっ」


少し躊躇いがちに話し出した先輩に、そういえば何か用なんだろうかと首を傾げていれば、思いもよらない誘いに前のめりになった。先輩と初詣!一も二もなく行くに決まってる。むしろ予定があったとしても先輩優先だ。
まさか誘ってもらえるなんて思ってなくて、どうしたんだろうとは思いつつもそれを先輩に聞いてやっぱりやめた。なんて事になったら悲しすぎる。
だから聞きたいのをグッと堪えて、浮き足立った気持ちのまま今日を迎えた。


「あっ、来た」


寒いからだろうか。いつもよりも背中を丸めて腕を組みながらこちらに歩いてくる先輩。まだ顔もハッキリとは見えない距離だし、マフラーで顔半分が隠れているけど、一目見て伊佐敷先輩だと分かる。正に愛の力だね、うん。


「っス。早ぇな」
「こんにちは。先輩に会えると思うと居ても立っても居られなくて、早めに出ちゃいました!」
「あー・・・そうかよ」
「会えて嬉しいです」


久しぶりの伊佐敷先輩を目の前にして落ち着けというのは無理な話だ。会えなかった一週間とちょっとの間我慢していたものが一気に溢れ出そうになってしまう。冬合宿の事とか沢山聞きたいし、私の話も聞いて欲しい。
でも、話に熱中してしまうと色々な事が疎かになってしまう自分の性格も良く知っているので、喉まで出掛かっているあれこれを何とか堪えた。


「初詣、この近くの神社でいいんですよね?」
「おう。ここら辺良く分かんねぇし頼むわ」


勝手知ったる自分の地元を先輩と歩くのは何だかちょっとドキドキする。もし知り合いに会ったらどうしよう。なんて要らぬ想像をしながら神社までの道のりを歩くけれど、隣をチラリと見やればそこに先輩が居る事がどうしようもなく嬉しくて、先輩を見る度にニヤニヤとだらしなく緩む口元をマフラーに埋めて必死に隠した。
だって、今日の先輩私服だし!今まで制服かユニフォーム姿しか見た事無かったけど、私服もめちゃくちゃカッコイイんだもん!隣を歩いてるのが私で大丈夫?って心配になるくらいだ。


「あ、ここの神社ですよ」
「へぇ。結構人居るじゃねーか」
「この辺りだと一番大きいですからね」


人混みの中、参拝する為に列の後ろへと着くと漸く歩みを止めて、これ幸いとばかりに先輩に話しかけた。我慢していたのもあったからか、喋っているのはほぼ私で先輩は時折相槌を打ってくれるだけだけど、列に並んでいるこの待ち時間が全く苦にならないどころか、もっと長くてもいいと思えるくらい楽しい。
でも、先輩と会話している内にふと違和感を覚えた。最初は気のせいかと思っていたけれど、列が進むにつれて核心へと変わっていく。それと同時に、ふわふわと浮かれていた気持ちが空気を抜かれた風船のように一気に萎んでしまった。
――歩き出してから一度も、先輩が視線を合わせてくれない。


「そんな真剣に何祈ってたんだ?」
「うーん、言ったら叶わないって聞きますし・・・内緒です」


私の口数が急に減ったからだろうか。先輩から話しかけてくれたけど、やっぱり視線は合わないままだ。さっきまでみたいに上手く笑えなくて不細工な笑顔になってしまっている私にも、きっと先輩は気付いていない。


「ねぇ、先輩」
「何だよ?」
「・・・つまらないですか?」
「あ?ンな事ねーよ」


一度気になってしまうともうダメで。参拝が終わった後に引いたおみくじの内容よりも先輩の視線の行方が気になってしまう。
滅多にない先輩のオフだし、出来る事なら初詣が終わっても一緒に居たいと思ってた。でも、無理矢理付き合わせたいわけじゃない。だから、今日一緒に居れる時間がここで終わってしまったとしても、先輩の今の気持ちが知りたかった。


「えー。だって先輩、あまり喋ってくれないし目も合わせてくれないですもん」
「いや、それは・・・あー・・・、あれだよ」


重い雰囲気にならないように。ただの会話の一環として平静を装いながら先輩に問いかけてみたけど、取り繕うのはやっぱり苦手らしい。
先輩を見る事が出来ず、地面に敷き詰められている玉砂利へと視線を落とす。これじゃあ気にしてますって言っているようなものだ。
珍しく煮え切らない言葉を発した先輩は今、どんな表情を浮かべているんだろうか。
それを知るのが怖かった。


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