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06 結んだ小指にとまる蝶


やっぱり聞くんじゃなかった。
早くも後悔し始めたのは、先輩の言葉が不自然に途切れてしまったから。曖昧な言葉の後に何も続かず沈黙が流れて、私達の間に微妙な空気が流れる。普段なら笑い飛ばして空気を変えるところだけど、流石に自分が作り出したこの状況だと顔を上げる事も出来ず、ただ周りの喧騒と砂利が擦れ合う音を聞いていた。


「・・・ちょっとこっち来い」
「え?」


その空気を払拭したのは伊佐敷先輩の一言で。グッと強く腕を引かれたかと思うと、先へと歩きだしてしまった先輩。掴まれている所為で勝手に前に進む足を動かしながらやっとの事で顔を上げたけれど、視界に映るのは大きな背中だけだった。
どうしたんだろうと戸惑いつつも声を掛ける事が出来なくて、腕を引かれたままどんどん人混みから外れていく。拝殿から遠ざかって、玉砂利で出来た道を奥へ奥へと進んでいくと、冬枯れた木々に囲まれた一つの祠の前へと辿り着いた。
ここまで足を運ぶ人はいないのか、辺りに人気はなくて喧騒も遠い。
先輩が歩みを止めたのは、その祠の前。澄み切った空気の中、陽の光が木々の間から射し込み辺りを照らしている、正に神域を表しているかのようなこの場所で先輩と向き合った。


「さっきの話。別に、つまんねーとか思ってねぇぞ」
「・・・でも、」
「あれだ、その、私服初めて見るしよ・・・」
「え?」
「いつもと違うから調子狂うんだよ!」


どこかぎこちなく言葉を紡いでいた先輩が、最後は半ば叫ぶように言い放つ。
先程とは違い、今度は先輩から視線を逸らさなかった私はしっかりと見てしまった。先輩の耳が仄かに赤くなってるのは、寒さのせいじゃないよね?今視線が逸らされているのは、照れているからって事でいいんだよね?
落ち込んでいた気持ちが高揚感を伴って一気に浮上してきた。


「それって、もしかしてカワイイとか思ってくれてたりします?」
「ハァ!?調子のんなよ!」
「・・・ですよね。すみません」
「だぁー!!ヘコむな!嘘だよ!調子のっとけ!」


大きな手が頭の上に置かれてぐしゃりと乱雑に撫でられる。ぐちゃぐちゃに乱された髪の毛に文句を言ってみるけれど、先輩に触れられた事が嬉しくて口ばかりのものになってしまった。
やめてください、うるせぇよ。掛け合う言葉はいつもどおりで、先輩も私も自然と笑顔が溢れている。まるで学校の中庭のベンチにいる時のような雰囲気に、やっと肩の力が抜けた気がした。
しかも、先輩が可愛いって言ってくれたし。いや、実際には言ってないけど、言ってくれたようなものだし。今日、私が先輩の私服をカッコイイって思ってたのと同じ気持ちでいてくれたって事だよね。今すぐスキップでもしたいくらいに嬉しい。
もうこれって、仲の良い後輩になれたって思ってもいいよね?学校では毎日一緒に居るし、こうして休日一緒に出掛けるのって仲の良い後輩ポジションを確立したって事で良いよね?
今日帰ったら紗良に報告しなくちゃ。それで、彼女へ向けてのステップアップ対策を練ってもらおう。


「なあ、どうして俺が今日誘ったか・・・分かってるか?」


ニヤけた顔を隠しもせずこれからの事を考えていると、先輩から掛けられた言葉にぱちぱちと目を瞬いた。
いつもみたいに揶揄っている表情じゃなく、緩やかな笑みを携えた先輩。そして、落ち着いた声音。それだけで普段の先輩とは雰囲気がガラリと変わって、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。


「・・・仲のいい後輩だからじゃないんですか?」


急にどうしたんだろうと戸惑いつつも、たった今思っていた事を口に出した。
仲の良い後輩って思ったの、ぬか喜びじゃないよね?否定されないよね?上げて落とされるパターンだけは嫌だ。


「それだけじゃねーよ」
「え・・・?」


先輩の伏せられていた目がゆっくりと持ち上がり、徐に一つ瞬きをした後、綺麗な鳶色の瞳が私の姿を映し出した。


「お前が・・・楓が好きだからだよ」
「え、嘘!?」
「嘘でこんな事言うかバカ!」


今の気持ちを表すなら寝耳に水、青天の霹靂というところだろうか。嬉しいという感情よりも信じられない気持ちの方が大きくて、つい疑いの言葉を向けてしまう。
だって、今しがた仲の良い後輩になれたかもって喜んだところなのに。もっともっと先輩との距離を縮めて、そしたら改めて告白するつもりだったんだよ?それがまさか先輩から告白されるなんて想定もしていなかった。


「からかってます?」
「何でそうなるんだよ!からかってねーよ」
「だって、信じられない・・・」
「ハァ!?」


私だって本当は信じたいよ。諸手を挙げて喜びたいし、何なら先輩の胸の中に飛び込みたい。
先輩が冗談で告白するとは思えなかったけど、今まで先輩が私に恋愛感情を持っていると感じた事がないので直ぐに信じる事が出来なかった。
何ていうんだろう。好きオーラ?みたいなのが出てない気がする。視線とか、醸し出す空気から感じるようなやつ。
でも、思い返してみればこの場所に来てからの伊佐敷先輩は雰囲気も違ったし、視線とかから少し感じたような・・・。


「先輩?」
「・・・何だよ」
「キス、してくれませんか?」
「ハァ!?何言ってんだお前」


結局、予想だにしなかった告白に混乱した私が導き出した答えがコレだ。紗良が聞いたらまた突拍子もないって怒られるかもしれないけど、冗談ではなく至って真剣である。
だって、先輩は優しいから。もしも揶揄っているだけなら絶対キスなんてしない。というか、出来ないと思う。試すような事は良くないと分かっているけど、確信出来るのはこの方法しか思いつかなかったし、先輩の言葉を信じさせて欲しかった。
だけど、あからさまに狼狽えている先輩の姿を見て、視線と一緒に気持ちも少しずつ落ちていく。


「ッざけんな」


やっぱり、揶揄っているだけだったのかな。そう思った時、不愉快そうに吐き出された一言。地面に落ちていた視界に伸ばされた腕が映り込むと、グッと腰を引かれてたたらを踏んだ。
驚いて顔を上げれば先輩の顔が目と鼻の先にあって、睨むような目付きに捕らえられた。


「・・・これで信じたかよ」


何が起きたのか理解出来たのは、先輩が離れていってから。一瞬だったけれど、確かに触れ合った唇。少しかさついた先輩の唇の感触が残るソコを手の平で覆い、コクコクと首を上下に振って頷いた。
――キス、してくれた。
心の中で呟くとより実感が増して、胸の奥の方からじわじわと喜びが湧き上がってくる。


「何だコレ・・・あー、振り回される予感しかしねぇ」


頭を抱え込むようにしてしゃがんだ先輩が呟いた台詞が愛の言葉に聞こえるのは気のせいだろうか。だって、先輩を振り回すくらい私の気持ちをぶつけて欲しいって事だよね!それなら得意分野だし、ドンと来いだ。
俯いたままの先輩の前にしゃがみこむと、ほんの少しだけ顔が持ち上がって不満そうな視線が向けられた。


「先輩?」
「・・・ンだよ」
「先輩は・・・私の彼氏、ですか?」
「それはお前の返事次第だろ」


――伊佐敷先輩と付き合えますように。
初詣で神様へ向けた一つの願い事。先輩には教えなかったはずなのに、叶ってしまった。
嬉しくて堪らなくて先輩に向かって腕を伸ばすと、そのままの勢いで抱き着く。しゃがんだままの体勢では受け止めきれなかったのか「うわっ、ちょ」と焦ったような言葉が上がったけれど、背中に回された腕に強く抱き締められて衝撃は殆ど感じなかった。


「痛ぇ・・・」
「やったー!!」
「落ち着け!っつーかまだお前の返事聞いてねぇぞ」
「そんなの決まってます!好きです!伊佐敷先輩が大好き!」


自分の気持ちを伝えるが早いか、今度は自分からキスをする。
微かに震えた唇は先輩の驚きを表していたけど、ギュッと首に腕を回したまま離れなかった。
いきなり何するんだって、また怒鳴られちゃうかな。でもそれが照れ隠しだってもう知ってるから、ちっとも怖くない。
祠の前で距離をゼロにした私たちを祝福するかのように、ヒュゥと風が吹き抜けていった。



fin.




ちょうちょ結び、最後まで読んで頂きありがとうございました。
たまにはわちゃわちゃしたお話も面白そうだなと思って、ちょっとおバカな夢主に振り回される伊佐敷のお話を書きました。やはり普段とはちょっと違うテイストなので行き詰まる事も多かったですが、楽しく書けたと思います。

このお話は、純さんが大好きなお友達に捧げます。
本誌でもまた純さんが出てくるといいな!


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