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03 日曜日の絶望


外を走る車の音だろうか。エンジン音が耳について、ふと眠りから意識が浮上する。
もう朝がきた事に愕然としつつも起きようとするが、身体は起きる事を拒否しているように重くて、結局枕に深く頭を押し付けた。
今が何時だか分からないけど、今日は日曜日だしまだ寝ていても問題ないだろう。特にやらないといけない事もないし、買い物は昨日御幸くんが寝た後に行ったから冷蔵庫は満たされている・・・。

そこまで頭の中で考えて、今までグダグダしていたのが嘘のように勢いよく起き上がった。
バサっと布団が捲れた音がやけに大きく響いたが、昨日の事が脳内で再生されていてそれどころではない。

そうだ。今この家には私一人じゃない、御幸くんがいるんだ。夢のような出来事だったけど、夢じゃないよね。
脳内再生が全て済んだところで目を擦りながらベッドを抜けた。リビングへ行こうとドアノブに手を掛けたところで、彼の笑い声が蘇って動きが止まる。

せめて着替えてからにしようかな。昨日の失態は繰り返さないようにと思い、着替えてから御幸くんに寝場所として提供したリビングへの扉をゆっくりと開いて覗きながら確認すれば、そこは誰も居ない空間が広がっていて、肩の力が抜けた。


「あれ?夢じゃないよね・・・?」


首を傾げたところに、隅の方に畳んで置いてある客用の布団が目について、誰にでもなく一つ頷く。

顔を洗うために洗面所を覗いて見てもやはり御幸くんの姿はなく、トイレに入っている様子もない。
身支度を全て済ませたところで、いよいよどうしたのかと心配になってきてスマホを手に取った。

昨日は確かに御幸くんと話して。その証拠にスマホのデータに彼の電話番号とメールアドレスもある。
どこかに行ってるんだろうか。それとも来た時と同じように突然帰ってしまったんだろうか。
昨日の御幸くんの様子を見れば、それならそれで良かったとも思うけど。


「おー、起きたんだ」


電話してみようかとアドレス帳を開いた時、突然ガチャリと開いたドアにビクリと肩を震わせると、そこから顔を出した御幸くん。
一人暮らしを始めてから、こうして自分以外の誰かがドアを開けることなんて無かったから必要以上に驚いてしまった。
ドクドクと落ち着かない鼓動に、昨日から寿命が縮まりっぱなしだな。と苦笑する。


「おはよう。どこか行ってたの?」
「あー、早くに目が覚めたし。散策も兼ねてランニングしてた」
「そうなんだ」


確かに昨日はびっくりするくらい早く寝てたな。まぁ、夜だったのが何故かここに来たら昼だった。なんていう摩訶不思議現象らしいから、時差みたいなものなのかもしれないけど。
色々もてなさないといけないのかな、と思っていた分拍子抜けしたのが事実で。御幸くんが寝たあとにこっそりと買い物に行ったりしたんだよね。


「朝からランニングとか、凄いね」
「そう?朝練に比べればなんて事ねぇけど」
「へぇー」


朝練、かぁ。野球部に入ってるのは知ってたけど本格的にやってるんだ。
朝に運動なんて考えられないし、出来れば限界まで寝ていたい私にとっては想像だけでキツイ。でも考えてみれば私も数年前、それこそ高校の時は朝練やってたっけ。
たった数年で落ちぶれたものだなぁ。などとどうでもいい事を考えていたが、御幸くんが暑そうに額の汗を拭うのを見て、ふとある事を思い出した。


「そうだ、服!」
「え?」


自分の部屋に戻り、予め昨日クローゼットの奥の方から出しておいた小さめの衣装ケースを取り出す。まさか自分でも忘れていたコレが役に立つ日がくるとは思っても見なかった。
この衣装ケースを見ると苦い記憶しか甦ってこないけど。それでも忘れていたおかげで捨てる事もなく、こうして役に立つ日が来たんだから良かったのか。
苦笑しながらも少し埃の積もったケースを持ち上げてリビングまで運び、御幸くんの前に鈍い音を立てながら置けば、眼鏡の奥の瞳が驚いたように見開かれた。


「こんなので良ければ使って?」


ケースの蓋を開けて、どことなく見覚えのある服を一枚ずつ捲っていく。あ、未使用のパンツまであるじゃん。ラッキー。


「コレ、どうしたんだ?」
「どうした?と聞かれると非常に答えづらい黒歴史なんだけど」
「元カレ?」
「ははは。まぁ、そんなところ」


御幸くんからしたら当然の疑問なんだろう。一人暮らしの女の家に男物の服がこんなにもあれば、何で?と思うのも仕方ない。
御幸くんの言った通り元カレのものだけど、ここに置いてある経緯を詳しく話す気はなかった。過去に置いてきた話ではあるけれど態々掘り起こしたくはないし、本音を言えばこのケースを見つけてしまったからには捨ててしまいたいが、背に腹は代えられない。


「ずっとクローゼットに入れっ放しだったし、嫌かもしれないけど」
「いや、助かるよ」
「シャワー浴びておいでよ。で、着替えたら出掛けよう?」


何か分かるかもしれない。昨日そう提案した通り、御幸くんと一緒に外に出てみよう。
今日御幸くんがどこまでランニングしてきたのか分からないけど、何も言わないところを見ると特に何も収穫はなかったんだろう。
それでも、この狭い東京の中で。きっと御幸くんの記憶と一致するものがあるはずだ。
それを、探しに行こう。



◇ ◇ ◇



「ここら辺知ってる?」
「いや、この辺りは分かんねぇな」


目的地は特になし。スマホと財布を片手に外に出て、まずは近所の色々なスポットを中心に声を掛けていくけど心当たりは無いようで、若干気落ちする。
そっか・・・。と声が自然と暗くなっていくのに気づき、慌てて口元を抑えた。私なんかよりも余程御幸くんのほうが落ち込んで然るべきじゃないか。
チラリと視線だけで窺った御幸くんの表情は良く読み取れない。けれど、落ち込んでないはずがないんだ。

「駅とか、地名とかはどうなの?」
「んー。あ、それは一緒」

気を取り直すようにマップを開いて御幸くんに差し出せば、初めて聞けた前向きな意見。今まで落ちていたのが嘘のように一気に気分が上がって、笑顔が浮かぶ。
我ながら単純だとも思うが、全くなかった手がかりが少しでも見つかって凄く嬉しかったんだ。もしかして探偵とかこんな気分なのかな?なんてどうでも良い事を考えるくらいには余裕も出てきている。


「じゃあさ、青道高校の最寄り駅まで行ってみようよ!そしたら何か分かるかも」
「そうだな。行こうか」


目的地が決まってしまえば、足取りは軽い。
御幸くんに聞いた駅名は確かに私も聞き覚えがあって、乗り換え検索で路線を見ながら足を進める。

一番最初に検索した時には何故か出てこなかったけど、実際に行ってみればあったりするものだよね。青道高校が見つかって、帰り道が分かったら御幸くんともお別れかぁ。
でも、折角知り合ったんだから野球の試合に応援しにいってもいいし、時間があれば差し入れとかしてもいいかもしれない。
電車に揺られながらこれからの事を考えて、時折御幸くんと笑いながら話を交わす。

でも、電車を乗り換えた辺りからだろうか。御幸くんの口数が急に減ったのに気づく。何故だろうと初めは不思議に思ったが、御幸くんの視線の先を追えば自ずと納得出来た。


「もしかして、見覚えある?」
「・・・多分、この辺分かるかも」


御幸くんが口に出した駅まではあと二つ。そうか、これはいよいよ光が差してきたかもしれない。
早く着けと思う気持ちの問題なのか、あと二駅が凄く長く感じる。それでも時間にして定刻通りに駅へと到着したわけで、降り立った瞬間から迷いなく進み始める御幸くんの後ろをゆっくりと着いていった。

ここの駅で降りた事は無いな、と思いながら視線を忙しなく動かして周りの風景を視界に収めていく。都内には違いないけれど、都心部からは外れているからか騒がしい感じは見受けられない。
土手道はどこか懐かしいし、どこかの学校から聞こえてくる声が妙に懐かしさを擽った。


「わっ、どうしたの?」


すっかり物思いに耽っていたせいだろうか。御幸くんが足を止めたのに気づかず、軽くぶつかってしまった事で我に返る。
何故か呆然と立ちつくす御幸くんを窺えば、愕然とした表情を浮かべていて。一体どうしたんだろうかと眉を寄せた。


「ここ、の筈・・・なんだけど」
「え?ここ!?あるじゃん!あったじゃん!」


聞こえてくる声から学校が近いとは思っていたけれど、御幸くんの視線の先を辿れば、確かにそこに校舎が聳えたっていた。
・・・やっと、見つかったんだ。

昨日の御幸くんの悲痛な声が頭を過ぎり、心から安堵する。
色々と心配したけれど、終わり良ければ総て良し、だ。本当に良かった。少し時間が経てば不思議現象で笑い話にすら出来るんじゃないかな。

良かったね!そう声を掛けようと御幸くんに笑いかけたが、すぐに笑顔は消える事になる。
だって、御幸くんが・・・泣きそうな顔をしていたから。


「違う」
「え、」
「青道じゃ・・・ない」



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