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04 月曜日の日常


ふと目が覚めると、視界に入った天井の遠さに違和感を覚える。軽く寝がえりを打てば寮の部屋とは思えない広い空間に、ここが自分の部屋じゃない事に思い至って深い溜息を吐いた。
狭い部屋で先輩との共同生活。どこにいても一人の時間なんて確保できなくて、騒がしいヤツらに囲まれる。青道に入るまで一人で過ごす時間が多かった俺は、中々慣れる事が出来なかったし少しだけ煩わしいとさえ思っていた。

シン、としたこの空間では先輩のイビキが煩くて寝付けなくなる事もない。なのに、それが少し寂しいと感じるくらいには俺もあの寮に慣れていたという事なのだろうか。
いつもだったら一回眠りにつけば朝に目覚ましが鳴るまで起きることはないのに、こうして眠りが浅いのは何故だろう。満足に体を動かしていないからとか、突然の事態にまだ混乱しているからとか、思い当たる事は多々あるが。
はぁっと深く吐いた溜息は存外大きく響いたけれど、俺の他に誰もいないリビングでは、すぐにまた静寂が訪れた。

一体、どうしてこんな事になったのか。何度も思い返して何度も考えてみたけれど、良く分からないまま答えなんて見つからなかった。



あの日。一日の練習を終えた後、苦しみながらも夕飯を胃に収めてから自分の部屋へと戻り、スコアブックに目を落としていた。その日の配球だったり、過去の試合の内容だったりと日によって様々だけど毎日のルーティンだ。
先輩は既に自主練に出ていて部屋には俺一人。大体誰かが声を掛けにくるか、そうでなくとも暫くしたら部屋から出て自主練に向かう日々。


「御幸ー、自主練行くだろ?」
「この配球頭に叩き込んだら行くわ」
「おー。先行ってるぜ」


その日は倉持に誘われて、言った通り配球を頭に叩き込む事数分。スコアブックを閉じて財布と携帯をポケットに突っ込んでからバットを手にすると、部屋を出た。そう、出た筈だったんだ。

なのに、ドアを開けた先も足を踏み出した先も何もなくて。ただ黒く染まった空間が広がっているだけ。戻ろうにも踏み出した足はもう後戻り出来ずに、空を切った。
バランスを崩した体は傾いて、空間の中へ吸い込まれるように落ちていくだけ。

時間にしたらきっと数秒だったんだろう。それでも、浮遊感と恐怖心でとてつもなく長く思えた。
少し視線をずらしてみれば、暗闇の先に僅かな光が見えて、それが段々と大きくなるにつれ自分がそこに向かって落ちているのだと理解する。いや、理解した時には既に落ちていた、が正しいだろうか。

それからはもう、訳の分からない事の連続だった。

知らない部屋に、知らない女。危うく不審者扱いされるところを何とか宥めて事なきを得たけど、それでも状況は思わしくなくて。自分ですら何が起こっているか分からないのに説明出来るはずもない。
だけど、救いだったのはこの部屋の主の楓ちゃんの存在だろうか。

すっかりと眠気が吹き飛んでしまった体を起こして、楓ちゃんが居る扉の方へ視線を向けた。

素性も得体も知れない俺の存在を認めてくれて、有ろう事かこの部屋に住まわせてくれるというお人好しな彼女は、俺以上に俺の事を心配してくれているようだった。
多分、俺がショックを受けているだとか、落ち込んでいないかを判断しようとしてるんだとは思うけど、何か起こる度に俺の顔を窺ってくる。
別にそれが嫌なわけじゃなくて、その瞳があまりにも心配そうに揺れるから。何が起こってもなるべく顔に出さないように、心配掛けないように取り繕っていた。



「5時半か・・・」


手元の携帯で時間を確認すれば、もう起きてもいい時間だ。朝練もないのにこんなに早く起きても特にやる事が無いのだが、すっかり体は早起きを覚えていて生活リズムを作っているらしい。
昨日のようにランニングに出ようかとも思ったが、窓へと近寄った時に微かに聞こえた雨音に諦めの溜息を溢した。道理で、この時間なのに外が暗いはずだ。

もう一度寝る気にもなれなくて、布団を畳んで軽く身支度を整えてから冷蔵庫を開くと、思いのほか充実していて少し驚いた。
土曜日はカップ麺を食べていたし、昨日も全然作る素振りがなかったから自炊しないのかと思っていたが、意外とそうでもないのか。

カップ麺と言えば、連鎖的に思い浮かぶのがあの時の楓ちゃんの言動。スゲー慌ててたな。と、今でも思い返しただけで笑いが込み上げる。
楓ちゃんのああいった一面に助けられている部分は多い。他にも色々とあるけれど、彼女のおかげで悲観的にならなくて済んでいるのは確かだ。


「何食うかな」


独りごちながら、キッチンの隅に置いてあった米に手をかける。世話になっている身だし、出来る事はしないとな。なんて、自分の存在意義を見出したいだけなのかもしれないが。
俺は一体どうすればいいのか、誰かに教えて欲しいくらいだ。ここに居ても野球も出来ない。そもそも高校にすら通えない。
俺から野球を取ったら何が残るんだ。というような事を何度かクラスメイトに揶揄い混じりに言われた事があるが、今が正にその状況なんじゃないだろうか。当時は笑って流していたが、今は全く笑えやしない。

事態は思っていたよりも深刻だった。昨日、現実に直面してからというもの、どうしても色々と考えてしまう。楓ちゃんの前ではなるべくそんな素振りは見せないようにしていたけど、一人になるとどうしてもダメだ。
これで帰れる。と期待してしまっていた分反動も大きくて、暫くは立ち尽くしたままショックで声も出なかった。

流石にあの時は取り繕う事も出来ずにいたけれど、我に返った時に楓ちゃんを見れば、今にも泣きそうな顔をしていて。どうして楓ちゃんがそんな顔をするのかと、心臓が握りつぶされたように痛んだ。
喜怒哀楽を素直に出す彼女だからだろうけど、出来ればああいう顔はもう見たくない。だからといって、いつも笑顔でいて欲しい。だなんて気障ったらしい事を思うわけでもないけどな。


「おはよー」
「おはよう」


考えこんでいる間にも黙々と手は動かしていて、粗方用意が整ったところでタイミングよく寝室の扉が開いた。
ゆったりとした足取りで出て来た楓ちゃんはまだ眠そうに目を擦っていて、何とも無防備な姿に思わず呆れた笑いが漏れる。一応俺、男なんですけど?


「何かイイ匂いする・・・」
「朝メシ、適当に作ったんだけど・・・食う?」
「え・・・嘘!?食べる!ちょっと待ってて」


くるりと驚いたように見開かれた目は、化粧をしていないせいかどこか幼い。
その視線がテーブルの上へと動き朝食を見つけた途端、軽く飛び上がって全身で喜びを表現した。
部屋から出て来た時とはまるで違う軽い足取りで洗面所へ駆けていった後ろ姿に、今度は声を上げて笑ってしまった。


「うわぁ・・・すごい。御幸くんって料理できるの?」
「いや、これ料理って程じゃねぇけど」
「立派な料理だよ・・・。すご、高スペック男子」


さっきとは打って変わり、化粧も髪型も整えた楓ちゃんは座るなりよく分からない言葉を呟きながら「いただきます」と小さく手を合わせた。それに「どーぞ」と軽く答えから自分も椅子に座る。
味噌汁くらいしか味見していなかったから、一つ一つ味を確かめるように咀嚼する。
高校に入学してから料理をする機会なんて滅多になかったからどうかとも思ったが、舌先が伝えてくる味はいつもと変わらず普通に美味い。


「おいしい。こんなちゃんとした朝ごはん久しぶり」
「はっは。普段どんだけ適当なんだよ」
「一人だとやる気ないの!あー・・・味付けとか絶妙」
「ってか、楓ちゃんて料理できんの?」


噛みしめるように食べている楓ちゃんへ、何度か思っていた事を直接問いかける。別に出来ても出来なくてもどちらでも構わないが、素朴な疑問だ。
口元に笑みを作って揶揄い混じりに言えば、すぐにムッとしたような表情に変わるところとかが面白くて、つい揶揄ってしまう。


「出来ますー。今度作るから!」
「ふーん?いいぜ、無理しなくて」
「本当に作れるって!あ・・・、でも一緒に作るのも楽しそうかもね」


今度一緒に作ろうよ!満面の笑みでそう言った楓ちゃんからスッと横に目を逸らした。「はいはい」と、口では軽く返事をしたけれど、何となく目を見て言えなくて。
料理を誰かと一緒にする、なんて経験もなければ発想すら浮かばなかった。いつも一人で作っていたから、想像しただけで何だかむず痒い。


「早く食わねぇと時間やばいんじゃねぇの?」
「え?あ、ほんとだ!」


それを誤魔化すように時間を指摘すれば、思い通りそこで会話は終わる。
そういえば、この時間だったら寮の皆も朝メシの時間だな。いつも騒がしい食堂で、無理矢理食わせてくる先輩も、何かにつけて絡んでくるヤツもここにはいない。

月曜日だから通常授業。数学の課題をまだやっていない事を思い出したけど、思い出したところでどうしようも無かった。


「ごちそうさまでしたっ!」
「そのままでいいぜ。片付けておくから」
「ごめん、ありがとう。行って来ます!」


日常は恙無く流れていく。――俺を置き去りにして。


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