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02 土曜日の憂慮


安心したからか何なのか、今までは忘れていた空腹感が突如襲い掛かってきてお腹がグゥ・・・と満たしてほしそうに切なく鳴る。
そういえば、ご飯を食べようとした矢先の出来事だったっけ。冷蔵庫の中身を見たような気もするけど、御幸くんの登場に驚きすぎて何が入っていたか全く覚えていない。

私のお腹の音が聞こえたのか、笑いを堪えている御幸くんはとりあえず無視してもう一度冷蔵庫を開くと、見事に空っぽだった。


「あー・・・御幸くんってお腹空いてる?」
「いや、全く。むしろ食べ過ぎて気持ち悪い」
「そうなの?」


眉間に皴を寄せながら言う御幸くんは凄く嫌そうにしていて。そんなになるまで食べるってどれだけなんだと首を傾げながらも、自分一人なら適当でいいか。と結論づけて棚の中から非常食用のカップ麺を取り出した。

ちゃんといつも自炊するように心掛けているつもり。ただ昨日は仕事で打ち合わせもあったせいで残業しちゃって、疲れから買い物をする気力が無かったんだ。
今から買い物に行っては遅くなってしまうし、空腹もピークを迎えているから仕方ないよね。なんて、正当化するために心の中で言い訳しながらもケトルにお湯を足していると、後ろから揶揄いまじりの声が掛かる。


「ところで楓ちゃんはさ」
「んー?」
「いつまでその格好でいんの?」


ピクリ、肩が動いた事でケトルの中の水がちゃぷんと波打つ。
そうだ。自分の家だからとあまりにも油断していた・・・。そろりと視線を下に落としてみれば、パジャマ代わりに着ているルームウェアが視界に入って頭を抱えたくなる。

誤魔化せるかどうかはしらないが、ははは・・・と乾いた笑いを浮かべながら寝室へと早足で逃げた。
バタン、とドアを閉めると同時にリビングから笑い声が聞こえてきて余計に恥ずかしさが込み上がってくる。

そうか・・・同居するって事は、家の中でさえも気を抜けないって事なのか。何も考えずに一時の感情で決めたのはちょっと軽率だったかな。
まぁ、そのうち面倒くさくなって色々と投げやりになるだろうけど。今日は初日だし最初くらいはちゃんとしよう。っていっても既にスッピンパジャマを見られているから今更と言えば今更だが。

緩慢な動作で服を着替え、軽く化粧を施している間もぐるぐると巡る思考は止まらなくて。どうしても御幸くんの事を考えてしまう。
一人になった方が色々と冷静になれるというか、問題点が見直せるというか。兎に角、さっきは安易に考えていた事がポロポロと湧き出てきて不安を落としていった。

今年16歳になるという御幸くんとは4つ歳が離れている訳で。もっと大人になればそう対して気にならない年齢差かもしれないけど、私達くらいだとその差って大きい気がする。しかも高校一年生って・・・難しい年頃じゃないのかな。大丈夫かな。

果たして本当に上手くやっていけるんだろうか。自分で決めたのにも関わらず、今更ながらにそんな思いを抱えて寝室を出ると、難しい顔で携帯を触る御幸くんが目に入った。


「携帯、持ってたんだ?」
「んー、ポケットに入ってたんだけど・・・」


高校生がガラケーなんて珍しいなぁ。今となっては懐かしさすら感じる携帯を見ながらそんな事を思っていれば、チラリと視線だけが私へと向く。
驚いたように目を見開いた御幸くんに首を傾げれば、今度はニヤリと口角をあげてククッと喉で笑われた。


「化粧するとハタチに見えるじゃん」
「・・・は?」
「女ってスゲーな」


揶揄うように口にしたその言葉にムカッとして、言い返そうと口を開いたところに「あ、カップ麺作っておいたから」と言ってくるあたり狡猾で。しかもちゃんと私が部屋から出てくる時間を計算してくれていたのか、丁度いい具合に仕上がっているとなれば文句も呑みこむしかない。


「・・・携帯あるんだったら誰かに連絡とってみれば?」


話を逸らそうと最もな事を言ってみれば、御幸くんは溜息を吐きながら「んー・・・」と煮え切らない返事をしつつ、また顰めっ面へと戻ってしまう。
それを横目で見ながらズズッと麺を啜ると、程よい麺の硬さとラーメン特有の塩気が口内に充満して自然と口角が上がる。
ちょっと奮発して買っただけあって、オイシイなこれ。麺の硬さも絶妙だし・・・って、これは御幸くんのおかげか。

空腹だったから余計に美味しく感じるのか、舌鼓を打ちながら咀嚼していたけれど、ふと御幸くんが静かなのに気づいて視線を向けてみれば、相変わらず難しい表情を浮かべながら携帯と向き合っていた。


「どうしたの?」
「いや、何かおかしくて」
「電波がないとか?」
「電波はあるんだけど・・・電話もメールも、誰とも繋がらねぇんだよ」


ゴクリ。御幸くんの雰囲気に押されたように熱いスープを思い切り飲み下してしまって、熱いものが食道を通っていく感覚まで鮮明に感じたが、それをどうこう言っている場合ではない。
いきなり現れた御幸くん、マップに表示されない学校、電波はあるのに誰とも繋がらない携帯。だいぶオカルト染みて来たぞ。


「ちょっと待ってて」


残りの麺を慌てて平らげてお茶を流し込むと、膝立ちで御幸くんの傍へ移動してその手の中の携帯を覗きこむ。
確かに電波はあるみたいだ。相手方の都合もあるだろうから一人が繋がらないっていうのはまだ分かるけど、全く繋がらないのはおかしすぎる。

カチカチとボタンを押しながら操作しているのを眺めていると、アドレス帳から呼び出した一つの名前。倉持洋一、と表示されているその相手に向けて発信ボタンを押すが、直後に切れてしまった。
その後も色々な相手に試すが、誰相手でも同じ事で。やっぱり電波の問題なんじゃないか?と疑ってしまう程。


「一度私のにかけてみてよ」


この先一緒に暮らすのに携帯が使えないとなると凄く不便だし、どうせ電話番号も交換しないといけないと思っていたからいい機会なのかもしれない。
画面をタップしながら自分の番号を表示して御幸くんへと差し出せば、思いのほか素直に登録してくれているようで。動く視線と指をジッと見ていた。


「どうせ繋がらねぇと思うけど」


そう前置きしてから通話ボタンを押した直後、私のスマホがけたたましく音を立てる。
え?なんで?不思議に思ったのは私だけじゃないみたいで、驚いたような御幸くんと顔を見合わせた。
慌てて止めて、今度は私の方から折り返してみるけれどやはり問題なく繋がり、益々首を傾げる状況になる。


「何だよもう・・・意味分かんねぇ」


項垂れるように肩を落とす御幸くんに、何て声を掛ければいいのか。
少しの逡巡の後に導き出したのは何の打開策にもならないかもしれないけど、何もしないよりはマシなのかもしれない。


「ねえ、私明日も仕事休みだからさ。外に出てみようよ」
「・・・外?」
「うん。色々なところ回ってみよう?もしかしたら何か分かるかもしれないし」
「そう、だな・・・。分かった」


とりあえず、今日は色々な事がありすぎたから。気持ちを整理して、身体を休ませて。
明日また、ゆっくり考えることにしよう。
自分にも言い聞かせながら、明日に想いを馳せた。


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