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13

放課後、寮に向かって歩いていればちょうど着替えて出てきた一年と鉢合わせた。その中には当然沢村の姿もあって、その顔を見た瞬間に昼間のことが思い浮かぶ。肩を並べて歩く姿。楽しそうな二人の雰囲気を。
そして忘れかけていたモヤモヤとしたものがまた腹の中に蓄積されていって、訳の分からない不快感に苛立ちが募った。


「さーわーむーらァ!」
「うわっ、なんスか倉持先輩」
「テメェ生意気なんだよ!」
「急になに……ちょ、痛い痛いっ」


隣を歩いていた倉持が叫びながら飛びかかるように駆けていったことで強制的にそちらに意識が向き、脳内の映像が消えたことに息を吐いた。本当、何なんだ? 大会も近いし、こんな事で調子狂わされてちゃたまんねえんだけど。
沢村の背後から締め上げているそれは一見後輩イジメにも見えるが、こいつらなりのコミュニケーションで五号室では日常のものなんだろう。それでもいつもだったら制止の声を掛けるけれど、今日はそんな気になれずに「ほどほどにな」と言いながら真横を通り抜ければ「薄情者〜!」という叫び声が聞こえた。知るかよ、自分で何とかしろよ。そう思ってしまうあたり、昼間のことをまだ引きずっているんだろう。


「おい沢村。昼のアレ、彼女かぁ?」
「アレ? ああ……って、いやいやいやいや彼女じゃないっすよ!」
「なんだ。違うんかよ」
「彼女だなんてそんな! 滅相もない!」
「チッ、つまんねーな」


まるで俺の心情を読んだような倉持の問いかけについ足を止めて二人の方を見てしまったが、直後にそれを後悔する。倉持の視線は沢村じゃなく俺に向いていて、ニヤリと口角をあげたから。やっぱりな、気になってたんだろ。とでも言いたげなその顔をひと睨みして階段に足をかけた。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ続ける声をシャットアウトするように部屋の扉を閉めると、頭を抱えながらその場にしゃがみこんだ。あー、意味分かんねえけどすっげぇ腹立つ! なんでこんなに腹立つのか分かんねぇのが余計に腹立つ! ティーバッティングでもフリーバッティングでもいいから今すぐ思いきりボールを打ちたい気分だ。とにかく、早くグラウンドに行こう。野球に没頭すればすぐに忘れられるはず。
――そう、思っていたのに。実際は想像通りにはいかなかった。
ブルペンで球を受けながらも、視界の端に沢村を捉えるたびにあの時見た光景が頭をチラつく。別に付き合っているわけじゃない。本人だって否定していた。そう分かっているのに気分が晴れることはなく、結局部活が終わってもモヤモヤとしたものは燻ったまま。普通に食べれるようになったはずの三杯飯ですら胃に詰まるような感覚のせいで中々飲み込めず、ほとんど無理矢理流し込む始末だった。


「はあ……」


部屋に戻るや否やバットを手にして土手の方へと足を向ける。微かな明かりしか届かないこの場所は相変わらず人気がないが、今はそれが有り難い。練習後のフリーバッティングでどれだけマシンの球を打っても変わらなかった燻りを振り払うように素振りを繰り返した。
ギュっとグリップを握ると同時に踏み込み、バットを振り抜く。他の場所で自主練をしている声は遠くて、バットが空気を切る音だけが鮮明に聞こえる。ピッチャーと対峙しているイメージを持ちながら一回、また一回とバットを振ればどんどん集中力が増していき、完全に頭の中から煩悩が消えたその時、ポケットに入れていた携帯が振動したところで一気に現実に引き戻された。


「……マジかよ」


思わず声を漏らしてしまったのは、画面に表示されていたのが彼女の名前だったからだ。いつもなら迷わず出ていた電話だったが、今は出たくない気持ちの方が強い。だからと言って無視することもできず、急かすように振動を繰り返す携帯を耳にあてた。


「もしもし、一也?」
「おー、どうした?」
「お疲れさま。ちょっと話したくて……今電話大丈夫?」
「自主練中だから、少しならな」
「うん!」


この場所で楓と話すのはもう何度目だろうか。再び繋がるようになったあの日から何度か通話しているけれど、いつも決まってこの場所だった。一人になるのが難しい寮生活だから場所が限られているというのもあるが、掛かってくる時ですらこの場所だなんて偶然にしては重なりすぎている。俺、どんだけこの場所好きなんだ? なんて頭の片隅で思っていると、電話の向こうから少し笑い混じりに名前を呼ばれた。


「ねぇ、今日気づいた?」
「沢村と一緒にいた時だろ?」
「そうそう! 一也に手ぇ振ったんだけど」
「マジ? それは気づかなかったわ」
「あ、やっぱり?」


おいおい、いきなりコレかよ。電話に出たくなかった理由の一つである昼間のことを話題にあげられて顔が引き攣ってしまった。顔を合わせて話していたら絶対に見抜かれていただろう嘘も、声だけだったおかげですり抜けられたことに安堵する。
もし見抜かれて指摘されたら困るんだ。本当は気づいていたけど、沢村の隣で楽しそうにしている楓に応えたくなかった――なんて、心の内を晒せるわけがないから。


「沢村と、仲良いんだな」


ぽろっとこぼれた言葉は無意識で、自分で言って驚いた。何聞いてんだ、ありえねぇ。思考も発言も女々しすぎるだろ。


「ふふっ、沢村くんておもしろいよね」
「うるさいの間違いじゃねえ?」
「色んなことに全力だし、すごいなあって思うよ」
「……へぇ」


もしかしたら、俺は自惚れていたのかもしれない。一緒に過ごした一週間。奇跡のような体験。それを共有している俺は、一番の理解者だと。
でも、裏を返せばたったの一週間だ。その間ずっと一緒にいたとはいえ、毎日顔を合わせているクラスメイトよりも過ごした時間は短い。楓の中ではとっくに俺なんかよりも頼れる存在が見つかってるのかもしれないな。そう思うと、モヤモヤとしたものがざわりと腹の中を蠢くように広がった。


「なんか弟とかいたらこんな感じなのかなって」
「は?」
「沢村くん弟っぽくない? お姉ちゃんとかいるのかな?」
「いや……知らねえけど」
「えー、そっかあ」


――弟。たったその一言でずっと腹の中を燻っていたモヤモヤが霧散する。そして、唐突に理解した。どうしていつまでも昼間のことを引きずっていたのか。二人並ぶ姿を思い出しては苛立っていたのか。
これは間違いなく独占欲で。沢村に対して嫉妬していたんだ。


「……ははっ」
「え、なに? なんか笑うとこあった?」
「くくっ……いや、何でもない」
「……本当?」


どんだけ鈍いんだ俺。人の気持ちを察するのは苦手な自覚があったけど、まさか自分の感情にまで疎いとは、我ながら呆れるぜ。
そういえばあの時もそうだったな。仕事もあるのに俺のために必死で色々と調べていてくれた楓は疲れからかパソコンの前でうたた寝していて。それを見た瞬間、衝動に突き動かされたようにキスしようとしたんだ。まあ、未遂だったけど。そこで漸く自覚したのは間違いない。
あの時はとにかく帰りたい一心だったし、なにも言わずに気持ちを押し込んでいたけど、結局あの頃から変わっていなかったってことか。離れている間も掛け続けていた電話だって、そういうことだったのかもしれない。
俺はずっと、楓のことが好きなんだ。
多分倉持ですら見抜いていた気持ちを今更ながら自覚したことに笑いが込み上げてきて、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。


「……一也?」
「ワリー、マジで何でもないから」
「変なの」
「そういえば、来週の土曜って空いてるか?」
「土曜日? ヒマだけど」
「この日調整日でオフなんだ。夜は自主練すると思うけど、ヒマならどこか行こうぜ」
「え!? いいの? 行きたい!」
「じゃあ決まりな」


楓がずっとここに居るかなんて、そんな保証はどこにもない。約束したところで、あの時のように果たす前に消えてしまうかもしれない。
けど、もう後悔したくなかった。

俯いていた顔を上げれば、欠けた月が目に入る。先のことなんて分からないけど、今は同じ場所にいるんだ。それなら、今度は後悔しないように行動しよう。大体、指くわえながらぐずぐずと足踏みしているのは性にあわねぇんだよな。
かなり待たせてしまったけれど、やっと果たせることが出来るんだ。ずっと心残りだった――あの時に交わした約束を。


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