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14

じりじりと肌を焦がすような強い日差しが容赦なく全身に降りそそいでくる。手を額に翳して影を作りながら空を見上げれば、雲一つない青空が広がっていた。
一也がいるこの世界で過ごすようになって、もう三ヶ月が経った。遠ざかっていた学生という環境に慣れるため、自分の現状を把握するための日々はあっという間に過ぎていき、気が付けばもう夏だ。でも、季節は変われど根本的な憂いはなに一つ変わっていない。楽しみにしていた今日という日を迎えても、一寸先は闇のままなのだ。
全く不安なんてないといえば嘘になるけれど、受け入れているのもまた事実。イレギュラーな存在である私がいつ消えたって不思議じゃないし、私が居なくなったとしてもこの体を元の松浦楓へ返すだけなのだから問題ないだろう。


「っ、危な……」


背後から来た自転車がシャッと軽快な音を立てて私の横をすり抜けていく。体がぶつかりそうなくらいの近さで、思わず身を竦めた。接触がキーワードになってしまったんだろうか。どくんどくんと心臓が嫌な音を立てて、あの時のことがフラッシュバックする。近づいてくる電車の残像を消すように、体温を失った指先を握りこんでゆっくりと息を吐き出した。
最近ではもう思い出すことも殆どなくなっていたのに、余計なことは考えるなということだろうか。今日が楽しみすぎる反動で、なにかが起こるんじゃないかと疑心暗鬼になっているのかもしれない。折角一也と一緒に過ごせるんだから、どうせなら思いっきり楽しまなきゃ損だよね。


「一也、お待たせ」
「おー。最近制服ばっかだったからなんか新鮮だな」
「ほんとだね」


気持ちを入れ替えて待ち合わせ場所へと向かえば、そこにはすでに一也の姿があった。初めての待ち合わせで、しかも私服。あの頃は私服が当たり前だったのに、今や制服やユニホームの方が見慣れてしまっていることにも時間の経過を感じる。


「ちょっと見ない間に焼けたね?」
「日も長くなってきたしな。朝練から既に暑すぎてやべーよ」
「わ、すごい。全然違う」


スッと腕を出してきた一也の横に私も腕を並べれば、くっきりとしたコントラスト。小麦色を通り越した肌に感心してしまう。この強い日差しの中で毎日朝から晩まで頑張っているんだもんなあ。ちょっと外に出ただけで太陽に悪態をつく私とは大違いだ。一応日焼けしないように気を付けているけれど、一也の隣にいるだけで美白効果がありそう。なんて失礼なことを考えながらちらりと見上げた先、柔らかく細められる瞳を目にして慌てて腕を引っこめた。


「今日はどこ行くの?」
「んー、ちょっと行きたいとこあるんだよな」


――なんだったんだろう、今のは。真剣な顔や意地悪そうに笑う顔はよく見るけれど、あんな風にふわっと笑う顔は初めて見た気がする。こんな柔らかい表情を浮かべる人だっただろうか。
不意打ちのことにどくんどくんと高鳴る鼓動と動揺を悟られないように話を逸らせば、いつもの調子に戻った一也が曖昧な答えを投げてきた。


「ここから一駅くらいだけど、歩くか? 暑いし電車乗ってもいいけど」
「そのくらいなら歩こうよ」
「オッケー。んじゃ行こうぜ」


どこに行くの? そう問いかけたとしても答えは返ってこない気がした。スポーツ用品店とかならそう言うだろうし、着いてからのお楽しみってことだろうか。でも一駅先に遊ぶようなところなんかあったっけ? 記憶を辿ってみたけれど検討もつかなくて、大人しく一也の背中を追うことに決めた。
久しぶりに一也と過ごせる時間をかみしめながら、他愛もない話で笑いあう。野球部に休みがないことはこの三ヶ月の間で分かっていた。雨の日も、テスト期間でさえも朝から晩まで練習があって、その後の自主練まで欠かさない。だから、この時間がすごく貴重なのも分かっているし、空いた時間を私と過ごそうと思ってくれたのがなによりも嬉しかった。


「確かこの辺りにあったはずなんだけどな」
「ねえ、どこ行くかそろそろ教えてよ」
「んー……リベンジ?」
「えぇ? なんの?」


なんのリベンジなのか。それを考えるより先に一也が「あったあった。アレだ」と指で示した先。それを視線で辿れば、今日の目的が一瞬で理解できた。


「……バッティング、センター」
「――約束、しただろ?」


アスファルトに縫い付けられたようにぴたりと止まった足。かんばんの文字を呆然と口にしながらも、思い浮かぶのはあの日のこと。今日と同じように一也と出かけた日のことだった。





「いやー、あそこまで初心者丸出しなの久しぶりに見たわ」
「じゃあお手本見せてくださいよ高校球児くん」


二人で過ごした一週間のうちの終わりの方だったと思う。一也の気晴らしになればと出かけた先でたまたま目に入ったバッティングセンター。慣れないながらもバットを握り、必死で打っていたのに、後ろから揶揄い混じりの言葉が飛んできたのが悔しくて一也と交代したんだっけ。
あの時は一也の実力なんて全然知らなくて、へっぴり腰だったら笑ってやろうと考えていた気がする。けれど、綺麗なフォームでボールを打ち返した一也に見とれてしまったんだ。
ピタリと綺麗に構えた姿。カァンと甲高く響いた打撃音。勢いよく飛んでいった白球は今でも鮮明に覚えてる。


「ね、明日またバッティングセンター行こうよ。リベンジ!」
「いいけど。そんな簡単に打てるようにならねぇだろ」
「だから今度は打てるコツ教えてよ」
「コツねぇ。教えて打てるか?」
「絶対出来るから教えてよ。約束ね!」


当たり前に来ると思っていた明日は来なくて、約束が果たされることはなかった――はず、なのに。


「……覚えてて、くれたの?」
「当たり前だろ?」


きゅうっと胸が締め付けられるように痛み、じわじわとあついものがこみ上げてくる。
一也のバットが残された私と違って、何気なく交わした会話の記憶だけ。物と記憶を結びつけるのは容易でも、記憶だけを留めておくのは難しいだろう。それこそ、何度か思い出さないと風化していくはずだから、忘れていたっておかしくないのに。
忘れてない。覚えてる。一也は何度かそう言ってくれたし、同じ記憶を共有する者同士あの頃の話題が上がることも多かった。でも、まさか約束のことまで覚えていてくれてるなんて――。
どうしよう、嬉しい。涙が滲んで目の前にいる一也がぼやけて見えなくなる。泣いちゃダメだと必死で堪えているのに、意に反してみるみると溜まっていく涙はまばたき一つでこぼれ落ちてしまいそうだ。それでも何とか堪えていたのに、ぽんっと頭に落とされた優しい衝撃のせいで、勢いよく頬を伝い流れ落ちてしまった。


「ずっと……叶えてやりたかった」


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