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12

授業が終わると同時に机の中にあったスコアブックを取り出して広げる。実際の試合も見ていたし、このスコアも何度も見た。それでも時間が空く度にこうして見てしまうのは、やはりクリス先輩の存在だろう。
この間の黒土館戦。沢村の立ち上がりは酷いもので、いつ交代してもおかしくない投球内容だった。なのに、クリス先輩に変わった直後には思いもよらない策でピンチを凌ぎ、その後も沢村はどんどん調子を上げていった。途中見せてもらったピッチングは左腕が遅れて出てくるもので、今までとは違うフォームに正直驚いた。しかも未完成だったそれを試合中にほぼ自分のものにしてしまったんだから凄いよな。それを引き出したクリス先輩も、応えた沢村も。やっぱりあの人と真っ向から正捕手争いしてみたかったぜ。


「真剣なツラして何見てんだよ御幸」


いつの間にか傍に来ていた倉持に見えるように体をずらせば、言葉にしなくても分かったらしい。黒士館戦のスコアブックか。とひとつ笑い声を上げた。倉持も沢村がここまでやるとは思っていなかったようで、俺と同じような評価を口にしている。
そう、この試合までは想像もしていなかった。クリス先輩ではなく、沢村が一軍に上がってくることを。前の試合ではそれこそ全然ダメで途中降板させられてたしな。


「けどアイツちゃんと切り替えられんのかよ? 昨日の晩もずーっと泣いてやがったしよ!」


まあ、アイツの性格からしてクリス先輩ではなく自分が選ばれたことを素直に喜べないんだろう。一軍昇格の直後、歯を食いしばって堪える沢村へ声を掛けたのは俺自身の退路を断つためでもあったが、あいつにとっては重荷だったかもしれない。でも、あの一言で潰れてるようじゃエースナンバーなんてまだまだだけどな。
それにしても、ずーっと泣いてたって……。倉持はそれに付き合ってやってたんだろうか。なんだかんだ面倒見いいし、多分放っておけずに声とか掛けてやったりしてんだろうけど。すげーな、俺には真似できねぇわ。


「アイツはどう見ても気持ちで投げるタイプの投手だろ? これからに影響が出なけりゃいいけどよ」
「切り替えさせてみせるさ。この俺がな」


確かに、この先の試合のことを考えるとそろそろ切り替えてもらわなきゃ困る。そう思って口に出した言葉だったが、冗談半分で付け加えた一言が倉持の神経を逆撫でしたらしい。急に声を荒げる倉持に笑いながらもふと窓の外へ視線を移すと、偶然にも話題に上がっていた人物を捉えた。


「あ? 沢村じゃねーか」
「……だな」


俺の視線を追った倉持も気づいたようだ。なにを話しているかなんて聞こえるわけがないのに、隣を歩いている女子に向かって身振り手振りしているその姿は見るだけで騒がしい。歩いてる時くらいジェスチャーやめろよな。締まりのない顔して、隣にいるの彼女か? なんて考えていれば、隣から不機嫌そうな舌打ちが聞こえた。


「なんだあいつ。生意気に彼女いんのかよ」
「さあ?」
「邪魔してやろーぜ」
「やめとけって」


ヒャハッと笑いながら窓を思いきり開け放った倉持は俺の制止を無視して「沢村ァ!」と声をあげた。普段グラウンドで張り上げている声はよく通り、沢村以外の奴らまで同時に振り向いたので若干窓から離れて身を隠す。いやいや、俺は注目されたくねえんだけど?


「おおっ! 倉持先輩じゃないっすか!」
「なにしてんだお前」
「次の体育、球技大会の練習なんですよ!」


いつもならお前らうるせぇよ。とか、指使う球技すんなよ。とか二人の会話に口をはさむところだけれど、会話が耳をすり抜けてしまっているせいで言葉が出てこない。隠れていることも忘れて、視線を一点に集中させた。
沢村の隣を歩いていた女子。初めは後ろ姿だったから気に留めなかったけれど、倉持の声にくるりと振り向いた瞬間、それが楓だと気が付いた。不思議そうにこちらを見上げた彼女は俺を見つけてぴたりと止まり、ふわりとこぼれるように笑った、ように見えた。
これだけ距離が離れているのにも関わらず、お互いの視線が交わっているのが分かる。そして、俺も楓もその視線を外すことをしなかった。


「球技大会ってやばくねーか?」
「指とか肩使わなきゃ大丈夫だろ」
「あ? そんなんサッカーくらいしかなくね?」


視線は二人に向けたまま、早速心配しだした倉持へ適当に言葉を返す。沢村のクラスにも何人か野球部がいるだろうし、うまいこと調整するだろ。
そういえば楓からも沢村と同じクラスだって聞いてたし、何度か会話にも上がった。でもそれは、ただのクラスメイトだと思っていたんだれど違ったんだろうか。
沢村の態度といい、距離の近さといい、初めに二人の後ろ姿を見て思った通り。あれじゃあまるで付き合ってるみたいじゃねーか。そう思ったら、無意識に顔を顰めてしまった。


「怪我すんじゃねーぞ」
「ご心配には及びません! ちゃーんと考えてサッカー選びましたから!」


偉そうに胸を張る沢村の横で楓が控えめにひらりと手を振った。多分、俺に向けて。けれど、なぜか今は応える気になれなくて体ごと視線を逸らす。遠いし、気づかなくても不思議じゃない。言い訳のようにそんな事を考えながら机の上のスコアブックに目をむけるが、今は見えないはずの二人の姿ばかりが頭に浮かんでついため息がもれた。


「なあ御幸」
「んー?」
「あれってこの前お前に会いに来てたヤツだよな? 沢村の彼女だったのか?」
「違ぇだろ。そんな話聞いたことねーし」
「でもスゲー仲良さそうじゃね?」
「知らねぇよ」


発した言葉は自分でも分かるほどに機嫌の悪さが滲み出ていて、誤魔化すようにスコアブックを閉じる。だめだ。全然頭に入ってこねーし、また後にしよう。
モヤモヤとした重いものが腹の奥に溜まっているような感覚が気持ち悪くて今度はわざとため息を吐けば、目の前から「へぇー」と含んだ声が聞こえた。


「何だよ」
「ま、がんばれや」
「何をだよ!」


ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべている倉持は意味の分からない激励を投げかけてきて、思わず語尾が強くなる。けれど、倉持は意に介した様子もなく楽しそうに笑い声を上げながら自分の席へと戻って行った。
なんだよマジで、わけ分かんねぇ。ちらりともう一度窓の外を見てみるが、二人の姿はもう見えない。その事に安堵している自分が一番分からなかった。


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