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09

体育の時間。一也から借りたジャージを上から被るように着ると、ふわりと柔軟剤の香りが鼻腔を擽った。ちゃんと柔軟剤とか使ってるんだ、凄いな。なんて考えたのはドキドキして落ち着かなくなった気持ちを誤魔化すため。でも、服の裾を整えれば思った以上に大きいそれに体格の違いを実感させられて、誤魔化しもただの悪あがきになってしまった。
明らかに男のものと分かるジャージに友達からの追及を受けたけれど、知り合いの先輩に借りたとヘラりと笑って言えば渋々引いてもらえたし。まあ、嘘はついてないしね。

貸してもらったお礼にと買った缶コーヒー、体操服とお弁当を手にして向かうは二回目のB組の教室だ。四時間目終了のチャイムが鳴るや否や教室を飛び出て、待たせては行けないと昼休みの喧騒を掻き分けるように速足で歩く。最初に来た時と同じように教室の扉からひょこりと顔を出して中を覗けば、待っていてくれたのか扉のすぐ近くに一也が立っていて、目を瞠る。てっきり自分の席にいるとばかり思っていたから、予想外の近さに驚いて固まっていれば、眼鏡の奥の瞳がゆるりと動いて私へと向いた。


「本当に来たんだな」
「え?だって約束したでしょ?あ、体操服ありがとね!助かったよ」
「何も言われなかったか?」
「先生には微妙な目で見られたけど大丈夫だった。友達はまあ・・・察してください」
「ははっ、だろうな」


一也の表情や声音が少し固いような気がしたけど、それはほんの初めだけで、笑い声を上げる一也は至っていつも通りになっていた。ロッカーへ体操服を入れる動作も、お昼ご飯が入っているであろうビニール袋を下げてこちらへ歩いてくる姿も普通だ。意地悪気に笑う表情も相変わらずで、思い違いかな?と一人結論付ける。


「行くか」
「みーゆーきぃ」
「ゲッ」


一也が教室を出ようとしたその瞬間。ガッ、と一也の肩に手が回されたのと同時、低く呼ばれた名前に一也の顔が驚きに歪む。この人は確か、体操服を借りに来た時に一也と話していた人だ。


「何してんだお前」
「倉持……学食行ったんじゃねーの?」
「バーカ。便所だよ。ヒャハッ、お前がコソコソしてたの知ってたからな」
「別にコソコソなんてしてねえだろ」


わあ、何か新鮮かもしれない。目の前で言い合う二人を見ながらそんな的外れな事を思ってしまう。だって、一也は年の割に落ち着いている方だし、突発的に私の家に来たあの状況下ですら殆ど取り乱す事が無かった。
なのに今、こうして友達と話しているだけでコロコロと表情を変えて、その姿は年相応に見える。それがやはり新鮮で、口を挟む事はせずに二人の会話をただジッと見つめてしまっていた。


「亮さんや純さんに報告すんぞ」
「やめて。マジで」
「ヒャハハッ、じゃあ後で説明しろよ?」
「分かったよ」


解放されたのに浮かない顔で私の元へと来た一也は「めんどくせぇ」と一言、本当に面倒臭そうな声音で呟いたので思わず笑ってしまう。でも確かに高校生くらいの時って、男女が二人きりで親しそうに話してたり昼食を一緒に取っていれば、揶揄いのネタの格好の餌食だったかもしれない。一也と話したいと思って誘ったけれど、あからさまに肩を落とす姿を見ると申し訳ない気持ちになってくる。


「なんか、ごめんね?」
「いいよ。まあ、適当に誤魔化すし」
「そういえば一也は学食じゃないの?」
「学食の時もあるし、購買の時もあるな」
「そっか」


てっきり学食へ向かうのかと思っていたけれど、迷い無く進む一也の足取りは学食とは逆方向だ。まだ入学して日も浅い私はこの校舎内のどこに何があるか把握しておらず、昼食をとるための場所も教室や学食以外はよく分からない。だから一也の後に着いていくしかなくて、廊下を曲がり階段を降りていく背中を只管に追っていく。広い校舎内を暫く進んだ後に「ここでいいか」と一也が足を止めたのは、意外にも中庭のベンチだった。


「これ、体操服のお礼」
「おー。サンキュ」


小さなベンチに二人並んで腰を下ろし、ずっと持っていた缶コーヒーを一也へと渡す。膝の上にお弁当を広げながら、くるりと回りを見渡してみた。
細く射し込む日差しと微かに吹く風。こっちの方ってあまり来た事なかったけど、自販機も置いてあるし人もそんなに居なくて、静かに過ごしたい時にはいいかもしれない。混雑する学食や狭い教室を思えば、喧騒が遠く感じるこの場所は心地良かった。


「で?」
「ん?」
「何で急に昼メシ?」


浸っていたのも束の間。隣から掛かった声にいきなり確信を突かれて視線を右上へ逃がす。その問いかけに対する答えは持っているけれど、素直に口に出す事は出来ない。だって、もっと話したかった。だなんてどんな顔をして言えっていうの?
あの頃は家に帰れば一也が居たし、話す時間も沢山あった。でも今は、同じ空の下に居るのにも関わらずどこか遠くて……時間を作ろうと動かければこうして二人きりになる事すら儘ならない。こんな風に思う事が既に自分の気持ちを誤魔化せなくなってきている証拠なのに。自分自身ですら認めることの出来ないこの想いを、今一也に悟られるわけにはいかなかった。


「えー、っと。別にそんな意味はないんだけど」
「へぇー。やっぱ寂しくなっちゃった?」
「違いますー!ただ、もう少し話したいなって思っただけだよ」
「あ……そう」


だから適当に答えて話を逸らそうとしたのに、茶化された事でついぽろりと口をついて出てしまった言葉。あっ、と気付いた時にはもう遅くて、ぽかんと口を開けて表情を崩した一也が視界に映った。
どうしよう、今の発言を流してくれたりしないだろうし、絶対揶揄われる。一也は思った事をストレートに聞くタイプだから、なんで?とか普通に聞いてきそう。誤魔化す道筋を探し始めて急激に回り始めた思考は残念ながら何も閃いてくれず、とりあえずこれ以上聞いてくれるなと言わんばかりに「いただきまーす」と目の前のお弁当を開いた。
流石に苦しかったかなとも思ったけど、小さなため息の後にガサガサと袋の鳴る音が聞こえたので、一也もお昼ご飯に取り掛かったらしい。ホッと胸を撫で下ろしながらピックを摘んでウインナーを口へ放り込んだ。


「そういえば、今度試合あるんだけど」
「ん?」
「野球の試合。見たいって言ってたろ?」


お互い無言のまま黙々と食べ進めて殆どなくなったお弁当の中身。口の中のミニトマトを噛んだのと同時に一也から発せられた言葉に慌てて咀嚼してごくりと流し込む。


「見に行っても・・・いいの?」
「もちろん。公式試合だし、学校から応援の移動車も出るんじゃねーかな」


覚えててくれたんだ。昨日の電話、会話の流れから口を滑って出た言葉だったけど、一也からは素っ気ない返事しか返ってこなかったから流されたと思っていたのに。どうしよう、嬉しい。
やっと一也が野球をするところを見れるのもだけど、私の言葉をちゃんと拾って覚えててくれたのが堪らなく嬉しくて口の端が上がってしまう。


「次は三高だしな」
「さんこう?強いの?」
「市大三高。今年の選抜に出たチームだし、強いよ。ま、負けねぇけど?」


市大三高。どこかで聞いた高校名だな?と自分の記憶を遡ってみたけれど詳しくは思い出せなかった。もしかしたら一也から聞いたのかもしれないし、ただ似たような高校名と混同しているのかもしれないから口には出さなかったけど。
元々野球といえばプロ野球の球団を片手で数えられる程度しか知らない私は、野球のルールも曖昧だし、一也がいう選抜の意味も全く分からなかった。「絶対見に行くね」と言いつつ、心の中で帰ってから高校野球について色々調べようと決意したのだ。


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