東峰先輩とランチをした翌日。部活帰りに結衣と坂ノ下商店でアイスを買って食べている時だった。
ブーブーブー
床に置いていた鞄から聞こえるバイブ音に会話が止まった。
「ん?結衣の携帯?」
「いーや、私サイレントだからバイブ鳴らない」
じゃあ私のかと、ガリガリ君をかじったまま鞄を探る。普段から結衣くらいしかメールをしないので心当たりが無さすぎる。
ガリガリ君が垂れて来そうだったので上を向きながら携帯確認。差出人の名前に驚いてしゃべりそうになり、慌ててガリガリ君を手で持った。
「え…澤村先輩だ…やだ怖い」
昨日の事が頭をよぎり、悪い事なんてしていないのにすみませんと言いたくなる。
「澤村先輩と連絡先交換したんだ」
「昨日ね。話した変質者の件でお互い知ってた方が良いだろーって」
「あぁ、あの笑顔怖い話のやつね」
そう言う結衣に「それだよ!」と思わず顔が強張る。あの笑顔の後だったから何も考えずにうなずいたけど…。変質者対策っていうよりGW合宿の連絡の為だったかな?
「っで、澤村先輩なんだって?合宿の日程?」
「ん〜んと・・・あれ?お礼だった。なんでだろう。あ、合宿もお願いされた」
澤村先輩からのメールには
【お疲れ。旭、復活した。ありがとな。
あと、GW合宿やることに決定したからよろしく頼む。】
と書いてある。別に困らないのでメール画面を結衣に見せて確認してもらう。
「葵、旭さんとやらに何かしたの?」
「うんにゃ〜?一緒にランチして笑顔怖い同盟は結んだけど?」
「なんだそれ。それむしろ怒られるやつじゃん」
ですよねー。この同盟は澤村先輩には極秘だな!東峰先輩に念押ししておかなくちゃ。
「ま、いいや。それより合宿やる事になった方にへこむわ〜」
GWに心理学研究部事態の活動は無いけどね。さすがお遊びノリの文化部。
それでも個人的に街に出て統計を取ろうと思っていたのにな。
それに、また西谷夕といる時間が長くなってしまう。そう瞬時に思ってしまって、また西谷夕を気にしてると自覚してしまう。普通にするって難しいな…。
「ねぇ、合宿って葵もバレー部と一緒に泊まるの??」
「キーちゃん泊まらないから私も泊まらなーい。」
むしろその為に合宿参加するようなものだし。キーちゃんは家が近いから毎年、合宿中も泊まらず通っているらしい。そうなると必然的に帰り道がいつもより遅いのに一人になってしまうわけで。
マネージャー業の間もドリンク作りや洗濯など、1人でいる事が多くなってしまうのでストーカー被害にあいやすくなる!ということで私に白羽の矢が立ったのだ。仕事内容も1人じゃ大変だと思うしね。
「まだ2人で話しながら帰った方が変出者対策になるじゃん?」
「あ〜まぁ、1人よりはね。あんたも危ない気がするけど(自分の容姿、自覚してないし)」
どことなく含みのある結衣の言い方に首をかしげるが「なんでもない」と返される。
なんだろう?
「もし本当に出くわすようなら男性陣も引きつれて帰りなよ」
「そうだね、その時は澤村先輩にでも電話するよ」
せっかく番号交換したしね。私の意思じゃないけど。
「それと・・・・辛かったら頼りなよ」
そう言う結衣は、とっても優しく、心配した顔をしていた。
結衣が言わんとしている事はすぐにわかった。
「はーい!心配してくれてありがとう!」
嬉しすぎて泣きそうになるのを堪えてふにゃりと笑うと、結衣はどこか照れたように頭を撫でてくれた。
将来、スポーツ選手のサポートをする仕事がしたいそう思っている私がこれくらいの事で逃げてるわけにはいかない。
アノ日から、スポーツする男の子のそばにいるのが辛かった
今まで見ていたアノ光景を、もう見ることが出来ないのが
それが自分のせいなのが
怖くなった
それでも烏野に入って、キーちゃんのおかげでバレー部とかかわる機会が増えて
少しづつだけど大丈夫だって思えるようになったから。それに、東峰先輩は、ちゃんと復帰したんだ。やっぱバレーやりたかったんだ。
よかった。この人は大丈夫だった。
「ま、いい経験だと思ってがんばれ〜私は街の図書館行って論文三昧するよ」
図書館は涼しいしね〜と、明るく話題を変えてくれる結衣に感謝!ちょっと照れてそっけない感じとかすごい可愛い!あ、決して私は女好きなわけじゃないよ。キーちゃんも大好きだけど!って、そうじゃなくて
「それはちょっとうらやましい!良い本あったら借りてきて。私の為に!」
「え〜渡しに行くのめんどくさい」
「ひどい!ついでに差し入れとかさ!暑いからアイスとか!」
「合宿中に?それこそめんど…「いいなアイス!!」」
きっと結衣はめんどくさいからヤダと言いたかっただろうが、突然かぶせられた大きな声によってそれは叶わなかった。しかもこの声って…
「お前もガリガリ君派か!」
続けざまに放たれた言葉に、声のする方を見るとまだそれなりに距離があるところから飛び跳ねる様に駆けて来る西谷夕が見えた。最近の遭遇率の高さに神様からの悪意を感じるのはなぜだろう。
もちろん駆け寄って来る西谷夕の後ろにはいつもの面々とでも言うか、バレー部が勢ぞろいしている。その中に東峰先輩の姿もあり、ちょっと嬉しくなる。
ここには見慣れた光景がちゃんとある。それに、いまは新しく1年生も加わりより一層にぎやかだ。むしろ
「・・・うるさい」
そう返す結衣に激しく同意する。ただでさえ西谷夕と田中龍之介コンビだけで声も大きくにぎやかだったのに、どうやら1年にも賑やかコンビが居る様だ。
ちょっと怒鳴りあってるようにも聞こえるけど大丈夫か?もっとも今現在、一番煩いのはあきらかにアイス―と叫びながら駆け寄ってくるヤツのせいだが。
「ガリガリ君に限るよなー!って!それ新作だな!?!うまいか?」
来るや否やなかなかの至近距離での質問に思わず体をのけ反る。
そんな私に全く気にする様子のない西谷はそれエナジードリンク味だろ?と話を続けている。普通にするってこういう事なんだろうな…見習おう。
「ん〜まずくないけど一回でいいかな。ソーダのが美味しい」
「やっぱソーダだよな!でも新作もちょっとは食べたいよなー」
「葵ー帰り家寄っていい?借りたい本があるんだけど」
これから買うつもりなのだろう、真剣にどーするかと悩んでいる西谷夕に、結衣が我関せずと違う話を進める。結衣は西谷夕みたいなの苦手だったっけ?
とりあえずいーよーと結衣に返事を返す。と、目を離したすきにとでもいうのだろうか。
ふいに「おぉ!」とひらめいたような声がしたかと思えば元々近かった西谷夕がさらに近づいて来る。
「お前の1口くれー」
そう言ったそばから私が手に持っていたアイスへとかぶりつく西谷夕。
ちょっ!!さっき垂れそうだったから全体舐めた後ですけどっ!!!残りも少ないのに!
「確かにまずくはない。けどやっぱソーダだな!」
「だな!じゃなーい!良いなんて一言も言ってないんですけど!」
好き…かも知れない男との間接キスに、思わず顔を赤らめて照れる…なんて可愛い反応は出来ず。内心バクバクしているくせに文句しか言えない。
「残り少なかったのに―!溶けかけアイスが好きなのに―!バカ―!」
そう言って結衣に泣きつく。そんなくだらないやり取りは後から追いついた3年の先輩たちになだめられるまで続いた。
[
back] [
next]