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06 マンサクの力

今日も朝から元気な掛け声が響いている第二体育館。その扉は開け放たれているのでそっと顔をのぞかせるだけですぐに中をうかがうことができる。

見知らぬ顔が4人。あれがウワサの1年生か。みんな真剣に部活している姿がうらやましい。どうあがいたってうちの部活では無理な話だ。前に実験心理で統計取ろうと提案したら笑われて終わったなぁ…懐かしい思い出だわ。


「おはよ。中入ってこればいいのに」


いつの間にか近くに来ていたキーちゃんに中に入るように急かされる。羨ましげな顔で見ていたせいかクスリと笑われちゃったよ。


「じゃあ遠慮なくお邪魔しまーす」


なんとなく恥ずかしくてそのことには触れずに体育館へと足を踏み入れる。私、一応部外者なんだけど良いのかな…よくある事だけど。
キーちゃんと一緒にみんなのドリンクとかが置いてある休憩スペースみたいなところへ行く間中、色んな視線を感じる…。主に1年生達から。
まぁ、2,3年には見慣れた光景だろうけど。

サーブ練習中だったので練習自体を止めてしまうってことはなかったが、明らかに1年生の動きは止まっているぞ。このままだと澤村先輩に…


「コラ1年!練習に集中しろー!」


あ〜あ、やっぱり注意されちゃったよ。申し訳ない。後で謝っておこう。


「このサーブ練習が終わったら今日の朝練終了だから」


それまで見て待っててとマネージャー業務へ戻るキーちゃん。いつものように「手伝うよ」と、それぞれのタオルやドリンクのセットを作っていく。


「ありがと。葵は慣れてるから任せちゃってごめんね」
「キーちゃんのお役に立てるなら!キーちゃんは練習みてメモしてて!」


ママさんバレーでマネージャーみたいなことしてるとはいえ、誰のサーブがどうとか、技術的なメモは私にはできないから。コーチとか居れば必要ないけど烏野には指導者がいないので部長がやるしかないが、自分の練習もある。

だから代わりにキーちゃんがメモって後で澤村先輩に見せるんだとか言っていた。コーチもそうだけどマネージャーも、もう1人くらいいるといいのにね。
練習が終わってこっちに来る面々に順番にタオルとドリンクを手渡していく。


「「高宮!よく来た!!」」


そういって親指を立てて目の前で仁王立ちする馬鹿が2人。言わずもがな田中龍之介と西谷夕である。


「お前が来てから潔子さんがよく笑う!」
「よくお声が聞こえる!」
「「グッジョブ!!」」


あぁ、いつも過ぎる光景だ。本当に今までと何も変わらない西谷夕に、ちょっと安心したような拍子抜けなような‥‥
でもおかげで「明日も来いよ!」とキラキラした笑顔で言ってくる2人に通常モードで返すことができた。


「キーちゃんの笑顔は私への笑顔ですーだ」


べーっと舌を出して1年生の方へ向かう私に、見物していた3年生から相変わらずだと笑いが起こっている気がするが気にしない。2年コンビから「独り占めはよくないぞー!」との抗議があがるがそれも無視。


「はーい!1年生諸君!初めまして〜高宮葵でーす。ドリンクどーぞ―!」


無駄にテンションが上がってしまったまま1年との初対面!3人はキョトンとわけがわからないながらもどうもっとドリンクとタオルを受取ってくれる。1人は明らかに怪しい物を見る目で見下ろしてくるけど。睨み返していいのかしら?


「あっああああの!!先輩はマネージャーさんですか?」


あまりにも高い所から見下ろされるので首が痛くなってイラッとしちゃうぞ!とか思ってる所に、横からオレンジ色の頭の子がかなりどもりながら話し掛けてきた。
なんだこの子、面白いぞ。


「ブッブー!私は心理学研究部の者でーす」
「ぇええ?違うんですか!?あんなに先輩たちとも仲良いのに」
「なんだ・・・ただの部外者か」


あら、なんだか敵意ムンムンのセリフが聞こえたぞ?


「そこの嫌味顔のメガネくん、部外者が手伝うと何か問題でも??」
「別に…あまりにも小さいくてちょこちょこしてたんで気が散っただけです」


あんれまー!この子、憎まれ口しか聞けないのかしら?


「あら、こんなにも小さいのがちょろちょろしただけで気が散るなんてメンタル弱いのね」
「なっ!?」


反論されると思ってなかったのか、嫌味メガネくんは驚いた後、さらに眉間のしわを増やした。さあどうする?とニッコリ笑顔のままメガネくんの出方を待っていたら、急に誰かの手で頭に乗った。


「はいはいそこまで!月島、すぐケンカ吹っ掛けるなよな。高宮も煽るんじゃないよ」


私たちのやり取りを見かねたのだろう、澤村先輩が私の後ろに立っている。しかしこの手は何だろう。


「澤村せんぱーい、別に抑えてなくても殴りかかったりしないですよー」
「当たり前です。これは何となくだ」


なんとなくって力強く言う事じゃないと思うけどなー。意味ないのにどけてもらえなーい。前に丁度いい高さにあるとか言ってたけど…


「1年に紹介しとくよ。こいつは2年の高宮葵。清水の幼馴染でよくうちの部に顔出すから覚えといてやって」
「それとかなりの清水バカね」


付け足しとばかりにひょっこり顔出した菅原先輩の言葉に、1年生に再び?マークが浮かぶ。


「バカはひどいですー!大好きなだけです!」
「いつもこんな感じな」


そう菅原先輩が言うと1年生もなぜか納得したのかうなずいている。


「もーー!キーちゃんが美人さん過ぎるからしょうがないのーっって!あーー!思い出した!」


突然叫んだ後、くるりと澤村先輩に向き直った私に、珍しく澤村先輩がビックリして後ずさった。
いつもはどーんと構えてるのに!でも今はソコを突っ込んでいる場合ではないのだよ!今日の目的を忘れかけてたよ!


「ちょっと3年生にご相談が…ってあれ?東峰先輩が居ない…まぁいいや。ちょっとお2人聞いて下さいな!」


端っこで!と2人を引っ張りながら壁際まで連れて行く。


「旭が居ないのはいいんだ…さすがだね」
「まぁ今は深く聞かないでくれた方がありがたい」


なんて会話がされているけど、それこそ部外者が色々聞いたらいけないと思うのであえてスルーで!前にちょこっとだけキーちゃんから聞いたような気もするしね!


「キー―ちゃーーーん!!キーちゃんも来て――!」


引っぱりながらキーちゃんも呼んだことで、ちょっと真面目な話だと悟ってくれたのか澤村先輩が今後の指示を飛ばす。


「すまん!先に片付け始めててもらえるかー?」
「「「「ういーーーーっす」」」」」


澤村先輩の指示に、体育会系ならではの返答。あー運動活だなーいいなーなんて思ってしまう。あ、別に運動したいわけではないけどね。

小さい時によく見慣れた光景だと懐かしく思う反面、苦しくなる。当たり前だったあの光景を、もう見ることは叶わないという事実に。
皆への指示が終わり、再び私に向き直った澤村先輩に何事もなかったような笑顔で返さなくちゃ。こちらに歩いてきていたキーちゃんを早く早くと手招きし、改めて小さな円になって切り出すのはもちろん昨日キーちゃんに伝えた事。


「最近、キーちゃんの周りで変な人を何度も見るんです」


その言葉で先輩たちはとてもまじめな顔へと変わってくれた。
だが、当の本人はというと


「私あれ以来見てないけど。葵が気にし過ぎじゃないかな?」


なんて何でもないように言うんだからため息が出ちゃう。


「キーちゃんと一緒の時についてきた時でさえ4・5回目だったんだよ?昨日もまたキーちゃん家の前で見かけたんだから!」
「ついて来たってのは穏やかじゃないな」
「それで家バレちゃったんじゃね?清水もう少し危機感持ってよ」


さっすが先輩たち!!やっぱりこの2人なら味方になってくれると思った!!


「帰りはなるべく俺らと一緒に帰るべ」
「そうだな、日頃はそれで問題ないとして‥‥問題はGWだな」


先輩たちは何かを考えた後、二人そろって私へと向き直る。え?


「まだ確定ではないが。高宮、もしもの時はお前にしか頼めない…受けてくれるか?」


そういう澤村先輩の顔は、優しい笑顔の裏にとってもとっても真っ黒いものを感じた。


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