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05 ヤブランを携えて



「おー!高宮ー!お前も今帰りかー?」


そういって部活仲間の輪の中から手を振る西谷夕。その声で他の人たちからも次々に声がかかる。
今日から会うことは減る。そう思っていたのに昼休みに教室までやって来た挙句、帰りにも出くわすなんて。

神様は意地悪ですか
それとも罰ですか

先程まで結衣と語っていた話題の人物を前に、一瞬ためらったものの大きく手を振り返す。ここで固まるなんて不自然すぎる。


「皆さんお疲れ様で―――す!!キーちゃんはまだ居ましたか――???」


そんな私の叫びに、西谷夕の周りにいた人たちが相変わらずだなーと笑う。一部見慣れない顔があるけど、あれが一年生かな??西谷夕は関係ない。いつもの私でいく!と、つい先ほど結衣に誓ったところだ。


私の異変をすぐさま感じ取った結衣に、放課後すべてを打ち明けた。西谷夕の事を相談できる相手がいて本当によかったと思う。
キーちゃんには相談できないってことも伝えた。だって、西谷夕はキーちゃんの事が大好きだから。それにキーちゃんには他にも言えていない事がある。キーちゃんだけじゃない・・・・結衣以外の誰も知らない事。

烏野で唯一私の事を知っている結衣だから相談できた。私が転校する小学2年生までしか一緒にいなかったのに、ずーっと手紙や電話をして繋がっていた幼馴染。
心理学が学べるとはいえ、私と一緒の高校に行くとわざわざ遠い遠い烏野を受験してくれた結衣。

結衣がそばにいてくれてよかった。

西谷夕の話をして、結衣は「葵もついに!!」と喜んでくれたけど、静かに首を振った。その理由を察している結衣はとっても困った顔をしていた。


「葵も普通に恋していいんだよ?幸せになっていいんだよ。」


そういってくれる結衣には悪いが、私はそうは思えない。

だって
だって
私は兄を・・・・。



「清水なら今さっき帰ったとこだぞー」
「なんとー!!追いつけるかもしれないので追いかけまーす!!」


答えてくれた澤村先輩にお礼を叫びならか駆け出した。よかった、怪しまれずに離れる事が出来た。結局ダッシュしたがキーちゃんに追いつくつもりもないので、いつもとは違う道へと足を進める。

今は何となくキーちゃんと会いづらい。引っ越してきた時、一目見て好きになったキーちゃんに゛会いたくない゛って思うなんて初めてだ。
そんな自分が情けなくて、深い深いため息をつきながら少し遠回りして家路へとつく。
途中、また怪しげな人が居たような気がして、キーちゃんを追いかければよかったかなとさらに落ち込む。やっぱりキーちゃん一人で帰らせちゃダメかな。


「ただいまー」
「遅かったじゃない葵!早くご飯食べるよ!今日も行くんだからね!」


帰って早々に、なぜかすでにジャージ姿の母が食卓へと急かす。そうか、今日はママさんバレーの日だったか。今日から部活に復帰するから西谷夕は参加しなくなると言っていたな。
よかった。選手じゃないので激しく動くことはないが、念のために軽めにご飯を食べ、そわそわしている母の為に急いで準備する。集合時間までだいぶあるというのに、靴を履いている最中にも急かしてくる母。


「お母さん、、、張り切ってるけど今日は早く行っても西谷夕は居ないよ?」


もしかしてと思い告げてみると、見事にハッとして固まった。


「やっぱり…。この間部活に復帰するから来れなくなると思うって言ってたじゃん」


未だ負けっぱなしの母は今日も挑むつもり満々だったのだろう。西谷夕が居ないってだけで見るからにシュンと萎れてしまった母に苦笑いしか出ない。どれだけ西谷夕に居てほしいのだか。


「ほらほら!エースが萎れてたらチームの雰囲気悪くなるよ!体育館着く前までに復活してね!」
「そうね…夕くん居ない間に強くなっておかないとね!」


次に会った時は絶対に勝つ!と前向きになってくれたのはいいけど次はあるのだろうか…。また萎れてしまったら困るので言わないけれど。私的には次は無い事を願うよ。

西谷夕の居ないチームは、なんだかみんな元気が無いように見えた。1ヶ月ぶりに今までのメンバーに戻っただけなのに…。


「はいはい!みんな声出てないですよー!掛け声大事―!」


せっかく浮上したはずの母までつられて覇気が無くなっている。居ないくせに存在感を出してくるなんて、心底すごい奴だと思い知らされるわ。


「お母さんまで…みんな次に西谷夕が来たら怒られるよー!強くなって驚かせるくらいでいなきゃ!」


私がそういうと、みんな顔を見合わせて恥ずかしそうに笑った。


「そうね!夕くんをあっと言わせなくちゃ!」
「「「おーー!」」」


なんとか活気ある雰囲気に思ったけど…
結局、西谷夕のおかげかと思うとなんだか複雑な気分になる。気にしないって難しいな。私もまだまだだ。
なんて思いながら片付けをしていて、西谷夕用にいくつか薬を用意したままなことに気付いて笑った。

避けていたら気にしてないとは言えない。キーちゃんとも会いずらいなんて言ってられない。
明日の朝はバレー部に顔を出そうかな。澤村先輩に変な人の事も相談したいし。ついでに、西谷夕にこの薬を渡そう。そう、ついでだ!
そう思って、帰ってからキーちゃんにメールを入れた。


【件名:明日  朝練の時会いに行くねー!】


たったこれだけなのにちょっとドキドキしてしまった。普段キーちゃんとメールの遣り取りをあまりしないせいだな!誰に言い訳するでもなく1人で納得していたら、珍しくすぐに返事が来た。


【Re:明日  了解。珍しいね、何かあった?】


珍しいのはあなたです!!!キーちゃんが用件以外のメールをくれたー!
すぐに返信


【Re:Re:明日  キーちゃん不足!!補充しに行く―!あとまた変な人見たから―】
【Re:Re:Re:明日  変な人?明日聞くね】


キーちゃん不足は完全スルーなところが流石です。あの変人二人じゃないからクール対応嬉しくないよ!!めげないけど!!

そして変な人通じなかった…。やっぱり本人だけじゃなく、澤村先輩か菅原先輩に相談しよう!東峰先輩でもいいけど…ちょっと頼りないからな。一緒にいるだけで威嚇にはなるだろうけど…。
とにかく、明日の朝相談して決めよう!何かいい策があります様にと願って。

あと、明日、西谷夕に普通に接することができます様に!

結衣に相談してから余計に自分の気持ちを自覚してしまった気がする…。変にドキドキする心を落ち着けるために深く深呼吸する。その時、ガタン、と何かが音を立てて倒れ、びくっとなる。
ゆっくりと音のした方を振り返ると写真立てが倒れていた。

あぁ、やっぱりこんな気持ちはいけないんだね。
そっと写真立てを起こす。


「・・・・忘れたりしないよ」


写真に向かってつぶやいた声は自分で思っているよりとても小さくてか細くて。いったい今、私はどんな顔をしているのだろうか。
写真に写る満面の笑みの兄と、その隣にいる私。

兄の笑顔が苦しい。先程までのドキドキは余韻すらも無くなり、かわりに締め付けられるように心臓が痛んだ。

ごめんね、お兄ちゃん
大丈夫だよ
私だけ幸せになるなんて事しないから


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