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27 あなたに捧げるジギタリス


雲一つない青空の元、少し肌寒いと感じる様になってきた風を受けながらちょっとした山道を登る。昔一度だけ訪れた事があるこの道は、遠い記憶の中ではとても重苦しく感じたはずなのに。


「しっかしいい天気だなー!」
「ホントにね!紅葉も映えて、まさに墓参り日和!」


あの頃とは打って変わって周りを見楽しむ余裕さえ感じるのは、隣に西谷がいてくれるから。
映えるを生えると勘違いした西谷が頭を悩ませているのを笑いながら、清々しい空気を体中に取り込むように大きく息を吸い込んだ。

大丈夫。落ち着いていられる。

ずっとずっと、兄に合わせる顔がないと葬儀の時以来近づく事が出来なかったお墓。
両親は度々訪れていたが、私はどうしても足が進まなくて、一人祖父の家で留守番をしていた。そのことについて両親は深く問い詰める事も無理強いする事も無かったが、きっとずっと気にしていたのだろう。
西谷とお兄ちゃんとのとこに行くと言った際には、これでもかというほど目を見開いていたっけ。仕事を休んで迄ついて行くといった時には驚いたけど。さすがに自力で行けない程遠くでもないし、仕事を優先してもらうよう説得するのが大変だったな。


「・・・ここだね」


母に書いてもらった地図を頼りに沢山あるお墓の中から高宮家の墓を見つけ出し、石に刻まれた名前を確認する。

今の気持ちをなんて表したらいいのだろうか。
悲しいわけでもない。嬉しいわけでもない。苦しいわけでもない。それなのにじわじわと熱くなる瞳が視界を歪ませていく。


「始めまして!西谷夕です!高宮さんとお付き合いさせてもらってます!!」


そう言って深々と墓石に頭を下げる西谷の声でハッと我に返る。そうだ、今日は泣き顔を見せにきたわけじゃないんだ。
熱くなった瞳を一度グッと閉じてから改めて墓石に真っ直ぐ向き直る。


「・・・お兄ちゃん、今まで来れなくてごめんなさい」


初めてに近い墓参り。まずは何をしたらいいんだろうかと必死に頭を働かせる。母たちが最近掃除はしたからお参りだけでいいよって言ってたっけ。
とりあえず墓前に線香を手向け、兄が好きだったお菓子やらお花、そして一枚の絵を供える。


「この時期に本物は咲いていないから、せめて絵だけでも」
「この花、お兄さんが好きだったのか?」
「ん〜好きな花ってものあるけど・・・それより思い出の花、かな」


厚紙に書かれているのは無数のポピーの花たち。
まだ私が小学校に上がる前。両親が仕事中にもかかわらず、どうしてもお花畑の絵が描きたいと駄々をこねた私を兄が連れてってくれたのがポピーが咲き乱れる河川敷だった。
当時の私は小さくて可愛いお花に喜んでしばらくそこから動かなかったらしい。兄はつたない発音で「ポピー!」と嬉しそうに叫び続ける私がツボだったようで、それから春になる度によく兄と出かけたのを覚えている。
ポピーを見なくても描けるくらい通っていたというのに、今ではもう、すっかり行く事はなくなってしまった。


「西谷のおかげで、お兄ちゃんとの楽しい思い出、たくさん思い出したよ」


いままで兄の事を思い出すのは苦しかった。
夢で兄の走っている姿を見ても素直に受け入れられず、兄との楽しい思い出も忘れ、責められているのではと悲観的に思ってしまっていた。
それが、西谷といると前向きになれる。過去と向き合う強さをくれる。不安な時には支えてくれる。


「お兄ちゃん。私、今までお兄ちゃんに恨まれてるんだって思ってた」


だから幸せになっちゃいけないんだ決めつけて、兄に合わせる顔がないと逃げて、真実を見ないようにしていた事にも気付かずに、ただ嘆いてばかり。


「でも西谷や結衣のおかげで、違うって気付けたの。今まで私、お兄ちゃんにずっと心配かけてたんだね」


笑顔でいて欲しいと願ってくれていた思いを裏切るように、自分から不幸になることを選択してきた。
そんな私を、兄はどんな思いで見ていてくれたのだろうか。
いまの私なら、安心できるだろうか。


「今度は結衣も連れてくるね!これからは、たくさん会いに来るよ」


私の大切な人たちと、ずっと笑顔でいて欲しいと言ってくれたお兄ちゃんに恥じない笑顔でまた会いに来るから。
だから安心してね。この潤んでいる視界は、線香の煙のせいにしてもいいよね。


「俺が一生、守ります。お兄さんの分まで高宮を笑顔にしてみせます」


込み上げてくるものを耐えていると、ずっと黙っていた西谷が凛とした声を上げた。まるでドラマのようなセリフに、いつもなら似合わないと笑っていたかもしれない。
でも今の西谷にはその台詞がすごく似合っている気がして、素直に私の中へと染み込んでいく。


「バカ〜、せっかく耐えてたのに泣かせないでよ〜」
「なんで泣いてんだ!?ダメだったか!?」
「ダメじゃないに決まってるじゃん!嬉しすぎるの!」


お兄ちゃんにも西谷のこの真っ直ぐさが伝わっていいるだろうか。
嬉し泣きなら問題ないなとニシシと笑う西谷につられるように、頬をつたう涙など忘れ、私も笑顔で返す。

ほら、西谷といると笑顔になれる。穏やかな空気も、温かい気持ちも、ちゃんと幸せだと受け止められる。
だからお兄ちゃん。私はもう、大丈夫だよ。
もう、自分で勝手に足枷をはめて人の幸せを他人事のように羨んでばかりじゃない。周りの人と一緒に、ちゃんと前を向いて歩いて行けるように頑張るね。


「じゃー帰ろうか!」
「もういいのか?」
「うん!」


だって、これからはいつでも会いに来れるのだから。
兄の墓を前に、笑顔で「またね」と告げれる日が来るなんて、少し前の私には想像もつかなかっただろう。
帰り道ですら、どこか気持ちが軽くなったように感じるなんて。本当に、今までの私がどれほど愚かだった事か。


「今日は付き合ってくれて、ありがとね」
「俺もお兄さんに挨拶したかったし!なんか嬉しかった!」


当たり前のように「また来ような!」って言ってくれる西谷に、体の中から温かな感情が沸き起こる。

そうか。
もう、我慢しなくていいんだ。
ワクワク、ゾクゾクするようなこのむずがゆい感情。
誰に止められたわけでもないのに、自分で勝手に戒めだと決めつけて躊躇っていたこの気持ちを言葉にしてもいいんだと理解した途端、落ち着かなくなってその場から駆けだした。
急にどうしたと追いかけてこようとする西谷を制止し、一定の距離をとる。


「西谷ーーー!!!」


この気持ちを言葉にして伝えるのは、生まれて初めてだ。

「すきーーー!!!だーーーいすきーーーーー!!!!!!!」

西谷からもらった沢山の好きには、まだまだ及ばないけれど。
私のこの想い、ちゃんと届きます様に。

私の中からあふれ出る想いをすべてぶつける様に叫んだ声は、静かな木々たちを響かせ、続いて響き渡った西谷の声と共に青い空へと溶けていった。


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