ポカポカと温かい春の日差しに、弾む気持ちを抑えることなく鼻歌交じりで歩を進める。
そんな私に負けず劣らず楽しそうに隣を歩く西谷。彼が隣に居ることが当たり前のように、ひとつ、またひとつと巡っていく季節。
思えば去年の春。
ママさんバレーの体育館に西谷が急に現れた事からすべてが始まった。あれからもう1年が経ったのかと思う気持ちと、まだ1年しか経っていないのかと思う気持ちが入り混じって不思議な気持ちだが、悪い気はしない。
「・・・ホント、色々あったからなぁ」
この一年は人生の転機とも呼べる一年だった。
グチャグチャな感情で迷惑をかけまくった前半は、自分の変化に戸惑ってばかり。お兄ちゃんの事での誤解が解けて落ち着いてからも、西谷は烏野バレー部の飛躍的な活躍で冬休みも部活三昧。
年明けには音駒との約束通り、東京へ行って公式戦でのゴミ捨て場の戦いが行われた。
「どーかしたか??」
「ううん。ちょっと東京で音駒の人達にからかわれたのを思い出してただけ」
烏野の誰かが音駒の誰かにメールをしていたのだろう。会った時には西谷と付き合っていることを知っていた音駒勢が、お祝いという名のイジリをしてきたのも今となっては懐かしい話だ。
夜久さんと西谷は個人的に仲良くなっていた様で、お兄さんの様に温かな祝福をくれながらも、「しっかり男として彼女を守れよ!」なんてアドバイスまで送っていたっけ。
「みんなに祝われるのは恥ずかしいけど…やっぱり嬉しいね」
「だな!俺は、高宮は俺のもんだ―!ってアピールできるからいいけどな!」
油断も隙も無いやつらが多いからなって何故かファイティングポーズを取る西谷は、きっとその視線の先に黒尾さんを見ているんだろうな。
あれは絶対に冗談だったと思うけど、わざわざ西谷がいる時に「残念。高宮ちゃん狙ってたんですけどネ」なんて言いながら私の頭を撫でたりするから、西谷が獣のように警戒心をむき出しにしていた。
それを楽しそうに笑って見ていたのだから黒尾さんもイイ性格してると思う。
「大丈夫!こんなにも西谷が好きなのに、これ以上の男なんて現れませんよー」
本当に。これ以上にないってくらい想っているのだから、西谷以外の男性を好きになる事なんてこの先ないだろうな。
今までの自分も、西谷のおかげで変われた自分も、全てを受け入れてくれる人はそうそう居ない。だからこそ、時々不安になる事がある。
私は西谷でなくちゃダメだけど、西谷は私じゃなきゃいけない理由なんてない。
社交的で男前で、たまに子供っぽいけど優しくて。きっとこの先、沢山の素敵な女性が彼に惚れるだろう。
その時、私はずっと彼の隣に入れるのだろうかと。まだ訪れてもいない未来にいいようのない不安を抱いてしまう。
それでも。そう簡単に他の人に奪われる気はないけどね。
不安を抱いたままだけど、これからは前に進むって決めたから。
この先の未来のように、太陽へ続いているような階段を西谷と二人、並んで駆けあがった。
「着いたー!」
「おぉすげぇ!!めちゃくちゃ咲いてんだな!」
階段の先に広がる河川敷の花畑には、幼いころに見た時と変わらずポピーの花たちが咲き乱れている。
懐かしい光景。あの時は大好きな兄が一緒だった。
「本当にすげぇな!!さすが高宮の大事な場所だな!」
今は、大好きな人と一緒に。
まるで私たちを待っていたかのように満開に咲き乱れたポピーが、春の柔らかな風に揺れて手招きをしているようだ。
当時のようにすぐそばまで近づきそっと触れるポピーは、あの頃より随分と小さくみえる。
「記念に撮っておこうかな!」
昔はスケッチするしかできなかったけど、いまならこの景色を鮮明に残す事が出来る。揺れる花弁の向こうにしっかりと西谷の姿を入れて、大切な一枚として写真に収めた。
まぁ、すぐに写真を撮っていることに気付いた西谷のおかげで撮影大会になり、互いが写った写真が何枚も何枚も撮られ、思い出の写真は一枚ではなくなったのだけど。
息が切れるほどはしゃぎ続ける私たちは、人から見たらバカみたいに見えるのだろう。だけど、この時間こそが私にとっては幸せを感じられる最高の時間なのかもしれない。
「もー無理!ストップ!休憩」
「じゃあこれが最後な!」
ぐったりと地べたへ座り込む私を写真に収めた西谷がとても嬉しそうに頬を緩めるから、消してと言おうとした言葉を飲み込んだ。
こんな些細なことで幸せそうにされちゃったら、ダメと言えないじゃないか。
西谷に疲れている様子はないが、私の隣に腰を下ろして大きく伸びをしたかと思えば、そのまま後ろへと倒れ込むように寝ころんだ。
「すげー気持ちーなこれ!高宮もやろーぜ!」
正直、髪や服が汚れるのはちょっと…と思ったけれど、西谷があまりにも気持ちよさそうな顔をするから引き寄せられてしまった。
草むらの上に寝ころべば、青いみどりの匂いが鼻をくすぐる。見上げた空は快晴で、肌を撫でる春の風の心地よさにそっと目を瞑った。
あぁ、幸せだ。
この時間を幸せだと感じられることが、本当に幸せなことだ。
「・・・・西谷、ありがとう」
「お?急にどうした?」
「幸せだから言いたくなったの!素直に受け取って!」
「お、おう。サンキュー!じゃあ俺からも、ありがとな!」
寝転んでいるから西谷の表情は見えないけど、きっと私に合わせたわけでもお世辞でもなく、本心で言ってくれてるのだろう。
西谷も同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて、ニヤける顔が直らない。今日はずっと顔が緩みっぱなしだ。
こんなにも幸せでいいのだろうかと怖くなるくらいなのに、西谷はそれ以上の幸せをくれる。
「なぁ、チューしてもいいか」
「ッ!?」
体を起こし、上半身だけ覆いかぶさるようにして私の顔を覗き込む西谷に、驚きなのか恥ずかしさなのか分からないが言葉が詰まった。
間近で見る西谷が急に男っぽく感じて、自然と顔に熱が集まっていく。
「ダメか?」
「ダメじゃない、けどっ!なんで急にそんなこと聞くのもー!恥ずかしくなるでしょ!」
「前にいきなりしたら心臓モタナイからダメーって言っただろ?高宮が嫌がる事したくないしな」
「ッッ、いや、確かに言ったけど・・」
私が言った事を覚えてくれてたのは嬉しい。気を遣ってくれるのも助かる。でも改まって言われても恥ずかしいに決まってるじゃん!
もう一度ダメかと聞いてくる西谷に、良いと言葉にするのが恥ずかしくて、視線をそらしながら小さく頷いてみせる。
そんな私を見て笑う西谷は、「そんなとこも可愛いけどな」なんて更に恥ずかしくなる事を言ってくるのだから、彼の視線から逃れる為にもギュっと目を瞑った。
恥ずかしさを煽る様にうるさく響く心臓を落ち着かせる暇もなく、ふにゅっと触れた温かなぬくもりが呼吸の仕方を忘れさせる。
ニシシと笑う西谷の笑い声にそっと目を開けると、思ったよりもまだ近くにあった西谷の視線と絡み合った。
「やっぱもう一回」
今度はいいという前に合わさった唇が、先程よりも長く深く熱を伝えてくるから、唇から甘い痺れが広がっていく。
あぁ、私はいつも西谷からもらってばかりだ。
何か少しでも、私も西谷に出来たら。そう考えていたけれど、結局は私が何かするよりも先に西谷が色々動いてしまう。
だから今更だけど。これくらいは私から動かなきゃ。
「あ、あのね西谷」
「ん?なんだ?」
本当に今更だとは思う。この事について西谷が気にかけている様子はなかったから、喜んでくれるかは分からない。
それでも西谷の恋人として、どうしても言いたかったことだ。
「その…夕、って呼びたい」
まだ目の前にある西谷の瞳から瞬きが消える。大きく開かれて固まった瞳に不安を感じたのは一瞬のこと。すぐにふにゃりと崩れた顔がふってきて、そのまま私を包み込むように抱きしめた。
「へへ!やべーな!名前呼ばれるだけでこんな嬉しいんだな!」
私をぎゅうぎゅうと抱きしめながら知らなかったとはしゃぐ西谷・・いや、夕に、安堵から思わず笑いが漏れる。
今までいろんな人からなんで苗字呼びなんだと言われたけど、その度に高宮は高宮だろと不思議そうにしていたから不安だったけど。そうか、無頓着だっただけなんだ。
「もっと早くに言い出せばよかったね」
「だな!でも今が嬉しいから、それでいいか!これからいっぱい呼べるしな!」
何処までも前向きな夕らしい発言に何度感心させられただろう。
そうだ。今までの事を悔やんだってしょうがない。これから先、何度だって呼べるのだから。
「俺も名前で呼んでいいか?」
「もちろん!むしろ呼んでください」
嬉しそうに笑いながら起き上がった夕は、何故か大きく息を吸って大空へと向かって叫んだ。
「葵ーーーーーーー好きだぁぁーーーー!」
「なっ!?ちょっ、、、、、っ!!私だって夕が好きぃぃーーー!」
いつかと同じように響き渡る私たちのバカみたいな告白は、今日も空へと溶けていく。
私たちの笑い声に合わせて揺れるポピーの花たちだけが、呆れずに見守ってくれていた。
お兄ちゃん、お元気ですか
私はとっても幸せです
夕がいて、結衣がいて、キーちゃんやバレー部の皆。他にもたくさん友達がいます。
お父さんとお母さんにも笑顔が増えました。
だから安心して下さい
これからも、お兄ちゃんが残してくれた想いを胸に
笑顔を絶やさない生き方をしていくことを
沢山の人を笑顔にしていくことを
お兄ちゃんとの思い出のこのポピーの花たちに誓います
たくさんの人に、たくさんの幸あれ
fin.
ココまでの長い間お付き合いして下さり、本当にありがとうございました。
長い月日がかかってしまいましたが、こうやって完結できたのは読んで下さった皆様のおかげです。本当に本当にありがとうございました。
題材自体が重たい話だったので、少しでもキャラたちが明るい話にしてくれればと意識しながら書きましたが、いかがだったでしょうか。
夢主ちゃんも西谷も、この先何があっても笑顔に戻れるような。そんなバカであり微笑ましい二人で居て欲しです。
私の中では未来のお話しもあるのですが、それはまた、いずれ番外編でお届けできればと思います。
読んで下さった皆様にも、たくさんの幸せがあります様に