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26 美しくも切ないモミ


「お先に失礼シャッス!!」


挨拶もそこそこに勢いよく部室を飛び出る。部活後でクタクタだろうが関係ない。それよりもなによりも、一刻も早く高宮の元へ駆けつけたい一心だった。
着替える前に『終わった!行く!』とだけ送った短いメールに未だ返信がない事が、より俺を急かしているのかもしれない。


高宮が今日という日に特別な覚悟を持ったのは二ヶ月ほど前のことだ。
あんなにも怖がっていた過去に向き直るために、当時の関係者に会いに行くのだと言っていた。それは自分に必要なことなのだと。
本当は一緒に行ってやりたかった。だけど部活だってあるし、何より高宮が大丈夫だと力強く言うから。だから、せめて部活が終わったらすぐに会いに行くと約束したのだ。

今日は家の近さに感謝だな。

高宮の家につくなり勢いよくインターフォンを押すが、落ち着かずその場で足踏みを繰り返す。玄関のドアが開く瞬間を待ち構えじっと見つめていたら、ゆっくりと開かれたドアの隙間から高宮と目が合った。
次の瞬間、飛び出すように出てきた高宮が、俺の胸へとしがみつく様に抱き着いてきた。


「どうした!?なんかあったか!?」


高宮の方から俺にすがる様に抱き着いてくるなんてことは今までなくて焦ってしまう。軽くパニックになりながらも受け止めた高宮は、小さく俺の名を呼ぶだけで、それ以上口を開いてくれなかった。
とりあえず・・・どうしたらいいんだ。
俺の胸に顔を埋めている高宮は声を殺して泣いているのだろうか。それとも、ただこうしていたいだけなのだろうか。
きっと、今日会いに行った人とそれほどの事があったのだろう。
話す気も、動く気配も感じられないのならと、その背中に腕を回し、そっと抱きしめた。


「・・・ありがと、、っえ!?あ、ごめん!」


しばらく玄関先で抱き合っていたが、落ち着きを取り戻したのだろうか。顔を上げた高宮が慌てて俺から離れ、赤い顔をしながらアタフタと身なりを整えだした。
その姿からは以前の様なもろさは感じられないから、きっととんでもない事にはなっていないのだろうなと、安心すると同時に、俺の腹が勢いよく鳴った。


「プッ!あはは!相変わらず元気なお腹!」
「終わってから買い食いもせず直ぐ来たからな!あ〜腹減った〜」


今の今まで感じていなかったのは、それだけ高宮が心配だったって事なのだろう。高宮もそれがわかったようで、ありがとうとお礼を言ってくれるものの、止むことなく空腹だと主張する腹の虫を前に、笑いが止まらないようだ。


「とりあえず上がって。ピザトーストとかで良ければすぐ作るから」
「マジか!!!すげー助かる!!」


帰ったら夕飯食べるだろうから少しだよと念押しされながら家へと上がらせてもらう。土日でも仕事が多いというご両親は、今日もまだ帰っていないようで、室内は静まり返っていた。
さっきまで、高宮はここに一人でいたのか。
すぐにできるからと先に高宮の部屋へ通され、一人残された室内の机の上には今日行くと言っていたイベントのチラシと、タオルがクシャクシャっと折り重なって置かれていた。
もしかしたら俺が来るまでの間、ここで一人で泣いていたのかもしれない。
そう考えたら何だか苦しくて、下唇をかみしめた。


「西谷〜開けて〜」


高宮の声で扉を開ければ、トレーに乗ったピザトーストとコーンスープの香りに腹の虫が嬉しそうに音を響かせる。その音でまた楽し気な笑い声をあげる高宮の眼は、やっぱり少し赤くなっている気がした。
無理なのはわかっているが、もっと早く、ずっとそばに居てやれたなら、一人で泣かせるような事はなかったのに。


「西谷?どうしたの?食べないの?」
「食う!!いただきますッ!!!」


過ぎたことを悔やみ続けてもしかたねーな!それに、高宮を心配かけるのはもっと違うしな。
腹ペコの胃に高宮お手製の優しさが染みる様に広がっていく。ウマくてすげぇ勢いで食べたらまた笑われたけど、それでいい気がした。


「ごちそーさん!!マジでウマかった!」
「こんな簡単なものでそこまで喜んでもらえると恥ずかしいけどね」


そう言って照れながら、俺から外した視線が一点を見つめた。その視線の先を追えば、棚に飾られている一つの写真を見つめているのが分かる。
陸上の大会だろうか。ユニフォーム姿でトロフィーを掲げ、嬉しそうに笑う男性と、その横で同じように満面の笑みを浮かべる幼い少女の姿。


「・・・・その人がお兄さんか?」
「え、あ・・・うん、そう。カッコいいでしょ?」


そう言いながら立ち上がって写真立を手に取る高宮の顔は、いままで兄の話をする時の様に取り乱す事も無く、優しいものだった。
それでもどこか苦しそうに感じてしまうのは、俺の勝手な思い込みかもしれない。
しばらく兄の写真を手に立ち尽くす高宮をそのままにしたくなくて、後ろから抱きしめる様にしてその体を包み込んだ。


「西谷はあったかいね」
「そうか?走って来たからかもな!あちぃか?」
「ううん。大丈夫、だから‥‥そのままで聞いてくれる」


重ねられた高宮の手はかすかに震えていて、何とかしてやりたくて抱きしめる力を強める。俺の思いが伝わったかは分からないが、ぽつりぽつりと語り出された声は穏やかなものだった。


「お兄ちゃんの先生にね、言われちゃった。キミは笑顔でいますか?って」


会えても話せるかどうかも分からないと言っていたが、どうやらちゃんと話す事が出来たらしい。
その先生は、ちゃんと兄の侑都さんの事も高宮の事も覚えていて、驚きながらも優しく迎え入れてくれたのだという。


「お兄ちゃんの怪我のこと、先生がすごく謝ってた」


どうやらお兄さんの怪我は、成績が出ずに苦しんでいた部活仲間が起こしたものだったらしい。
苦しくて苦しくてつらい時に、目の前で毎回結果を出していく侑都さんが妬ましくなった部員が、少し怪我をすれば程度の気持ちで起こした事故が大惨事になってしまったのだと。
事前に一人一人のメンタルケアが出来ていなかった自分の責任だと、先生は高宮に頭を下げたのだという。
それから、その後の陸上界の侑都さんに対する態度があまりにも酷かったと。
怪我をして将来を見込めなくなった侑都さんに対して、陸上界はすぐに背を向けたのだという。
仲間だと思っていた部員に裏切られ、優しかった人たちが相手をしなくなり、将来への道筋も断ち切られた。
それは、侑都さんにとって、どれほどの絶望だったのだろうか。


「お兄ちゃん、自分が大好きだった陸上はこんなものなのかって嘆いてたって」


医者は走るのはムリだと否定し、陸上界は侑都さんを見放した。
それは大好きなものが大嫌いになるほどで、それだけで生きて来た侑都さんにとっては今までの人生全てが否定されたようなものだったらしい。


「そんなお兄ちゃんにまた走ってなんて言った私の言葉は、やっぱり兄を追い詰めたことに変わりはないと思う。・・・でもね」


「お兄ちゃんは最後まで、これから私が笑顔でいられるかを心配してたんだって。私には、笑っていて欲しい、って」


少しの間を置いてから、震える声で語られた侑都さんの想いに、俺まで鼻の奥が痛くなった。


「私は、やっぱり、自分にも非はあると思う。でも、、、幸せになっちゃいけないなんて、思っちゃダメだったんだね」
「そうだな。お前は、お兄さんの為にも笑ってなくちゃダメだな」


大粒の涙を流す高宮の顔を自分の胸に抱え、強く強く抱きしめる。

お兄さんの想いと高宮の想いが違ったとしても、高宮がずっと苦しみ続けていたことが間違っていたとは言わない。
だから、たくさん我慢して沢山苦しんだ分も、これからはもっとたくさん笑って欲しい。
そして、できれば高宮を笑顔にするのは俺でありたいと、今まで以上に強く思った。


「あのね、西谷。今度、お墓参りいこっか」


そう言って涙を流したまま笑ったりするから。
湧き上がる想いが抑えきれず、その額にそっと唇を落とした。


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