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25 この手に掴むサラサドウダン


「それじゃあ、詳しく聞かせてもらおうか」


夏休み明けの登校初日。来て早々に朝一での説明を求められ、結衣に部室まで連行される。
結衣にはメールで西谷の事を伝えているが、さすがに詳しくはどう文字にしていいのかわからなかったから直接言うねとメールしておいた。だから覚悟は決めてあったけど、まさか朝一でとは…。


「何と言いますか・・。色々ありまして」
「その色々を聞いてるんだけどね。まぁ、いいや。とりあえずおめでとう。ホント、良かったよ」
「え?」


まだなにも説明していないのに。それなのに本当に温かい笑顔で良かったと言ってくれる結衣に、ジワリと目頭が熱くなる。
あぁ、そういえば結衣はずっと私に幸せになれと言ってくれていたじゃないか。


「結衣、ありがとう」


ありがとう以上の感謝はどうやって伝えたらいいのだろうか。
泣きそうな私を笑いながら、「だから幸せになっていいって言ったでしょ」なんて軽くおどけてみせる彼女に、どれだけ救われてきただろうか。

西谷の告白。合宿で梟谷高校の生徒とであったこと。自分がまだ全然立ち直れていなかった事。全てを打ち明けたあと、それでも西谷が受け入れてくれたこと。
そして、西谷と居ることを母が喜んでくれたこと。
すべてを話した後でも、やっぱり結衣はかわらず温かい眼差しを向けてくれていた。


「私、ずっとみんなに心配ばっかりかけてたんだね」
「あたりまえでしょ。みんな、葵が好きなんだから」


そのあたりまえがわかっていなかったんだね。
こんなにも私の事を気にかけてくれる人たちがいたのにも気付かず、私はただ、兄を追い詰めた罪悪感を抱き続けることで現実から逃げていたのだろう。
それしか、私に出来る償いはないと思い込んで。


「私、もっとちゃんとお兄ちゃんの事、知らなきゃいけないと思う」


私の言葉に罪は無いとは言わない。あの言葉たちは兄を苦しめたことに変わりはないと思う。
でも、本当は何があったのか。何故兄は死を選んだのか。私はきちんと知ろうとしていなかったのは事実だ。


「知った方がつらいかもしれないけど、それでも知りたいと思う?」
「うん。知らなくちゃいけない気がするの。自分が前に進む為にも」


正直に言えば怖い。調べてみて、やっぱり私のせいだと分かった時、私は今まで以上に苦しくなるかもしれない。
私の中のカッコいい理想の兄のイメージが崩れるかもしれない。

それでも、私は私を好きだと言ってくれる西谷に、負い目を感じず素直に好きだと言えるようになりたい。


「それなら丁度良かった。実は私も葵に話があったんだよね」


そう言って鞄から出されたチラシには、見覚えのある顔が映っていた。


「・・・お兄ちゃんの先生、だね」


幼いころに何度も見ていた兄の陸上部の顧問。練習を見に行った際には優しくグラウンドに招き入れてくれた人。
兄と戯れている時に「葵ちゃんのおかげでコイツは強くなれる」と笑っていた人。


「ずっと、いつか葵は事実を知った方がいいだろうと思ってたんだよね」


だから調べてたんだとドヤ顔で言う結衣に驚きを隠せなかった。いったいいつからそんなことまで考えてくれていたのだろうか。
驚いて目を見開く私を笑いながらも、今まで結衣が調べてきたという事を教えてくれた。

顧問の先生は、兄の一件があってすぐ、教員を辞めてしまっていたという。
それからは子供向けの運動教室を開き、勝つことより運動の楽しさを教える事に力を注いでいるらしい。
その活動は徐々に人気を呼び、今ではイベント形式で各地方に引っ張りだこなのだという。


「っで、いつか近くでやらなかなって思ってたんだけど。なんと!二ヶ月後に仙台市まで来るんだな〜これが」


それが葵の知りたいタイミングと合うなんて運命じゃない?なんて。本当にそう思えてくるのだから不思議だ。

記憶より少し老いてしまった写真の先生を見つめる。あの頃と同じように優しく微笑んでいる先生になら、当時の事をきけるだろうか。
ドクドクと激しさを増す鼓動につられるように、ぎゅっと拳を握った。
行ったところで子供向けの運動教室だ。参加はできない。会えたとして話す時間があるかもわからないし、話してもらえるかもわからない。
もし話せたとしても、覚えていないと言われる可能性だってある。
それでも、行かなくちゃいけない気がするから。


「会いに、行ってみようと思う。・・だから、付いてきてくれる?」
「西谷じゃなくて??」
「うん。結衣がいい、かな」


当時から支えてくれていた結衣がいてくれたら安心できる。それに、西谷の前では弱くなってしまうから。しっかりと向き合わなくちゃいけない時に、西谷に頼るなんてことはしたくない。それに、西谷には部活があるだろうしね。
ちゃんと自分で立ち向かわなくてはいけない。それは結衣もわかってくれているし、きっと背中を押してくれるだろう。


「了解。でも西谷にも言っておきなよ」


後で「なんで俺じゃないんだ―!」って拗ねられても知らないよとからかう結衣に、そんなことにはならないと言いながらも、ちょっとその姿を想像してしまった。
西谷は男前だけど子供っぽいところも多いからな・・。

ちょうど話の切れたタイミングで鳴った予鈴に急かされるように荷物をまとめる。
また連絡するからと立ち去った結衣の後姿を見送りながら、残されたチラシをファイルにしまった。

また一つ、私の大きな転機になるだろう出来事に、期待と不安が入り混じる。

前に進めるだろうか。
自分を許す事ができるだろうか。
みんなの愛を、素直に受け止める事ができるだろうか。
西谷に、自信をもって好きだと伝える事ができるようになるだろうか。


「・・・・好き、だよ」


誰も居ない部室に響く小さな声。まだ、こんな形でしか口に出来ない私だけど、いつかはちゃんと言えたらいいな。

慌てて出た部室に残された誓いが果たせるように。
二ヶ月後という期間、自分の決心が揺るがない為にも早めに西谷に報告しておこう。

だからお兄ちゃん

矛盾だらけの私を
償いも誓いも全然果たせない私を
幸せになりたいと思ってしまった私を

どうか、許して下さい


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