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24 咲き続けていたサルビア


夏休みのクソ暑い体育館に響く野郎どもの低い声の中に、一際大きく響く女性の声。東京遠征合宿以来、当たり前のように聞こえるようになった声に自然と頬が緩むのは俺だけではない様だ。


「やっぱり高宮がいると賑やかだよな〜」
「高宮ちゃんはいつも元気だよね」
「おかげで他の奴らも元気過ぎるけどな」


そんな先輩たちの声は確実に俺に向いていて、やる気満々でボールを拾いまくる俺に呆れている様にも見える。
呆れられてもニヤケル顔は直らないし、先日行われた春高予選を勝ち抜いた余韻もあり、やる気は上がりまくりだ。


「くっはー!やっぱコレじゃ拾われちまうか―!!!」
「甘いな龍!!そう簡単に通さねーぞ!」
「グハっ、、、リア充が眩しすぎるぜ」


合宿で高宮が倒れた時に「好きな女」発言をしていたからか、帰って来てから俺たちが付き合う事になったと言ってもそれほど驚かれる事はなかった。
おめでとうだとかズルいだとか色々言われたけど、祝福されているのはすんげぇ伝わってきたから、二人して赤い顔して笑い合ったものだ。


あの日、泣きながら色々話してくれた高宮。
声をあげて泣くあいつを、自分が悪いと痛いくらいに叫ぶあいつを、俺は俺の手で守りたいと思った。だから来いと広げた腕に飛び込んできてくれて、俺の彼女になれって言ったら頷いてくれたのが嬉しくて嬉しくて。高宮からしっかりと気持ちを聞く事のないまま、恋人として一緒にいる。
笑顔も増えたし、こうやってマネージャーの手伝いに来てくれる時は大きな掛け声を忘れない。俺がちょっかいを掛ける度に怒りながらも頬を染めるし、好かれているとは思っている。
だが高宮は、決して自分の口から好きという単語を発する事はなかった。
それを不安だと思わないかと聞かれれば、俺は不安じゃないと答える。だが、言って欲しいかと聞かれれば答えはイエス。好きなやつに好きって言ってもらいたいに決まってる。

だから、絶対に高宮の口から好きって言いたくなるような彼氏になるって決めた。


「高宮見たか!俺の連続スーパーレシーブを!」
「はいはい見た見た。最後から3つ前くらいのレシーブ、怪しかったけどね」


返球場所が目標にしてた所ではなかったのではと指摘してくる高宮に、横から月島が「うわ、細かいところまで見過ぎ。どんだけ好きなの」なんてからかうから、高宮は真っ赤な顔して言い返す。その姿は可愛いけど、月島ばかりと話しているのが癪で俺が月島に飛び掛かるのもよくある光景となってきていた。
だが、そうやってひとしきり盛り上がった後、高宮は必ず眉をひそめて苦しそうな顔をするのを俺は知っている。
きっと高宮の中にある『幸せになっちゃいけない』って思いがそうさせているのだろう。
だがそれは、裏を返せば今この瞬間を幸せだと思ってくれてるという事。


「高宮!今日はガリガリ君食ってから帰ろうな!」


お前が笑顔になる瞬間を、幸せだと思う瞬間を少しでも増やしてやりたい。それがいつの日か当たり前になればいい。
俺は医者でも先生でもないから高宮が背負っているものを失くす方法なんて知らない。苦しいのを取り払うすべを知らないのなら、俺にできるのは楽しいと思えることを沢山あたえてやることだけだ。





「いつも送ってくれてありがとね」
「おう!彼氏だからな、当たり前だ!」


それでなくても以前にあんなことがあったんだ。早々起こる事じゃないかもしれないが、もしもの時には俺が守ってやりたい。
それに、部活中はやっぱりみんながいるからゆっくり出来ないし、少しくらい恋人らしい時間ってやつが欲しいだろ。隣を歩く高宮の手をギュっと掴めば、驚いた声を上げながらも振り払う事なく握り返してくれる。当たり前のように許される事が嬉しくて、つい弾みたくなる気持ちを抑えるために、繋いでいる手をもう一度強く握りしめた。

どんなにゆっくり歩いてもすぐについてしまう近さに、残念だと思う日が来るなんてな。
もう少しで高宮の家へとたどり着いてしまう距離。どちらからともなく速度を下げ、残り僅かな帰路を名残惜しく思っていた時だった。


「あら、葵お帰り・・・って、え!?夕くん!?え!?」


買い物にでも出かける所だろうママさんと鉢合わせ、しっかりと手を繋いでいる所を目撃される。恥ずかしさからなのか後ろめたさなのか。繋いだ手を振り払おうとする高宮の手を抑え、目を見開いて驚いているママさんを真っ直ぐ見つめた。


「真剣にお付き合いさせてもらってます!よろしくお願いシャッス!」


隣で高宮が慌てているのが分かる。だけどこれは事実だし、俺はちゃんと言った方がいいと思ったんだ。
前に高宮はママさんたちからも恨まれていると話していたが、俺にはそうは見えなかった。ママさんはいつも高宮を心配そうにみていたから。
もし本当に高宮が言うように恨んでいるというのなら、高宮の彼氏という存在は快く思わないだろう。だけど、俺の宣言を聞いた今のママさんを見たら、誰が恨んでるなんて思うだろうか。


「っ、本当に、、、嬉しい」


瞳にいっぱい涙を溜め、本当に柔らかく笑ったママさんが高宮を抱きしめる。突然の事に戸惑う様に視線を俺に向ける高宮に笑い返し、繋いだままだった手をそっと放した。
恐る恐る、とでもいうのだろうか。ゆっくりと抱きしめ返す高宮の手がかすかに震えていた。


「・・・お母さん?」
「ハハ、ごめんね。だって嬉しくて。お兄ちゃんの事があってから葵、明るく振舞うフリをしているように笑顔がぎこちなくって」


そうさせてしまった私たちが悪いんだけどね。と申し訳なさそうに言いながら、優しく高宮の頭を撫でる。ママさんにされるがままの高宮はきっと戸惑ってるんだろうな。


「結衣ちゃんと潔子ちゃん以外と親しくしてる話は聞かないし、思いつめたように部屋に閉じこもる事もあるし。すっごい心配してたんだから。まだお兄ちゃんの事から立ち上がれてないのかなって」
「っ、、、ごめん、なさい」
「謝る事なんて何もないの。ただ、私もお父さんも、貴方に幸せになってほしいだけだから」


それは、高宮にとってどれほど大きな言葉になっただろうか。
ずっとずっと親から恨まれていると思っていた。だけど、実際はそんな事がなかったのだと。
子どもの様に母親にすがって泣く高宮に、「久しぶりに泣いてくれた」と抱きしめ返すママさんから、高宮の事を大切に思っているのがヒシヒシと伝わってくる。

ほらな。やっぱりお前は幸せになるべきなんだ。


「夕くん。葵を宜しくね」
「はいっ!!」


力強く返した言葉は泣きじゃくる高宮にも届いているだろうか。
これ以上はふたりの邪魔になるような気がして、高宮の背中にまた明日と告げて立ち去った。

よかったな。
お前はこれからもっともっと幸せになっていいんだ。
楽しい時は思いっ切り笑って、はしゃいで。俺が沢山、お前に楽しいを送ってやる。
たまに泣く事もあるかもしれないけど、その時はそばにいてやる。

だから、無理やりじゃない本当の笑顔ってやつを俺にも沢山見せてくれよ。

そして

好きだと、そう言葉にしてくれ。



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