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22 キミを埋め尽くすルリタマアザミ


 『ゆるして・・おにいちゃん』


倒れる間際、高宮は確かにそう言った。
それがどういうことなのかなんてわからない。ただ、俺はアイツからもママさんからも兄がいるなんて話は一度も聞いたことがなかった。
気になることだらけだが意識のない高宮に聞けるわけもなく、武ちゃんに言われるままおとなしく体育館に戻る。

高宮が倒れたことでざわついていた館内はどうやら高宮の話でもちきりのようで、俺が入ったときには梟谷の顧問の人が何か思い出したように話し出したところだった。


「そういえば、九年くらい前かな。ウチに高宮って学生がいたな」


その先生の言葉に、俺が入ってきたことにも気が付かないほど、みんな注目した。別にただの同じ苗字の人かもしれないが。そう前置きした後、梟谷にいたという高宮という学生について語られた内容はどこか現実離れしているものだった。

テレビで騒がれるほどの俊足。将来有望の陸上選手。
不慮の事故により学生最後の大会には出られず、決まっていた内定はすべて取り消し。
怪我の回復が思わしくなく、学校を休んだまま卒業してしまったという。


「その後彼は卒業式にも参加しなかったみたいだから、今どうしているのはわからないけど」
「俊足王子の名なら私も記憶にあります。当時かなりテレビにも取り上げられていたけどいつの間にか見なくなったと思ったら・・・そんなことがあったんですね」
「俺もさすがに俊足王子ってのは憶えてるな。そいつが高宮ってやつだったかまでは憶えてなかったけど」


年代が近いからなのか、顧問やコーチたちから次々とその俊足王子についての話題が上がる。
だが、誰からも彼のその後については語られることはなかった。


「そんなすげー兄ちゃんがいるのか!あの子!」
「あくまで可能性の話ですよ木兎さん。ただの同じ苗字の他人の可能性だって高いんですから」
「だよな〜。なんせ宮城だしな〜」


色んな憶測が飛び交う中、これ以上話していてもただの推測の域を出ないからと話は切り上げられ、気持ちを切り替えて練習を始めることになった。
ただ一人、潔子さんだけがとても難しい顔をしていたのを見てしまったのは俺だけだった。


「潔子さん??どうかしたんすか??」
「・・・・ううん。なんでもない。それより、さっきは大胆だったね」


付き合ってるのかなって話になっていたよ。と話題を変えた潔子さんは既にいつもの美しい微笑みで、先程の顔は見間違えたのではと思えるほど自然体。
だから俺たちの会話に加わってきた他の部員たちはなにも気が付かないようだった。

潔子さんはきっと高宮のことで何か思う事があるのではないだろうか。
それは俺の中にもある高宮への疑問とは違う何かなのだろうか。

聞きたいことは多々あったが、周りから弄られながら練習が始まってしまい、これ以上の雑談をする事は叶わなかった。
その後も隙あらば潔子さんと話しを・・・と思っていたのに、避けられているのか潔子さんとしっかり話す事が出来ないまま練習は終わりを迎えた。


「え〜高宮さんですが、本人的にももう大丈夫との事なので安心して下さいね。この後からお手伝いに入ってくれますが、皆さんくれぐれも騒がない様に」


練習の最後に皆を見回しながら言った武ちゃんは、最後に俺の方を見て視線を止めた。休憩中とはいえ、高宮が目を覚ましたと聞いて勝手に駆けだしていった俺を怒っているのだろう。いや、実際にあの後怒られたんだけど。
念を押すような武ちゃんの視線に頷いて見せたけど、武ちゃんはまだ心配そうに眉を寄せたままだった。
安心しろよな武ちゃん。俺は高宮がいつか話してくれるっつったから。
だから聞かないし、待つって決めたんだ。潔子さんと話す機会ができなかったのも、きっとそういう事なんだろうし。

練習後なのにまだまだやりたいことが多い俺たちは、ほとんどの奴がギリギリまで自主練をしてから合宿所へと戻る。
空腹でぐうぐう鳴る腹は素直で、匂いに誘われるまま足早に食堂へと向かえば調理場の奥で高宮が楽しそうに他のマネージャーと笑いながら洗い物をしていた。
きっと配給の方では絡まれるかもしれないという他マネージャーの気配りだろう。


「高宮ーー!!お前が作ったやつあるか―??」


チラチラと遠慮がちに高宮に視線を送る輩を横目に、堂々と話し掛ける俺に食堂の空気が騒めく。だが、話すなと言われたわけではないし、何より俺は出来る事なら高宮の手料理をたくさん食べたい。
「このカレーか?」と大きな鍋に入っているカレーを指差せば、洗い場から顔だけをこちらに向けた高宮がコロッケもだと言うから、モリモリのコロッケ乗せカレーにしてやった。


「お前の手料理が食べれるとか最高だな!!」
「っ!?何バカ言ってんの!他のもバランスよく食べなさいよ!」


ほら。また顔を赤らめて照れる。そんな顔するから期待すんだろ。
でもこれは言わない。言ったら高宮がもっと離れていく気がするから。

高宮に言われた通り、トレーに野菜やらスープやらも乗せて席に着くと、一連の流れを聞いていただろう先輩たちに呆れた顔をされてしまった。
お前らしいだのバカなのかなど言われたが、最終的に「ありがとな」なんてお礼を言われ、眉を垂れる大地さんにニシシっと笑い返す。
それを気に、少し妙だった空気は改善され、いつも通りの賑やかな烏野の飯の時間に戻った気がした。
他の奴らも、さっきほどより高宮へ視線を向けるヤツは減ったように感じるし、高宮もまた笑って作業に戻っている。


「やっぱノヤっさんはすげぇな」


ぼそっと言い放たれた龍の言葉は聞こえないふりをした。


俺は何も凄くねぇし、なんも出来てねぇ。
俺にできるのは高宮に最高の俺を見せることくらいで、後は高宮が話してくれるのをただ待つしかできない。
それが苦しくもあるし、もがきたくもなるけど、高宮と約束したし、カッコいい姿を見せたいから。
だから、強がってるだけの俺は全然すごい奴なんかになれていない。
それでも、この後の合宿で高宮がいつも通りでいられる事に俺が役立ったのならば嬉しい限りだ。

主に裏方の仕事を優先してやっている高宮は、その後は至って普通そうに手伝いをこなしていた。
時より音駒のメンバーと話している時も、たまに軽い手当で他校の奴と絡んでも、初日の様に倒れる事も、乱れる事も無かった。

だから安心していたのかもしれない。


「あー!なぁなぁそこの烏野の子!!お前の兄ちゃんって高宮侑都??」


梟谷のエースの大きな声が響いたのは、合宿最後の夜の渡り廊下でのことだった。
殆んどの奴はすでに引き上げた後だから、ココにはこの人と練習していた面々と俺と旭さん、そして高宮しかいない。
少しだけ離れたところで聞いた声に全意識が持っていかれる。


「木兎さん!?!」
「だってよー赤葦、もう明日で帰っちゃうんだから気になるだろ?」


ドクドクと煩い心臓がダメだと叫んでいる。
殆んど無意識に高宮まで駆け寄りその手を取ったのは、そうさせるだけの顔を高宮がしていたから。


「すんません、コイツ連れて行きます」


自分が思っている以上に低い声が出た。そこに居た翔陽が小さくヒィッと悲鳴を上げるくらいには怖い顔をしていたかもしれない。
それでも梟谷のセッターやトサカの主将がすまなさそうに頭を下げたから、遠慮なく高宮の手を引いてその場を離れた。


繋いでいるはずのその手は夏なのに冷たく冷え切っていて、人の手ではないような錯覚を起こさせる。
何度振り返っても高宮と視線が合う事も、その声を聴く事も無くて。さっきまで使用していた誰も居ない体育館の中へと高宮を隠し、座らせた。


「高宮!!」


俺の呼びかけに返事がないまま空を彷徨う視線に胸が傷みを訴える。

高宮、高宮、高宮、高宮

なぁ、俺を見てくれよ
もっと俺を頼ってくれよ


心がココにない高宮を何とかしたくて、無理やりその体を抱きしめた。


だが


「‥離して」


返って来たのは拒絶の言葉だった。


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