HQ | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




21 追憶のユウガオ

パーーーーンッ

響き渡る爆発音とともに一斉に走り出す男達。
良く知る懐かしい光景。そして、もう二度とみられない光景。

あぁ、また昔の夢だ。

全力で駆け抜けていく彼らの先頭を走るその人は、ゴールラインを割った後、嬉しそうにこちらに向かって満面の笑みで手を振った。


『おにーーちゃーーん!すごいすごーーい!』


幼き日の私がキャッキャと飛び跳ねて一番だった兄へと拍手を送っている。
兄が一番を取る度に私は自分の事の様に喜び、そしてそんな私を見るたびに兄はとても優しく微笑んでくれた。

高宮侑都。
この頃の高校男子陸上界で負け知らず。9秒台も夢じゃないとよくテレビでも騒がれる程の足の持ち主で、いつからか瞬足王子なんてあだ名まで付いていた。私は10も年の離れたこの兄をすごく慕っていたし、カッコよくて優しくて、とても自慢の兄だった。


『おにぃちゃんまたテレビにでちゃうね!すごいね!』
『ははっ、俺は走れればいいんだけどね。葵がそんなに喜ぶならたまにはテレビに出てもいいかな』
『ん〜〜葵は走ってるおにぃちゃんが一番すきー!』
『そうか。じゃあまた一番とらないとな』


周りから見てもとても仲が良くて微笑ましい光景だと近所の人にも良く言われた。だから兄が好きーってことも、すごいんだーってことも隠さず応援し続けていた。

それもいけなかったのかもしれない。
ある日、兄は母に連れられ足にギプスを付けて松葉杖で帰ってきた。

アキレス腱断裂。それは兄にとってとても致命的なケガ。どうやら兄の瞬足を妬んだ人がわざと兄に怪我を負わせたらしい。私がその理由を知ったのはもっとずっと後になってからだったから詳しくは知らないが。
だが当時の私は軽い怪我で、直ぐ治ってまた一番で走ってくれるんだと思っていた。だから落ち込んでいる兄に元気出して欲しくて無垢で残酷な言葉を放った。


『おにぃちゃん早く良くなってね!葵、おにぃちゃんがまた一番取るとこみたいな!』
『おにぃちゃんがまたテレビにでたらいいな!おにぃちゃんカッコいいもん!』


この時、なんで母が泣いていたのか当時の私は気付きもしなかった。


『俺も・・・また走りたいよ』


そう笑いながら私の頭を撫でてくれた兄の手が、何で震えていたのかなんて気にもしなかった。

それからしばらく、兄は家にいる時間が極端に減った。何処に行っていたのかは知らない。何をしていたのかも知らない。ただ、ずっと外れることのないギプス。陸上の大会があっても兄の名前すら出なくなったテレビ。

そして


『ごめんな葵。お兄ちゃん、お前を笑顔にしてやれないみたいだ』


兄が私にくれた最後の言葉。
私は意味が分からなくて首をかしげるばかりで何も言えなかったけど。

翌日、この世界から兄は旅立ってしまった。





「高宮さん!良かった、目が覚めましたね。気分はどうですか?」


夢を見ながら泣いていたのかぼやける視界の先で武田先生の顔が見える。
その奥にみえる天井に見覚えもなく、体育館に居たはずなのに知らぬ間にベッドに寝ている所からしてどうやら私は倒れてしまったらしい。
大丈夫ですと告げたものの、まだ顔色が良くないからとそのままベッドに寝かされ、武田先生は他の人に私が起きたことを伝えてくると部屋を出て行った。


「・・・・はは、全然だめじゃん」


全然、大丈夫じゃない。


ただただ泣きじゃくる母と、やつれていく父。
兄との思い出の多いあの家も、兄を知る人が多い東京という街にも耐えられず、母の田舎へと引っ越すまでの数か月は私もあまり覚えていない。
学校へ行かなくなった私のもとに何度も結衣が来てくれていたが、何を話したのかとか、ちゃんと見送っていたかなんてことも記憶は曖昧だった。

ただ、私が兄にあんなことを言ってしまったから。
知らなかったからでは許されないほど、私は無邪気に兄を追い込んだ。
その事実だけがずっと私を支配し、呼吸をするのも苦しかったように思う。

だから、母の田舎である仙台にきて本当に良かったと今では思う。
引越し先できーちゃんと出会い、私たち家族を、兄とのつながりを知らない人たちから優しく迎え入れてもらえ、少しづつ明るさを取り戻した我が家。
手紙で励まし続けてくれた結衣のおかげもあり、前に進む事が出来てたと思っていたのに。

梟谷学園高校

この名を見るだけで倒れるほど取り乱すなんて想定外。埼玉だからって油断していた。
きっとみんなに不審がられたことだろう。梟谷の方々も驚いただろうな。


「あ〜あ、理由、話せるかな・・・」


震える手が冷たい。
全てを説明する必要が無いことはわかっている。でも・・もし、高宮侑都を知る人がいたら。その話題になってしまったら。私は耐えられるのだろうか。

最低な人間だと、軽蔑されたりしないだろうか


「・・・っっ、、やだな・・」


こんな私が皆の仲間に入って良いとは思っていないけど。
少しでも頼って貰えるのが嬉しかった。力になれるのが嬉しかったから。だからこそ、嫌われてしまうのは怖い。


「起きたか!?…って、おい!どうした!?」
「っ!??!ぇ、に、しのや・・なんで」


勢いよくドアが開くと同時に飛び込んできた西谷が、泣いている私を見て大きな目をさらに広げる。
驚いたのは私も同じで、練習中のはずの西谷が飛び込んできたことに驚きすぎて泣き顔を隠すことを忘れて固まったが、驚きはこれだけでは終わらなかった。
なぜか難しい顔をした西谷が私の顔を包み込むように抱きしめたから。


「俺はお前の事が知りたいから聞きたいが、これは俺が聞いてもいいやつか?」


抱きしめられているせいか直接響くような真剣な声。
いつもなら遠慮なくズケズケと私に入り込んでくるくせに、こんな時だけきいてくるとか‥ずるい。その胸が暖かいからこそ、この腕が優しいからこそ、打ち明けてしまうのが怖いと思ってしまう。


「・・・いつか。いつか言うから・・・今は待って」


臆病な私。
今言っても後で言っても結果は変わらないのに。

わかったと言って、それ以上何も聞いてこない西谷に甘えて私は口をつぐんだ。言ってしまって合宿中に気を使われたくないからと、勝手に自分で理由を付けて。


この合宿が終わるまでには気持ちを整えてちゃんと言おう。
みんなとは居られないって。
私は居ていい人間じゃないって。


今までも何度も思ったのにずるずるとここまできた報いだよね、お兄ちゃん。
ごめんなさいお兄ちゃん
もう、幸せになりたいなんて思わないから


もう、二度とこの腕にすがったりしないから

back] [next



[ back to top ]