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19 コケサンゴになりたいのに

どうして西谷夕と関わってしまうのだろうか。

今日も今日とて、必死にプリントを解く西谷夕が目の前にいる。
その姿が恒例となりつつあるこの一週間。傍らには田中龍之介もいるから二人きりではないのが救いか。
問題1つ1つに行き詰まっては質問してくる彼らに、こちらの頭が痛くなりそうだけど。

二人共わかんねぇ〜とか言いながらも必死に教えてくれと頼むのは、どうやらテスト明けに東京への合宿があるらしい。
なので赤点を取ると補修で練習不参加。東京へは行けなくなるという事だ。
それを回避する為に三年生や縁下にまで何とかしてくれとお願いされたのだが、これがまたプレッシャーなんだよね。
任せとけなんて言ったけど、まさかここまで出来ないとは思っていなかったから。


「田中龍之介、ココ違うよ。これは昨日やったやつの応用だから・・」
「お、おう・・・?ぁ〜〜〜ああ!こうか!」
「正解。西谷夕はスペル違う。本文に同じ単語あるからよく見て」


こんなやり取りを休み時間のたびに繰り返している。
多少ではあるが前よりは問題を解くスピードも上がったし、間違いも減った‥気がするが、赤点が回避できるレベルかと言われると自信をもって大丈夫とは言い難い。
だがもうテストは来週だし、あとは土日に自分達で何とかしてもらうしかない。
縁下にでも状況を伝えておこうかなと模索していると、西谷夕が何か言いたげにこちらをジッと見つめていた。


「なに?分からなかった?」
「・・・・なぁ高宮。フルネームで呼ぶのやめよーぜ」
「俺も思ってたわ!お前、なんで俺らだけフルネームなんだ?」


呼びにくいだろと詰め寄ってくる二人の鬱陶しさに、それぞれのおでこをどついて下がらせる。
正直言って、呼び始めた当初はキーちゃんに絡むこいつらとここまで仲良くなるなんて微塵も思っていなかった。それが今や毎日一緒にいて、好意まで寄せているなんて・・・世の中分からないものだ。


「初めキーちゃんにまとわりつく奴らは固有名詞で十分だって思ってたからね〜、関わるつもりもなかったし」
「??固有名詞ってなんだ?」
「そっから?!」


予想だにしていない質問に頭を抱える。本当に赤点回避させれるか不安になってきた・・。
固有名詞についての講座を開き、呼び名を呼ぶってのは親しい証拠だって話をしてみたが二人が理解してくれたかは怪しかった。
今はダチなんだし気軽に呼べよという二人に、じゃあ・・と言いかけた言葉を飲み込む。

確かにフルネームは長いなとは思うけど、西谷夕との距離を保つにはこのままの方がいいのではないか。気軽に呼んでしまったら、また自分の想いが止められなくなるのではないか。


 『ごめんな、葵』


不意によぎる兄の声。私の脳内にだけ響くこの声に、体が自然と強張る。
血の気が引いたのか急に冷えた体を抱きしめる様に自分の腕を包み込んだ。


「よし!じゃあ俺らが全教科赤点回避したら、その固有名詞っての止めろよな!」


きっとすごい難しい顔をしていたのだろう。
それ以上無理強いすることなくそんな約束を言い出す西谷夕の声で、冷え切っていたはずの体に熱が戻っていく。
返事もしていないのに「俄然やる気が湧いてくるぜ!」と張り切ってプリントに向かう西谷夕に釣られるように、田中龍之介まで「やってやるぜ!」なんて意気込みだすものだから、抱きしめていた腕の力が自然と抜けていくのが分かった。

ホント、なんて調子いいんだろうか。
好きな人の言葉一つで振り回されるココロ。
これが恋する乙女ってやつなのかと、改めて自分の気持ちを自覚させられるこの環境が苦しくもあり、嬉しくもある。

お兄ちゃん
今だけ、これを楽しむことを許して下さい。


「・・・このままじゃ赤点回避、難しいだろうけどね」
「「なに!??!」」


こんなにやってるのにか?!と驚く二人の頭を容赦なく教科書で叩く。
先程までガチガチだったのにスムーズに動く体を確かめながら、覚えた単語が抜けてく〜と騒ぐ二人を見て笑った。ちゃんと笑えた。


「ギリギリアウトってところかな。この土日、家でちゃんとラストスパートかけなよ」


私の役目はここまで。
テストさえ終われば、また西谷夕の誘いを断り続ける日々に戻る。
断り続けていれば、いつか諦めてくれるだろうし、きっと私を好きだって言ってくれた気持ちも冷めてくるだろう。

それでいいんだ。

そう思っていたのに…。



「「「「お邪魔しまーーす!」」」」
「・・・お邪魔します」


何故に日曜日にバレー部メンバーと一緒に田中龍之介の家を尋ねる破目になったのだろうか。
慣れたように家に上がる西谷夕の後ろを黙ってついていく。ここまで来るのに駄々をこねたら手を離してくれなくなったので、逃げないから離してとお願いし、抵抗するのはやめたから。

そもそもあの日、「じゃあ俺ん家で勉強会だな!」なんて言い出した田中龍之介の言葉に、クラスメイト達が悪乗りして断れない雰囲気なんて作るから悪いんだ。
行くつもりなんて更々なかったのに、バレー部の為だとか、ココで見捨てるのは人としてどうだとか…他人事だと思って言いたい放題言ってくれちゃって。おかげでその気になった西谷夕が家まで迎えに来るし、離してくれないし。縁下も私がいた方が楽だからか黒い笑顔使ってくるし、ほんと何なの。

なんで、西谷夕を断ち切らせてくれないの

私服の男どもに囲まれながら、田中龍之介の部屋へと連れていかれる。
この光景だけ見たら、寄ってたかって皆が脅してるか、私が男はべらせてるかなりの遊び人じゃん。なんて現実逃避をしながら腰を下ろした。


「しかし、男の子って感じの部屋、新鮮だわ〜」


和室ってのも久しぶりだし、なんだか田中龍之介っぽい物が随所に散りばめられていて、物色したい衝動を抑え込む。見慣れない物たちが気になりながらも、記憶の中にある兄の部屋とかなり違う事に、内心ホッとした。
似た部屋だったら、部屋の中に入れなかったかもしれないから。

縁下先生のもと、さっそく勉強を開始する。
成田や木下は自分の勉強を頑張るらしく、もっぱら教える係の私と縁下の怒号がよく飛んだ。
途中で田中龍之介のお姉さんが顔を出してくれて、憧れのまなざしでビシッと立つ西谷夕の姿に、少しだけ心が痛んだ。キーちゃんだったり、冴子お姉さんだったり。どうして周りにキレイな方が多いのだろうか。

自分は西谷夕の気持ちに応えられないくせに、西谷夕の視線が気になって不安になるなんて、なんて身勝手なんだろうか。
ギャーギャー大騒ぎしながらもなんとかノルマを達成したころには、これで終わりなんだと期待していたはずなのに物悲しい気持ちになるし。

「自分の気持ちに素直になりなよ」と結衣に言われたけど、やっぱりこんなのはダメだと思うから。


勉強会後、断ったのに送っていくと言って付いてくる西谷夕の隣を歩くのは、これで最後にしよう。ずっとずっと誤魔化して、誤って、最後にするとか決めておきながらずるずると一緒にいるけど。やっぱり隣を歩く西谷夕は私には眩しすぎるから。


「今度は俺の家にも来いよ」


何処までも自分に素直で、真っ直ぐに突き進む西谷夕。
龍ばっかりずりぃだろとハニカム彼に、頷く事が出来ず笑ってごまかした。

手を伸ばせば届きそうなところにあるその手

キラキラと光る未来があるその手に、私が触れることは許されないのだから


この・・・・兄を死に追いやった私なんかが


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