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17 トリトマを届けられ

試合終了の長めのホイッスルが会場に響き渡る。
勝利に歓喜の声を上げる側と、呆然と地に伏す側。

無情にもボールは烏野側コートで最後の音を響かせた。

あぁ、終わってしまったんだ。状況が呑み込めず呆然とする一年生を先輩たちが諭す姿にじんわりと視界が歪んでいくのが分かった。
私が泣いてどうするんだ。そう思うのに止まらない涙がゆっくりと頬を伝い落ちる。

宿敵ともいえる伊達工には勝利を収める事が出来た烏野だったが、次の対戦相手もまた、優勝候補と噂される強豪。マスコミも注目するセッター、及川徹率いる青葉城西高校。

以前に練習試合をしたことがあるとかでお互いに顔なじみの様で、最初から気持ちのぶつかり合いが凄かった。

だからこの敗北は実力。なんのズルも贔屓もない、正々堂々戦った結果。すこし烏野より青葉城西が強かったという事実。

今までだってたくさんの試合を見てきたのに。応援していた兄はいつも勝者だったからか、思い入れのある方が負けるという事態に不慣れだったようで涙の止め方が分からない。

皆が応援席への挨拶に来るというのに泣き顔のままなのが恥ずかしくなり、会場の外へと飛び出した。
悔しいのも泣きたいのも私なんかじゃないはずなのに・・・。

会場の外でも勝者と敗者がはっきりわかる人達の多さに、行き場を無くして立ち尽くす。
今まで兄に負けてきた人たちも皆こうやって悔しがって泣いていたんだ。
だからこそあんなことが起きたんだけど‥‥。


「やっと見つけた」


どれくらいボケっとしていただろうか。会場の外へと出てからというもの、会場から出てくる人たちをただただ見つめていた私に聞きなれた声がかかる。

よくわからない感情のまま振り返れば、今一番どんな顔をして会ったらいいのかわからない西谷夕がいて、無意識に唇をかんだ。
私には、いま西谷夕に掛けるべき言葉が分からない


「なんだ、高宮も泣いてくれたのか」


私の涙の痕を見て「サンキューな」っと笑ってお礼を言う西谷夕は今、何を思っているのだろうか。私は西谷夕のお礼に頷けるほど素直にはなれなくて、視線を足元へと落とす。

今は泣いている訳では無いけれど、どんな顔をしていいのかもわからなかった。
これでよく誰かを助ける仕事がしたいと言えるなと自分でも呆れてしまう。

私が何も言わないからか、2人の間に少しの沈黙が流れる。
何か言わなくちゃって分かっているのに、もし自分の言葉が間違っていたらと思うと声にならなかった。


「・・・・負けた。俺的には全力だった。でも勝てなかった」


沈黙を破ったのは西谷夕で、まさにド直球な内容に驚いて顔を上げると、先程までの笑顔でもいつものフザケタ様な顔でもなく、試合の時のような真剣な表情の彼がこちらを見つめていた。

本来の彼からなら悔しいと騒いで叫んでいそうなのに、静かに淡々と語られるからこちらが動揺してしまう。
体の横で握られた拳が震えてるから悔しくないわけがないし、今だって気持ちの整理は出来ていないはずなのに…。

西谷夕はしっかりと私を見つめてくる。
私には無いその強さが眩しくて、だから憧れてしまうんだって。惹かれるんだって本当は気付いている。

でも今はそっと視線を外した。


「俺はもっと上手くなる。もっともっとバレーがしてぇ、負けたくねぇ」
「・・・うん」
「もっと強くなって、お前に頼ってもらえるようになって、そんで、全国へ行く」
「・・うん・・?」


真剣な言葉に頷くしかできなかったが、西谷夕の意気込みの中に何やら不釣り合いな台詞が入っていた気がして思考が止まる。
西谷夕にふざけた様子は無いからからかったりしている訳ではなさそうで、自然と顔を上げてしまい、視線が合わさる。


「これからも強くなるためにお前に居てほしいし、見ててほしい」
「・・ぇ、、、に、西谷夕・・?」


彼は何を言ってるんだろうか。確かに今の今までさっきの試合の話しをしていたはず。
それがどうして私が出てくるのだろうか。


「何言ってるの‥?」
「あ?ちょっと待て、これからが大事なんだ!ちゃんと聞け!」


思わず会話を止めてしまったが、西谷夕は私に何でそんなことを言われたのか分からないのか不思議そうに首をかしげながらも会話を続ける。
聞けと言われたら聞くしかないが、心が警戒音を鳴らす。これ以上聞いたらダメだと。

バクバクと耳まで響いてくる心臓の音で外の雑音がかき消されたのに、なぜか彼の声だけはキレイに拾ってしまう耳が聞いていけない言葉を頭へと響かせる。


「俺はお前が好きだ。だからお前に一緒にいてほしい」


何処までも真っ直ぐな目で、どこまでも真っ直ぐに気持ちを伝えてくる西谷夕だから。これが偽りなんかじゃないってことはわかる。

キーちゃんが好きだったんじゃないのかとか、一緒にいてほしいってなんだとか言いたいことは沢山あるのに声には出なかった。
嬉しい。好きだと想っていた相手からの告白だ。心が喜ばないわけがない。

でも


「・・・・私は・・・」


私には無理だ。無理なんだよ。
私は西谷夕に好きだなんて言ってもらえる資格なんてないんだから。

キューっと傷みだす胸にそっと手を添えてみる。触らなくても分かるほど小刻みに動く心臓が私の代わりに西谷夕が好きだと叫んでいるようだ。


「わかった」


言葉を濁し何も答えない私をみて何かを感じ取ったのか、西谷夕は真剣だった視線を緩め、いつものニシシっと歯を出す笑顔を見せる。


「好かれるように頑張ればいいんだな!」
「・・え?いや、あのね・・・・」


突然だったし戸惑うよなっと一人で納得している西谷夕になんて説明すればいいのか分からず必死に頭を働かせるが、色々ありすぎてこの状況についていくのがやっとの頭は上手いこと回ってくれない。

その間にも西谷夕は何か吹っ切れてしまったのか、よしっ!と一人気合を入れていた。


「覚悟しとけよ!お前が俺の事好きじゃなくても俺はお前が好きだからな!絶対惚れさせる!」


どこからその自信がくるのかわからないが、自信たっぷりに言ってのける西谷夕に返す言葉なんてなかった。
覚悟も何も、私は既に西谷夕に惚れているというのに…。

想い人にそんなことを言われて喜ばないわけがない。できることなら泣いて喜んで「私もって」応えたい。でも、それは許されないから。
緩みそうな頬も、小躍りしそうな気持も必死に抑えつけるように全身に力を入れた。

どこかから風に乗って東京という単語が聞こえてくる。
わかってるよ、お兄ちゃん。私は幸せになっちゃいけないって、ちゃんとわかってる。


「とりあえず戻るぞ!潔子さんも心配してたからな!」


ほら、っと差し出された西谷夕の手を取るなんて、私には許されないんだって。わかってる。わかっているのに伸ばしそうになる腕を押さえつけ、必死に取り繕った笑顔で頷く。

西谷夕の手を取らずに横を通り抜けようとすると、胸がまた痛んだ。
ごめんね。こんな私を好きと言ってくれたのに。
ありがとう。その気持ちが聞けただけで十分です。

もう、あなたの隣にはいられない。
そう必死に思おうとしているのに


「よっしゃ行くか!」


そう言いながら私の手を掴み、いたずらっ子の笑顔で歩き出す西谷夕に勝手に心が反応してしまう。

あぁ、やっぱりこの人が好きだ。


ちぐはぐの心が私を揺さぶるなか、私はその手を握り返すことも振り払う事も出来なかった。


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