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陽炎にキス 05


気分的に落ち込んでいる時に、何をやっても上手くいかないのは何故だろう。電話の先で低い声を出してくる、顔も知らない得意先の担当者。気付かれないように浅く息を吐き出した。


「これじゃあ納期に間に合いませんよ」


温かさの欠片も無い声は低く響き、威圧感をたっぷりと含みながら責任と重圧を与えてくる。いつもだったら、こんな理不尽な電話だって上手くかわすことが出来るのに。演技をするように自分の声に謝罪の気持ちを乗せながらも、相手に負かされないよう上手くこちら側へ持っていくように誘導するのに。
今日に限っては、喉が張り付いてしまったかのように何一つ言葉が出てこなかった。


「申し訳ございません・・・」


口を挟む隙もないくらいに捲くし立てられていた言葉が区切られた時、漸く一言放った謝罪の言葉は掠れてしまい、相手は優位に立ったと確信したのか更に詰めてくる。
段々と荒くなっていく言葉を聞いても、頭は上手く働かなくて混乱するばかり。すみません。と、馬鹿の一つ覚えのようにそれしか言えなくて、何とかしようとパソコンの画面を見ても操作すら覚束ない。

何なんだ、もう。
仕事に影響を及ぼしている自分の不甲斐なさが情けなくて、下唇をグッと噛みしめていると、背後から軽く肩を叩かれた。身体を捻って振り返れば、黒尾さんの姿。苦笑に近い笑顔を浮かべた黒尾さんは、人差し指を親指をくるりと回す動作で電話を変われと指示してくる。

もう一度謝罪を述べ、少々お待ち下さいと定型の言葉を吐き出してから保留にすれば、自席へと戻った黒尾さんが受話器を取った。


「お電話変わりました、黒尾です。どうもお久しぶりです」


ちょっとした世間話の後、何かご迷惑をお掛けしてしまったそうで。と本題に切り替えた黒尾さんは、営業用とも言える明るい声を出し、偶に申し訳無さそうに声音を変えながらも自分のペースへと持っていくのが聞いていて分かった。

いつもは私だって同じ事が出来るのに、なんで今日はこうもダメなんだろう。
黒尾さんの事を頭のどこかで考えてしまっているからだろうか。でも、考えた所で今は気分が落ち込むだけだから考えないようにしているのに。いや、考えないようにしているって事がそもそも考えているのかな。なんて、混乱したままの頭ではやっぱり上手く纏まらない。


「はい、失礼致します」


落ち着いた声の後静かに受話器を置く音が聞こえて、恐る恐る黒尾さんの方を見ればぶつかった視線。しょうがねぇな。と今にも聞こえてきそうな表情を浮かべた黒尾さんに、胸が熱くなった。
その表情のまま手招きされので近寄っていけば、「もう大丈夫だから」と声をかけられて、スッと肩の力が抜ける。


「コーヒーでも飲もうぜ。奢ってやるから」
「・・・はい」
「まぁ、下の自販機ですけどね」


何が起こったのかと聞き耳を立てているであろう人がいるフロアでは話しづらいんだろう。もしかしたら怒られるかもしれない。そう思いながらフロアを抜けて、お互い無言のまま階段を降りる。

特に休憩時間なわけでもない今の時間、社員御用達のミルコーヒーの自販機の前には誰も居ない。黒尾さんはお金を入れると「カフェオレでいいよな?」と聞いてくれたので一つ頷いたが、その瞬間堪えていた何かが溢れ出しそうになった。

残業してた時だったり、何度か奢ってもらったことがあるカフェオレ。メーカーなどは違ったが、いつもカフェオレだった。ただの偶然なのか、それとも私がいつもカフェオレを飲んでいるから買ってくれていたのか分からなかったから、くれる度に舞い上がっていたけど。やっぱり、私がカフェオレが好きだって知ってて買ってくれていたんだ。

どうしよう、嬉しい。好きな人が、私の好きなものを把握していて態々それを買ってくれる。それが、こんなにも嬉しいなんて。
渡されたカフェオレの温かさが余計に涙を誘ったが、カフェオレを飲むことで抑えつけた。


「どうした?珍しいじゃねぇか」
「そう、ですね」
「ココ最近元気なくね?」
「そんな事ないですよ」


二人きりの空間だからか、些か砕けた口調になる黒尾さんに、ははっと力なく笑って返すことしか出来ない。自分でも分かるくらいあからさまな作り笑いだったから、言葉の通りにはとってくれないだろうと思う。でも、正直に黒尾さんのせいです。なんて絶対に言える訳が無いし、他に誤魔化せるような内容も思いつかないから、はぐらかすしかないんだ。


「前に言ってたメシでも行くか?気晴らしになるだろ」
「お誘いは嬉しいですけど・・・今はちょっとそういう気分になれなくて」
「そっか。ま、俺は高宮さんの為ならいつでも空けておくんで」
「付き合い悪くてすみません。今度、私からお誘いしますね!」
「あー、そう言って絶対誘わないやつなー・・・」
「ははっ、そんな事ないですよ」


茶化したように言った黒尾さんに乗るように、軽く笑いながら言った。
こうして気にかけてもらえることも、誘ってもらえることも凄く嬉しい。二人でご飯、なんて想像しただけで嬉しくてどうにかなってしまいそうなくらい。

でも・・・ダメだ。今の不安定なこの気持ちのまま行ったら、どうしても・・・何をしても黒尾さんを手に入れたくなってしまう気がする。
黒尾さんの腕に甘えて、黒尾さんの胸に縋って。一夜限りだって、身体の関係だけだっていい。そんな自分勝手な事をしてしまいそうだから。

目の前で笑う黒尾さんに全てをぶつけたくなる気持ちを、ギュッと拳を握り手の平に爪を立てて堪えた。

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