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キミと、もう一度。 02

忘れもしない中学の卒業式。

悩みに悩んだ末出した結論。
中々それを言いだせずに、結局ギリギリになってしまった。

部活の後輩や友達と別れを済ませた時には既に外は夕焼けに染まっていて。緊張しながらも京治が待っているであろう体育館へと足を進める。
これから自分が告げようとしている言葉を、京治は予想だにしていないだろう。どれだけ京治を傷付ける事になるのか想像するだけで胸が痛い。

体育館のドアは開いていた。そっと中を覗くと、たった1人で壁相手にトスしている京治の姿が見えて。今日限りでこの姿を見る事も無くなるんだと思うと、鼻がツンとして涙が滲みだす。

ダメだ。私には泣く資格なんてない。
そう思ってコクリと息を飲み込んで、涙を堪えた。


「京治…」
「葵、遅かったね」
「…ごめん」
「いいよ、女の子は時間掛かるだろうなって思ってたからさ」


ふっ、と微かに笑ったその顔を見た瞬間、堪えていた涙が溢れ出る。
もちろん、卒業することで感極まって出た涙ではないのに、ふわりと頭を撫でてくれる京治はどこまでも優しくて…。


「ごめんね…」
「いいって、」
「ごめん、京治。別れよう」


そう告げた瞬間、頭を撫でてくれていた手がピタリと止まった。
しばらくの沈黙の後、力を無くしたようにパタリと私の頭の上から手が落ちる。


「…どうして」


絞り出されるようなその声に胸が張り裂けそうなくらい痛くなる。俯いているせいで京治の表情は見えなかったけど、大体の想像はついた。

コクン、と息を呑んでから頭の中でずっとぐるぐると考えていた言葉を吐き出す。


「自信…なくて」
「自信?」


自分の気持ちを表しているせいか、口から出たのは酷く掠れた小さな声でしかなかったけど。
それでも、私達だけしかいない静寂に包まれた体育館では、きちんと京治まで届いたみたいだ。


「私、梟谷…落ちたの」
「…え」
「一緒の学校行こうって言ってたのに…ごめんね」


結果発表のあの日。
京治は推薦で先に合格していたから、後は私が受かるだけだったのに…。梟谷の一般入試は偏差値が高いのは承知の上。でも、絶対に合格したくて必死で勉強したんだ。今までこんなに必死になったことなんてないって思えるくらい頑張ったんだよ。

それなのに…結果は不合格。自分の番号が無いことに直面した時、心に暗い気持ちが広がって、その暗い気持ちに引き摺られるかのように京治との別れを考え始めた。

3年生は一足先に休みに入っていて卒業式までは学校に行かなくても良い。
合格発表もその間に行われたから、京治に落ちたのを告げるのはこれが初めてだ。


「それが、理由?」
「うん…」


その間、私はずっと考えていた。
でも、考えても考えても結局行き着くのは同じ答え。


「それが理由なら・・・俺は納得出来ない」
「っ、・・・」
「学校が違うからって、俺の気持ちは変わらないよ」


京治の真っ直ぐで力強い瞳が、その言葉に偽りがない事を示していて、止まっていた涙がまたボロリと零れ落ちた。


「私だって、京治が好きだよ」
「だったら、」
「それでも!…離れたら、きっと上手くいかなくなる」


最上級生の今だけど、高校に上がったらまた下級生から。
部活だと、一年生は準備や片付けと色々やる事があるだろうし、慣れない環境で疲れだって溜まると思う。
新しい人間関係の構築に、難しくなる勉強。しくなるのは分かっているのに、それに加えて私の為に時間を取らせたくない。

京治の目を見て言う事は出来なかったけど、ポツポツと言葉を落として、全て言い終わった頃には涙も止まっていた。

不意に京治が距離を詰めてきて、逃がさないと言わんばかりの強さでその腕の中へ閉じ込められる。
これが最後かもしれない。そう思って、京治の温もりや力強さを覚えるようにそっと目を瞑った。つい彼の背中へ回しそうになる手は、身体の横でスカートをぎゅっと握りやり過ごす。


「全部、葵がいるから頑張れるって言っても?」


耳元で落とされる言葉は、気のせいか震えているように感じて。今まで聞いた事の無かったそんな声を京治に出させているのは自分なんだと思うと後悔が渦巻く。

私が出した答えは本当にあっていたのか?
京治をこんなに傷つけてまで別れを選択する必要はあったのか?

そんな風に考えてしまう自分の弱い心に蓋をして、そっと京治の身体を押すと再び出来る距離。


「・・・ごめんね」


踵を返し、振り向くことはせずに体育館を後にする。
一歩外に出ると、赤く染まっていた夕焼けは既に黒に飲み込まれていた。



あの頃の私は幼くて、自分勝手で。
京治に告げた言葉に嘘はないけれど、本質はもっと自己中心で汚かった。

1日の大半を占める学校生活に、京治がいなくなる事が耐えられない。きっと中学と同じようにバレー漬けになり、傍にいない私の事なんて忘れてしまうんじゃないか。
今は電話やメールを頻繁にしなくても全然平気だけど、離れたら沢山してしまって煩わしく思われるかもしれない。
些細な事で疑ったり、嫉妬ばかりする嫌な女になってしまうかも。

こうなってしまったのは私の所為なのに…、いずれそういう日が来るのかと思うと心穏やかではいられなかった。

自分の事しか考えられない弱い気持ちや、身勝手な自分が大嫌いだ。
自分勝手に別れを告げた私には後悔する資格なんてない。


それなのに。
京治の姿を見て…京治の声を聞いて…。

忘れたつもりで全然忘れてなんていなかった事を思い知らされたんだ。

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