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花の木ならぬは 08

あの日から米屋くんの様子がおかしい、のは気のせいじゃないはずだ。
相変わらず他愛のないメールに不審な点はない。むしろふざけた写真とか送られてくるほど気兼ねないやり取りをしている。だけどあんなに頻繁に集まって遊んでいたのに、それらしい話が出なくなってずいぶんと経ってしまった。
最近ではゾエさんとか当真先輩とかと偶然出くわした際に当日のお誘いを受けて、都合の付く子たちだけで遊んだりはしている。それはそれで楽しいのだが、どこかしっくりこないと思ってしまうのは必ず居た米屋くんが居ないからだろう。別に居なくてもいいはずなのに、米屋くんに当日の誘いを断られるたびに一緒だったらよかったのにと寂しく思ってしまう。
ボーダーの事で休学していた出水くんが戻ってきてから結衣が今まで以上に出水くんにべったりになっても気に病まなくなったというのに、今度はなんなんだ。いままでが米屋くんに頼り過ぎていたから、いいかげん甘えるなと言われているのだろうか。


「は〜なんでだろう」


目の前の友人から出た言葉がまるで自分の心が読まれたような台詞すぎてドキッとする。今はいつもの友人たちと集まって雑談中だったと一人の世界に入りそうだった意識を戻すと、どうやら恋人ができないという話の最中らしい。


「あんなに出会いは増えたのにねー」
「みんないい人だし面白いんだけどね。面白過ぎて恋愛対象じゃないってゆーかね」
「生駒さんとかヤバくない?? 私かなりツボなんだけど。クラスにいてほしいキャラだよね」


そう言って盛り上がっているが、きっと男性陣もノリのいい女性陣を遊び仲間としか認識していないのだからお互い様だよね。そもそも恋愛対象としてみようとしていないというか。


「そういえば最近米屋の参加率低いよね。高宮ちゃん、あいつどーしたの?」
「いや、私に聞かれても。メールでは普通に元気そうだったけど」


風邪を引いたとも、ボーダーの任務で怪我をしたとも聞いていない。いちいち私に報告していないだけかもしれないけれど。そういえばみんなはゾエさん達とは連絡先を交換していたみたいだけど、米屋くんとはしていないらしい。本人たち曰く、いまさら米屋と連絡できても……だそうだ。


「米屋に恋人でもできたとか?」
「えーそんな噂聞いたことないけどね。あっ、好きな人が出来たとか?」
「マジで?! 誰だろ」
「いや、私たちの勝手な憶測だから」


みんなの想像力はすごいなと感心しながらも、なぜだか胸が痛んだ。そんな素振りは全くなかったけれどその可能性だってゼロじゃない。なんで思い至らなかったんだろうか。
今ごろ告白しに行ってるかもなんて冗談交じりの憶測を手放しに喜べないのは、私だけが取り残されたような寂しさのせいなのか。なんて身勝手な感情なんだろう。
もし本当に好きな人が出来たのならば応援してあげられるくらいじゃないとと自分に言い聞かせ、みんなの会話に加わろうとしたその時だった。


「高宮ー、ちょっといいかー?」


いままで一度も私を訪ねてきたことのない米屋くんが、勝手に教室に入ってくることなく廊下側の窓から私を呼んだ。急な事になんで、と混乱している私を興奮気味の友人たちがバシバシと叩く。


「ちょっと! もしかしたらもしかするんじゃない!?」


話の流れから、友人たちが言いたいのが告白だと悟り内心焦りながらも今更ないないと騒いでいる友人たちをなだめてから急いで米屋くんの元へと駆け寄る。友人たちの変な憶測のせいか妙に緊張してしまう。そんなことあるわけないのに。


「どうしたの?」
「ちょっと相談のってくんね?」
「米屋くんが私に相談とか珍しいね」


緊張で高ぶっていた気持ちがすっと冷える。ほらね、違うでしょ。もちろん任せろなんて力こぶを作ってふざけてみるけれど、嬉しいのか悲しいのか苦しいのか、よく分からない感情でぐちゃぐちゃすぎて冷静に相談にのってあげられる自信はない。人気のあまりない所がよかったのか、校舎裏なんて絶好の告白スポットにたどり着けば、冬の寒さと共に心まで凍りそうだった。


「さっむ。ちょっとサクッとよろしく」
「あー、結構真剣な相談だからちゃんと聞いてくんね?」


わざわざ人気のないところに呼び出すくらいだから、そりゃそうだよね。サクッととか言ってごめん。
こっちにこいと手招きされて米屋くんの隣で同じように校舎の壁にもたれ掛かる。丁度米屋くんが風よけになってくれているのか、先ほどよりは寒さが和らいだ気がした。はぁっと深く吐き出した息が白くなって登っていく。


「それで? どーしたの?」


なんとなく目を合わさず問いかけた。米屋くんがこちらを見ているかは分からないけれど、何を言われても顔に出ないように表情筋に力を入れる。


「ずっとボーダーの奴を紹介してたじゃん?」
「うん。楽しかったし助かったよー」


最近ないけどね、とは付け足せなかった。この話をするということは、やっぱり恋愛系なのだろうか。無駄にドキドキしてきた。心なしか胸も痛い気がする。
だけど、密かにさぁ来いと気合を入れた私の耳に入った言葉は、かなり想像とは違うものだった。


「その中の奴でお前に興味もったやつがいてよー」
「え? なんて? 初耳なんだけど」
「おー、なんかムカついたから言ってねーもん」
「は?」


まってまって。米屋くんはなんの話をしだしたの。相談って私の事なの?
状況が掴めないまま外していた視線を米屋くんに向けるとすぐに視線が交わった。彼は初めからこっちを見ていたのだろうか。


「お前に言い寄る奴が増えるんならなんか紹介したくねぇなって思ってやめたけど、そしたらお前と会うこともなくなったじゃん? それはそれで困ってるわけよ」
「いや、え? 何言ってんの?」


本当に何の話をしているのかわからない。いや、正確にはわからないのではなく理解し難いのだが。
だって私と米屋くんの間でこんなの今まで無かったじゃないか。これじゃあまるで、友人たちの妄想みたいで、困る。どんな顔をしていいのかわからない。
私の心臓はなんで苦しいくらいバクバクと凄い音をしているんだろう。


「今まで別にそんなこと思わなかったのになー。なぁ、なんでだと思う?」


その言い方はずるい。何でって、そんなこと聞かれたら思いつく答えは自惚れたものしかない。だがこれが自惚れじゃないのかもしれないと思うのは、質問してきた米屋くんが不敵な笑みを浮かべているから。確信犯が私の反応を楽しんでいるようにしか見えない。
でも、すんなりとそれを信じて受け入れられるほど私の心は単純でも素直でもない。


「私まで恋人できたら取り残されたみたいで嫌だったー、とか」
「それな。その可能性も考えたけど違ったんだわ」
「そっ、そっか。じゃあ、なんでだろうね」


私にはわからないやと乾いた笑いを返す。その先の答えを知りたいような知りたくないような。
もしも私が思っているような答えだったとして、今それを言われてもどうしていいのかわからない。どうするのが正解なのか必死に脳を働かそうとしても、うまく思考できない。
マジでわからないのかと聞いてくる米屋くんは相変わらずのしたり顔で、その余裕になんだか少し苛立ちすら覚える。


「私じゃお役に立てないわ、すまんね」


無理やり会話を終わらせるようにもたれ掛かっていた背中を起こして立ち去ろうとしたけれど、腕を掴まれてつんのめった。


「悪ぃ、さすがにやりすぎた」


バツが悪そうに様子をうかがうその顔に、先ほどまでの勝気な余裕は無くなっていた。私も感情がぐちゃぐちゃになっているだけで本気で怒っているわけでもなし、謝られてしまえば足を止めざるを得ない。
少しでも気持ちを落ち着かせるために深めに息を吐いて米屋くんへと向き直れば、再びあの漆黒の瞳が私を射抜く。


「なぁ、これだけ教えてくんね?」


逸る鼓動が冬の寒さを忘れさせる。


「お前が好きだって言ったら、どーする?」
「それは冗談じゃなくて?」
「冗談じゃねーな。マジのやつ」


知ってる。恋の辛さを知っている米屋くんは冗談でそんなこと言わない。
なにより私の腕を掴んだままの米屋くんの掌が、火照りに火照っている私よりも熱くて、真剣さを肌で伝えてきているのだから。

だから私も、驚くほどときめいている理由をきちんと考えなくてはいけない。


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