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会えた時はとびきり甘やかして

どきどき、わくわく、そわそわ。何度も何度も時計を確認しては窓の外をのぞき見る。自分でも落ち着きがないのは分かっているけれど、許してほしい。だって今日は待ちに待った孝二が帰ってくる日なんだから。

電話で話したあの日から、指折り数えて待ちに待った今日。昨日は楽しみで中々寝付けなかったにも関わらず、目覚ましよりも早くに目が覚めてしまった。いつもだったら二度寝どころか四度寝くらいするところだけれど、今日は布団を蹴とばす勢いで起きぬけて洗面所へ駆け込み朝のルーティンを終わらせる。


「よしっ!」


勝負はここからだ。と言わんばかりに気合の声を一つ上げて、セットした鏡の前に座り込む。孝二に会うのは久しぶりだし、少しでも可愛くなったって思ってほしい。そんな打算を含みつつ選んだ服を身に纏って、ずらりと並べた化粧品を手に取った。
中学の時よりも増えたそれらを使いこなせているかは分からないけど、いつもよりも丁寧に肌にのせていく。濃くならないよう、あくまでもナチュラルに。最後にお気に入りのコーラルピンクで唇を色づかせてから姿見鏡で全身をチェック。
そうして準備を終えた私は徒歩三分の道のりを速足で進み、勝手知ったる孝二の家へとお邪魔したのだ。


「葵ちゃんヒマやろ? 孝二の部屋で待っとき」
「ううん。お出迎えしたいからここにおりたい」
「あはは、そっかそっか。おばちゃん邪魔やったら出かけてくるで?」
「そんな事言わんといてー。むしろ邪魔なの私やんな。おばちゃんも久しぶりなのに」


幼馴染の特権だろう。第二のお母さんと言えるくらい孝二のお母さんとは仲が良くて、孝二がいなくてもお家にお邪魔できるし、会話だって盛り上がる。今も孝二を待つ間に色々と話していたけれど、時間が経つにつれてそわそわと落ち着かない私を見かねてか気遣われてしまった。
でも、きっともうすぐだから。もうすぐ会える。時間とともに募る想いが、早く帰ってこないかな。早く会いたい。と変化しだした頃。玄関の方からガチャリと解錠する音が聞こえてきて、弾けるように玄関へと駆けだした。


「おかえり!」
「ははっ、当たり前みたいにおるなぁ」


驚いたようにくるりと見開かれた瑠璃色の瞳がゆっくりと細まって、ふわりと笑う。柔らかい声が鼓膜を揺らした瞬間、孝二の存在が鮮明になり高揚感がぶわりと込みあがってきた。
孝二だ、孝二がいる。数か月ぶりのその姿に今すぐ抱きつきたくなる気持ちを抑えながら立っていれば、綺麗な手が伸びてきて頭の上にぽん、と落とされた。くしゃりと軽く撫でながらも当の本人の意識はこちらにないのか、リビングに向かって「ただいま」と声を掛けるとそのまま部屋へと足を進めてしまっていて、慌ててその背中を追う。そして、軽い音を立てて部屋の扉が閉まったのを合図に目の前の背中へと思いっきり抱きついた。


「おかえり、孝二」
「……それ、さっきも聞いたな」


二回目やん。くすくすと笑いながら、お腹に回していた私の手を掴んでするりと解いてしまう。強制的に開かれた距離に不安が渦巻いたのも束の間。くるっと反転した孝二に包み込まれるように優しく抱きしめられた。


「ただいま、葵」


久しぶりの孝二の腕の中。とんっ、て触れた胸板はかたくて、柔軟剤か香水か分からないけれど私の知らない香りがする。慣れているはずの温もりなのにちっとも落ち着かない。


「ど、どうしよ」
「ん?」
「ドキドキしすぎて心臓が飛び出そうやねんけど」
「はは、そら大変やな」


機械越しじゃない孝二の声。甘さを含んだそれを近距離で聞くのすら心臓が飛び跳ねているのに、孝二はいつものままで動揺なんて一切見られない。
私なんてドキドキどころかばっくんばっくんと大きく脈打っている鼓動が、触れ合っている場所から孝二へ伝わるほどだというのに。


「……落ち着いた?」
「全然」
「あー……怒らんといてな?」


何に? と問いかけようとした私の言葉よりも先に後頭部へ手が添えられてぐっと上を向かされる。そして、驚くヒマもないまま柔らかな感触が唇へと落とされた。
待って待って待って。ちゅって音立ててる場合やないて! そんな風に笑わんといてぇや! ちょっと、ほんまに死にそうなんやけど!


「こ、孝二ってそんなんやったっけ?」
「そんなんって?」


前はこんな風にさらっとキスとかして……た、ね。してたわ。でもいつもよりも甘い気がする。それとも私が遠距離恋愛マジックにかかっているんだろうか。
ぐるぐると考えていれば、私の答えを聞く前に離されてしまった体。その事に淋しさを覚える私をよそに、孝二は置きっぱなしになっていた荷物を片付け始めていた。まるでさっきまでの触れ合いなんてなかったかのような行動に、ひとり置いてけぼりにされてしまう。


「今日どうするん?」
「え、と……孝二疲れてるやんな」
「おれは平気やけど」
「……とりあえずリビングでも行く? おばちゃんも話したいと思うし、孝二独占するの悪いわ」
「はは、今更そんなんないやろ。まあええけど」


本当は離れたくない。もっとぎゅってしてほしいし、キスだってしてほしい。会えなかった時間を埋めるようにくっついていたい。そう思うけれど、部屋で二人きりのこの状況が恥ずかしくて緊張してしまうのも事実だ。長い付き合いだし、前は当たり前だったはずなのになんでだろう。孝二に会ってから、心臓がずっとうるさく騒いでいる。


「葵? 行くで」
「あ、うん」


でも、孝二は違うんだろうか。私の言う通りにしてくれているけれど、孝二から求めてはくれないんだろうか。孝二がもう少し二人でおりたいって言うてくれれば喜んで飛びつくのにな。
そんな想いに蓋をしながら、リビングでおばちゃんと三人談笑をする。皆おしゃべりが好きなのもあって話題が尽きない。言葉の端々に笑い声をあげながらも、私は孝二の顔を見ることができなかった。隣に座っているからっていう理由だけじゃないのは自分が一番分かっている。きっと、無理矢理押し込めた気持ちが蓋の隙間からこぽこぽと溢れだしているからだろう。


「あんたらどこも行かへんのん?」
「んー、どっか行くには中途半端な時間やしなぁ」
「今日はゆっくりして明日出かけたい!」
「せやな。そうしよか」


その会話を区切りに「そろそろ部屋戻るわ」と徐に立ち上がった孝二。慌てて後を着いていくが、一度もこちらを振り返らない孝二に言いようのない不安が募る。会いたかったのは、会えて嬉しかったのは私だけなんだろうか。
部屋の前でぴたりと足が止まり、そろそろと落ちていく視線がついに床を捉えた時、グッと腕を引っ張られて強制的に部屋の中へと入らされた。


「どないしたん」
「……え?」
「さっきから全然目ぇあわんし」


やっぱり、気づいてた。でも理由なんてうまく説明できなくて。掴まれているところを見ながらあの、えっと、と意味もない言葉を紡ぐだけ。そんな私に焦れたのかのようにするりと腰に回された手に引き寄せられ、咄嗟に孝二を見上げてしまった。
深い瑠璃色が探るように私へと向けられていて、一度絡み合った視線はもう逸らすことが出来ない。


「悪いけど」
「……え?」
「嫌や言うても離さんからな」


ゆっくりと近づくにつれて閉ざされていく瞼に瑠璃色が隠されていく。目を閉じててもかっこいいなあ。なんて逃避のようにそんなことを考えていたけれど、重ねられた唇に一瞬で思考を奪われた。
さっきこの部屋でした軽いキスとは全然違う、呼吸まで飲み込まれてしまうようなキス。逃げないように後頭部を掴まれ、苦しさで開いた唇の隙間から侵入した舌が絡められる。口内を舌先で擽られて、時折ちゅるりと吸われながらも必死で孝二に応えていたが、服の裾から差し込まれた指先に素肌を撫でられたことで慌てて腕を突っ張った。


「ち、ちゃうねん」
「ん?」
「なんか孝二がそっけない気ぃして……」
「……おれが?」
「うん。だから離れるとか全然考えてへんし……大好きやし……」
「ふはっ」


堪えられない、と言わんばかりに体をくの字に曲げながら肩を震わせる孝二を見て唇をつんと尖らせる。好きって言うて笑われるとか酷ない?


「葵、こっち」
「……うん」


示されたのはベッドを背もたれに腰を下ろした孝二の足の間。笑われたことで拗ねる気持ちと恥ずかしさが混じりあって躊躇したけれど、甘やかされるのが分かっているその場所の誘惑には勝てそうにない。そろりと足を進め、すとんと座れば待ちわびていた孝二の腕の中にふわりと閉じ込められる。


「ごめんな」
「うん?」
「会うの久しぶりやし、めっちゃ可愛くなってるし」
「え、ええ……?」
「気ぃ抜いたら手ぇだしそうになるしで、我慢しとっただけやねんけど」
「そうなの……?」


すでに若干手ぇ出してましたよ。なんてツッコミは喉の奥に留めておき、両手を背中へ回して密着するように擦り寄った。じんわりと伝わる温もりに身を寄せながら、知らない香りを覚えるためにこっそりと肺の中を孝二の匂いで満たしていく。
私だけじゃなかった。孝二も求めてくれていた。しかもかわいいって言ってもらえたし、朝から色々とがんばってよかったって思える。
どこか面映ゆくて、嬉しくて。言葉にならない気持ちを押し付けるようにぎゅうぎゅうと抱き締める腕に力をこめた。


「今日泊まってく?」
「……うん。一緒におりたい」


ずっと孝二が充電切れだったんだ。今日の数時間じゃ全然足りなくて、もっともっと一緒にいたいと欲張ってしまう。優しく頭を撫でる手も、時折落とされる唇もまだまだ足りない。


「ほな夜まで我慢するわ」
「……おばちゃんたちおるけど」
「それ、関係ある?」


関係あるでしょ。そう言いたいけれど、今更だったりする。いつもする時は孝二の部屋だったし、誰もいない時にする事もあれば、皆が寝静まった後にする事だってあった。
だから分かった、と首肯するほかなくて。恥ずかしさを隠すように孝二の胸へ顔を押し付ける。
なんなんだろう。急に押し倒されるよりも、予告されるほうが絶対に恥ずかしいと思う。今か今かと時間を気にしてしまうし、その時が来るまで思考が占領される。何をしてても夜のことを考えちゃうよ。

いつだってこうして振り回されて困るのに、それすらも嬉しいと思えるのだから、やっぱり困ってしまう。
でも、この腕の中が一番安心出来るのには変わりなくて。やっと鼓動が通常のリズムを刻み始めた時、今更ながらに孝二が帰ってきたのだと実感したのだった。


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