WT | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



嘘はつかない

どこからか響く鈍い振動音に意識が浮上する。重い目蓋をのろのろと持ち上げれば、至近距離に孝二の顔があって一気に目が覚めた。思わず上げそうになった声をグッと押し殺して、少しだけ距離をとってから小さく息を吐き出す。
そうだ、昨日は孝二の家に泊まったんだっけ。それで――と記憶を遡った途端、夜のあれこれがぶわっと頭の中を駆け巡ってしまって、火照った顔を枕に埋めた。久しぶりだったからか……すごかった。
行為の名残である気怠くて力の入りづらい下半身と、ぺたりとした肌。かなり長い間求めあっていたような気がするけれど、解放されたのがいつだったのか覚えていない。最後の方の記憶が曖昧ということは、まさか寝落ちしてしまったんだろうか。孝二に会えるのが楽しみで殆ど寝ていなかったのもあるからその可能性は高い。着た覚えのないこのシャツも、孝二が着せてくれたんやろなぁ。

ちらりと移した視線の先、規則正しく上下している胸から顔の方へと視線をずらせば、無防備な寝顔があった。あまり日に焼けていないつるんとした頬。私の好きな瑠璃色の瞳は隠れていて、いつもよりも幼く見える。
かわいいな、と思ったのと同時。手がスマホへと伸びて、物音を立てないよう、ベッドを揺らさないようにそろりそろりと動きながらシャッター音が鳴らないアプリを開いた。寝顔撮ったら怒られるやろか。でも見つからなセーフやんな。後付けのような自問自答ののち、緊張から固まる指先で画面をタップすれば、いとも簡単にひゅんっと自動でフォルダへ保存されていった。


「はぁ〜」


めっちゃドキドキした。背徳感がすごいけど、寝顔をゲットできた嬉しさのほうが勝っている。にまにまと緩む頬のままもう一度孝二を見るが、起きる気配は全くない。


「……こーじ」


ちいさく呼んでみても、目蓋は閉じられたまま。昨日は孝二も長距離移動だったし疲れているんだろう。このまま寝かせてあげたいけれど、今日は出掛ける約束だったし、私も一度家に帰らないといけない。
久しぶりの孝二とのデートだから楽しいことだけ考えたいのに、どうしても過ぎってしまう別れの時間。あと何時間一緒にいれるのか、こうして触れられるのもまた暫くお預けかと思うとどうしても気分が落ちてしまう。楽しければ楽しいほど離れるのが辛くなる。でもそれを口に出すことはできないから、自分の中でなんとか消化するしかないんだ。
だんだんと後ろ向きになる気持ちを払拭するように孝二の腕の中へもぐりこんでぎゅうぎゅうと抱き着けば、さすがに目を覚ましたのかもぞりと身じろいだ。


「ん……葵?」
「おはよ、孝二」
「……おはよう」


寝起きの少し掠れた声。まだ眠いのかとろんとした目。あくびを噛み殺しながら大きく伸びる姿。気を許した人の前だけで見せる素の孝二を全部焼き付けておきたくてずっと眺めていたら、視線に気づいたのか窘めるようにくしゃりと髪を乱された。


「さっきスマホ鳴ってたで」
「ほんま? あー……」


寝癖でぴょんっと跳ねた髪をかきあげながらスマホの画面を数秒眺めた後、すぐに置いてしまうのを見て胡乱な目を向けてしまう。いま既読スルーどころか通知画面で確認だけする未読スルーしよった。孝二のこういうところ、三門におる人は絶対知らんやろな。


「……誰やったん?」
「ボーダーで同じ隊におる人」
「返さんでええの?」
「土産の話やし、後でええやろ」
「お土産かぁ」


あ、ダメだ。この流れだと孝二が帰ることが話題に上がりそうで、慌てて他の話題を探す。まだ離れる時のことを口にしたくないし、出来るだけ考えたくない。


「……今日出掛けるんやろ? 私一回帰って準備してくるよ」
「ん。送ってこか?」
「あははっ、すぐそこやし。ええよ」


でも、うまく切り替えられそうな話題もなくてこの後の予定を逃げ道にしてしまったが、意外にも功を奏したようだ。どちらにせよ早くこの狭いベッドの上から抜け出さなければ、いつまで経っても出かけられなくなってしまう。体のどこかが常に触れ合っている距離で孝二といることが心地よすぎて、ずっとこのまま過ごしていたくなってしまうから。

昨日酷使したせいで今にもぐにゃりと崩れてしまいそうになる下半身に力を込めてベッドから抜け出し、ゆっくりと服を身に纏っていく。最後に着ていた孝二のシャツを畳んでいれば、「葵」とすぐ後ろから掛けられた声に首だけで振り向いた――途端、ふにっと軽く、でもしっかりと重ねられた唇に目を見張った。


「っ……もう、すぐそういうことする」
「ははっ、別にええやん」


あかんかった? と言うその笑顔に二の句が告げない。ぐぅ、と押し黙ってしまえば私の負けだ。いや、勝負をしてるわけじゃないけれど。
ベッドに肘をつき、にこにこと笑顔を浮かべながらこちらを見る孝二はどう見ても上機嫌。そんな顔見たら本当に何も言えなくなってしまって、白旗を揚げる以外の選択肢はなかった。


「準備出来たら言うてや。迎えいくわ」
「……わかった」


こうやって最後は孝二の思い通りになってしまうのが、惚れたもの負けなんやろなぁ。なんて思いつつ、部屋を後にする前にほんのちょっとの意趣返し。
ちゅっ、と私から重ねた唇に、触れあった場所から微かな驚きが伝わってきて、自然と口元が弧を描いた。


「じゃ、また後でね」



◇ ◇ ◇



「どこであんなの覚えてきたん」
「もー、まだ言うてるん? ええやんかあのくらい」


ちょっとした悪戯心でのキスが思いのほか効果があったみたいで、迎えに来てくれた時からどこか不満そうな顔を見せる孝二。いつも振り回されているのは私の方だし、このくらいの悪戯なんて孝二に比べればかわいいものだと思うんだけど。


「あ、ほらあそこやで」
「へぇー、こんなとこあったん?」
「最近オープンして、孝二と行ってみたいなって思うてたんよ」
「ははっ、さすが」


繋いでいる孝二の手を引っ張って向かったのは最近オープンした猫カフェ。このお店を知った時からずっと孝二と行きたいなって思ってたんだ。猫好きな孝二のことだからきっと喜んでくれる。そんな私の考えは正解だったみたいで、くしゃりと私の頭を撫でたあと、お店の前に立てかけられている看板を食い入るように見る孝二を目にしてにまにまと笑みが浮かんでしまった。


「やばい、かわいい」
「キミ、美人さんやなぁ」
「どうしようかわいい……」


説明を受けている間も、席に案内される間も、ドリンクが運ばれてくる間もそこかしこにいる猫ちゃんたちに視線が向いてしまい、顔がへにゃりとだらしなく緩む。警戒するようにこちらを見つめてくる瞳すらかわいくて、語彙力が無くなったかのように口から出るのはかわいいという単語だけ。孝二も嬉しそうやし、ほんまに来て良かった。


「写真撮ってもええ?」
「ええよ。おれも後で撮るし」


いつの間にか孝二の足の上で丸まっている猫ちゃんを撫でるその手つきは優しい。「かわええなぁ」と言ってる顔も声のトーンもとろとろになっていて、ちょっと嫉妬してしまいそうだ。なんて思いながら、孝二に向けてスマホを構えた。フラッシュがオフになっていることを確認してからシャッター音を響かせる。
許可も得たことやし、朝と違って堂々と撮れるやん。調子に乗って色々な角度からカシャカシャと音を鳴らしていれば「いや、撮りすぎやろ」と声を上げて笑われた。
――ああ、楽しいなぁ。隣に並んで手を繋いで、他愛もない話で笑いあう。少し前まで当たり前だった日常はこんなにも楽しいものだったのだと離れてみて初めて分かった気がした。
楽しくて、楽しくて、幸せで。そんな時間ほど過ぎるのはあっという間だったりする。色々なお店を回りながら地元をぶらぶらしていたけど、多分もうそろそろ帰らないといけない時間だろう。三門市はここから遠いし、明日の予定だってあるはずだから。


「葵、まだ行きたいとこある?」
「んーん、大丈夫」
「ほなそろそろ帰ろか」


ほら、やっぱり。もう終わりやんな。でも大丈夫、明日からまたいつも通りになるだけや。もう慣れたやろ。大丈夫大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、出来る限りの笑顔で孝二の家へと向かう。
大丈夫、大丈夫。心の中で繰り返し呟いていないとぴたりと足が止まってしまいそうだ。それでも、だんだんと笑顔がつくれなくなっていくし、口数も少なくなってしまう。こんなのダメだって分かってるのに、どうしようもない。今が楽しければ楽しいほど、離れないといけない時間が辛いし、これだけは何度経験したところで慣れそうになかった。


「次は、いつ会えるんかなぁ」


ぽろりと言葉が滑り落ちていったのは、ちょうど孝二の部屋に着いたころ。音になってそれが耳に届いた時、自分が一番驚いた。慌てて口を押さえて「ごめん、なんでもない」と取り繕ったけれど、窘めるように名前を呼ばれて気まずげに孝二へと視線を合わせる。


「葵」
「……うん」
「約束、覚えとるやろ?」


孝二といくつか交わした約束。その中でも、この会話の流れだと思い浮かぶのは一つだけだ。嘘はつかない≠ニいう、当たり前だけどとても大事なもの。それを持ち出されたら誤魔化すことも取り繕うこともできない。


「……さみしい」


つるりと舌を滑り落ちていった想いのかけらを皮切りに、心の奥に留めておいたわがままで自分勝手な気持ちがぽろぽろとこぼれ落ちていく。行かないで。ずっと一緒にいたい。言ったところでどうしようもないって分かってる。困らせるって分かってるのに、一度溢れだしたものは止められなかった。
いくら自分に言い聞かせたって無駄だ。大丈夫なんかじゃない。本当は、さみしくてさみしくて堪らないんだ。このまま時間が止まればいいのに、なんてあり得ないことすら願ってしまうほどに。

ぐちゃぐちゃな心はきっと表情にもあらわれているだろう。笑顔ひとつ作れない不細工な私をふわりと包み込むように抱き締めた孝二はゆっくりと頭を撫でてくれた。何も言わなかったけれど、大きな手が何度も何度も頭を滑っていく行為に少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
孝二が何も言わない理由は分かっていた。私の言葉に肯定を返せばそれこそ嘘をつくことになるからだ。行かないで、も。ずっと一緒にいたい、も無理なんだから。でも、言葉で否定しないで黙っているところが、孝二の優しさなんよなぁ。


「……ありがとう。もう大丈夫」
「ほんまに?」
「嘘ちゃうよ」


今度こそほんまに大丈夫。そう思ったから、そっと手を置いてくっついていた体に隙間を作ったのだけれど、私の気持ちを読み取るように瑠璃色の瞳がジッと見てくる。深く、きれいな色に私が映っているのがなんだか不思議だった。
数秒の後、嘘じゃないと信じてくれたのか、ぽんっと軽く頭に手を落としてから離れていった孝二だけれど、温もりが消えたことにまた淋しさがぶり返してしまったのは秘密にしておこう。


「なあ」
「ん?」
「忘れとるんか知らんけど」


どこか含むような言い方と柔らかな笑顔だけで、さっきまでのしんみりとした空気は霧散して、ふっと空気が軽くなった気がする。
何か忘れてたっけ? と記憶の引き出しを開けようとしたのと同時に「明日祝日やで」と笑い混じりの声が孝二から放たれた。


「え?」
「三連休やん」
「……え?」
「おれも合わせて三日間休みとってきたし」
「え?」
「せやから、今日はまだ帰らんよ」


難しいことを言われているわけじゃないのに、信じ難くて理解が追い付かない。ひとつひとつの言葉を咀嚼してようやく飲み込んだ時、驚きとか嬉しさとか怒りとか、自分でも良く分からないぐちゃぐちゃの感情がお腹の底からぶわりと湧き上がってくる。


「……そういう事はもっと早よ言いや! アホ!」
「はは、ひどいなぁ」
「どっちが!」


ぽかっと肩のあたりを叩けば「痛いなあ」と全然痛くなさそうに笑われた。もう、なんやねんほんまに。そういうとこやで! うまく言葉にできない感情をぶつけるように目の前の孝二へ抱き着くと、むぎゅっと顔を押し付けた。
とくんとくんと一定のリズムを奏でる音とあたたかな温もりに意識を向けていれば、徐々に昂っていた気持ちが落ち着いてくる。すると、自分の口角が上がっていることに気が付いた。
――うん、そうやんな。まだ孝二と一緒におれるなんて、そんなのめちゃくちゃ嬉しいに決まってるやんか。


「こうでもせんと、葵は思ってること言わんやろ」
「そんなことないよ」
「あるって」
「そう……かなぁ?」
「困ったことにそうなんよなぁ」
「……もうええわ。抱き締めの刑に処する」
「はははっ、なんやそれ」


私以上に私のことを分かっているんだろう。見透かされているのがなんだか悔しくて、回している腕にわざと力を込めて「意味分からん」と声を上げて笑う孝二をぎゅうぎゅうと思いきり抱き締めた。

不思議だ。このやり取りのおかげで、本当に離れなきゃいけない明日もちゃんと笑顔でお見送りできる気がした。
孝二と離れるのはやっぱり淋しいし不安も沢山あるけれど、それ以上に一緒に過ごした時間が糧になって自信に変わる。離れていても大丈夫だって思える。
それでもどうしようもなくなった時は、約束を思い出そう。孝二と電話やメールするだけで元気が出るし、嘘はつかないから浮気もしないって信じられる。ひとりで泣く夜だってこない。時々こうして甘やかしてもらったら、もう大丈夫だ。
もう記憶にはない昔も今も、孝二の隣にいたいから。


「ねえ、孝二」
「ん?」


――ずっと一緒にいようね。


fin.


ワアニで隠岐くんにハマってからほぼ勢いで書きました!遠距離設定なので電話とかメールのやり取りばかりだったのが難しかったけど楽しかったです。最後まで読んで下さりありがとうございました!
まだ先ですが、4話と5話の間の夜の話を書き下ろしにして夢本を発行できたらなーと思っています。通販のみですが、秋くらいには何とかしたいと思ってます!ご興味がありましたら是非!


[ back to top ]