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花の木ならぬは 06

「ずっと、好きでした」


私と出水くん以外誰もいない教室に自分の声だけが響く。どんなに覚悟を決めていても暴れる心臓を押さえつけることはできず、緊張して震えた声になっているのは出水くんにも気付かれているだろう。気丈に振舞いたかったのに情けない。
私の言葉を真剣に受け止めてくれた瞳が、申し訳なさそうに揺れている。無理もない。出水くんは私の気持ちをすでに知っているのだから呼び出した時点で目的も分かっていて、答えも決まっているのだから。


「……ごめん。俺はアイツが好きだから」
「うん。知ってる」


今日は結衣と一緒に帰る日だと知っていて放課後に呼び出した。教室を出る時に結衣が出水くんを待ってると言っていたし、今も待っているのだろう。出水くんは私の話が終わればすぐに、結衣の元へ行ってしまう。それが答えなのは初めから知っていた。それでも結衣じゃなく私との時間を少しでも優先してほしいなんて気持ちがあったから今日この時間を選んだ。本当に、最後まで嫌な女だよね。


「出水くんには結衣と末永くお付き合いしてほしいと思ってるよ。ただ自分のケジメの為に、ちゃんとフラれたかっただけなの。こっちこそごめん」


お互いに分かり切っていた告白と、分かり切っていた答え。それなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろうか。


「ん〜、すっきりした! 出水くん。結衣をよろしくね。あの子だいぶ抜けてるから」
「あぁ」


スッキリしたなんて嘘。理解も納得もしているけれど気持ちが付いてきてくれないし、ちゃんと笑顔を作れているかも分からない。私が無理をしていることはわかっているだろうが、出水くんから触れてくることはなかった。それが彼の優しさだと私は知っている。


「うんうん。頼りにしてます。あっ、出水くんがいない間は私に任せてね。もう大丈夫だから」


隠し事ができない結衣はきっと出水くんに私と微妙な感じだと話していたと思う。だからあえて口に出してみたけれど、出水くんの眉は困ったように下がったまま。申し訳ないけれど、きちんと振られないと気持ちが切り替えられない女に好かれてしまったせいだと諦めてほしい。


「それじゃ、出水くん。さようなら」


出来る限りにこやかに手を振り別れを告げる。最後まで申し訳なさそうに、小さくごめんと言い残して結衣の元へと向かう出水くんの背中を見つめる。
さようなら、出水くん。さようなら、私の恋心。
保っていた笑顔はなくなり、自然と涙があふれ出る。出水くんの前で流さなかったんだら上等と自分を褒めてみるけれど、次から次へと湧き上がる涙は拭うのも億劫なほどでとても褒められたものじゃない。


「はは、ほんとなんなの私。今更過ぎるでしょ」


言い訳も突っ込みも一人では空しさが増すだけで涙は止まらない。せめて誰か笑い飛ばしてくれれば楽なのに。一人でいるから悶々とするのだろうけど、今は何もなかった顔して会える自信がない。出水くんへの想いなんて友人たちには話していないから心配されても困る。そう考えたら、連絡を送れる相手は一人しか思い浮かばなかった。
『けじめつけたよ』と、それだけを送ったのにもかかわらず、すぐに届いた返事は『ゲーセン集合で』というものだった。一言で感じ取ってくれる優しさに甘え、鞄を引っ掴んで駆けだした。


「米屋くん! ありがとう。お待たせ」
「おつ〜って、ひっでぇ顔だな。ウケる」


腫れぼったい瞼と充血した目は泣いたことを赤裸々に物語っている。それでもウケると笑ってくれる米屋くんに失礼だなと八つ当たりのパンチをかませば少しだけど心が軽くなった。どこまで狙って行動しているのか分からないけれど、米屋くんのこういうところには感謝しかない。
あの日と同じように思いっきり散財して笑って、また河原まで走ってはしゃいで水を掛け合って笑った。あんなにぐちゃぐちゃだったのに笑えるのは米屋くん様様だ。


「は〜ギブ。もう無理」
「相変わらず体力ねぇな」


今回も肩で息をする私を他所に涼しい顔で見降ろしてくる米屋くんは元気が有り余っている。羨ましいとは思わないけれど、少しくらい分けてほしいものだ。


「しかし秋にもなって水浴びとか馬鹿だよね、私たち」
「また唇やべぇ色になってんな。んじゃ、行くか」


当たり前のように自分の家の方へ歩いて行こうとする米屋くんに、今日は少しだけドキッとした。前よりは心に余裕があるという事だろうけれど、米屋くんに対してドキッとするのは違うだろうと首を振り、変わらず何も気にしていないだろう米屋くんに足並みをそろえた。
あの日のように誰もいない米屋家でお風呂を借りる。冷え切った体を十分に温めたけれど、もう涙が流れることはなかった。入れ違いでお風呂に向かった米屋くんを待っている間、同じようにソファーで一人、考えを巡らせた。あの日と同じようで、全然違う。思い返してもそんなに苦しいと思わないし、後悔もない。このだぼだぼのジャージにだって何も感じない。


「今日は胸貸さなくて平気そーだな」


いつの間にかお風呂を上がっていた米屋くんが、長い袖を振り回して遊ぶ私をみて意地悪な笑みを浮かべる。


「もう流し切ったので大丈夫でーす」


あの日と同じなのに、最後には笑いあえている。あのまま家に帰っていたらこうはなっていなかったかもしれない。米屋くんにとっては失恋した者同士、仲間意識みたいなので優しくしてくれたんだろう。同じ境遇の人が身近にいるなんて偶然ではあったけれど、良い仲間がいて本当に良かった。


「また新しい恋でも頑張れや」
「他人事だね。米屋くんも次があるさ。って、そうだ。もしボーダーの人で彼女募集している人がいたら紹介してほしいかも」
「なに? お前、実はボーダー狙いなの?」


新しい恋と言われて先日友人たちに言われたことを思い出したから言ってみたのだが、どうやら私が望んでいると勘違いさせたらしい。ミーハーだなと感情の読めない瞳を向けてくる米屋くんに慌てて友達から頼まれただけだと否定した。いくら告白してスッキリしたとはいえ、そんなに簡単に気持ちは前向きにはならないよ。


「そーゆーことな。別に聞いてみてやってもいいけど、あんまいねぇと思うけど?」


隊員たちを思い浮かべているのか、あんま恋愛って感じじゃねぇんだよなと独り言のようにつぶやかれた言葉は想定していた通り過ぎて納得しかできない。別に彼女たちも本気でボーダー隊員と恋愛できるなんておもっていないだろうから断ってもいいのだが、なぜかそれは嫌だなと思ってしまった。


「だよね〜。ただ遊ぼうってだけでもいいと思う。どうせ友達もボーダーの人と知り合えただけで喜ぶし」
「俺もボーダー隊員ですけど?」
「米屋くんはほら、身近過ぎるじゃない? みんな同じ学校の子は見慣れちゃってるから他校の人とかがいいと思うよ」
「贅沢だな。りょーかい」


遊ぶだけなら声掛けやすいわと了承してくれた米屋くんに、ほっと胸をなでおろした。なんでこんなにほっとしたのかは自分でも分からないけれど。重ね重ね感謝感激だとワザとらしく崇めるようにお礼を言えば、米屋くんも調子を合わせて胸を張って苦しゅうないなんて返してくれるからまた二人で笑った。


「んじゃ、また連絡するわ」
「はーい、ありがとう。それじゃーまたね」


好きで会えば苦しいのに会いたくてたまらなかった人に別れを告げ、誤解されないよう会わないようにしていた人と次の約束を取り付ける。なんだかおかしな話だななんて、帰り道で一人、また笑った。


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