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花の木ならぬは 05

クラスメイト達と雑誌を囲みながら雑談して過ごす朝。まだ人もまばらな教室でふっと馴染みの気配を感じて顔を上げた。


「あ、おはよー結衣」
「葵おはよー。今日も早いんだね」
「昨日発売のコレ、みんなと見る約束してたからね」


机に広げられた雑誌のイケメン特集を指させば、結衣は楽しそうだねと笑った。私はイケメンは正義! なんておどけてみせてから雑誌を囲んでいた友人の輪に戻る。結衣のクスクスとした笑い声が次第に遠ざかり、鞄を置いてから教室を出ていく気配がした。きっと出水くんの所にでも行ったのだろう。

あの喧嘩というか、一方的に私が爆発したみたいな言い合いからは一ヶ月以上経っただろうか。翌日他人事のように「昨日は大丈夫だった?」と聞いてきた結衣に流石だと呆れてしまいそうだったけれど、なんとかお昼を別々に取ることを納得させた。
その後からは、あからさまに避けているわけではないが、意図的に他の子と過ごす時間を増やしている。もちろん顔を合わせれば挨拶は当り前だし、今まで通りなにげない雑談もする。出水くんがボーダー任務でいない時なんかは一緒にお昼も食べるし、二人で帰ったりもしている。周りからも喧嘩でもしたのかとか聞かれたことはない。
それでもお互いにどこかぎこちない空気を感じてしまうのは、出水くんの話になる度に不自然なほど話題を変える私のせいだろう。そんな私の態度に怒ることもなく今まで通り親友でいてくれるのは、腐れ縁だからというのもあるだろうけれど、結衣が底抜けにいい子だから他ならない。失恋を拗らせて一人で悶々としてる私とは違って。


「このままじゃダメなんだよな〜」
「え? なになに、結衣ちゃんみてたら葵ちゃんも彼氏欲しくなった?」
「わかるわかる! あの二人仲いいもんね! 羨まし〜」


半分無意識に口をついて出た言葉に反応されるとは思わず、二の句が詰まりそうになりながらもワイワイと盛り上がる友人たちにバレないように作り慣れ過ぎた笑顔を張り付ける。


「あはは、バレた? 私にもこんな雑誌に載るようなイケメン彼氏できないかなー」
「私も欲しいー! フリーなイケメン転がってないかな? すぐ拾うのに」
「イケメンは転がる前に美女がしっかり手綱握ってるから落ちてないんだよ。諦めろ凡人」
「ぐっ、、無念。私にも非凡な美貌か才能があれば……」


彼女達の身の無い軽いやり取りは、今の私にはとてつもなくありがたい。作り笑いが自然と偽りのないものになり、嘘ではない冗談を言い合う時間は拗れてぐちゃぐちゃの心を癒すのに最適だった。彼女達のおかげでこれ以上嫌な女にならずに済んでいるといっても過言ではないだろう。


「そうじゃん! 非凡な才能といえばだよ!」
「え、なに急に」
「だからさ、イケメンは無理でも非凡な才能。つまりボーダーの彼氏ならできるかもじゃん!」


この学校でも意外といるしさ、と名案と言わんばかりのドヤ顔にその場が静まる。確かにボーダーの人気は高い。詳しくは知らないけれど、一部の人は学生でも相当稼いでいると誰かが言っていたし玉の輿狙いもあるだろう。だが、人気がある割にボーダーの人と付き合っているという子は少なかった。
だから結衣と出水くんが付き合った時、周りはチャンスが来たのではと浮き足立ったのだが結局成功例を聞くことはなく、みんなのボーダーの恋人が欲しい熱が冷めたのは記憶に新しい。


「その夢は夢のままだって最近現実見たところじゃん」
「ボーダーは危険と隣り合わせの日々だから恋愛どころじゃないんだよ、きっと」
「……はぁ、だよねー」


優良物件の周りには優良物件が多いはずなんだけどとしょぼくれる友人の頭を撫でてやる。出水くんに想いを寄せている私が言うことじゃないが、ボーダーの人と付き合おうってのは諦めた方がいい。私たちが思い描くようなお付き合いはできないし、任務と聞く度に心配に思ってもボーダーでの事は色々規制が厳しいらしくて聞くことが出来ないらしい。想いが強くなければ続けられないだろうし、強ければそれだけ苦しむことになるのだ。
それがわかっているのに、いまだに想いを捨てきれない自分は本当にどうしようもないと思うよ。


「葵ちゃん、米屋と会う時それとなく彼女募集してる人いないか聞いておいてー」


ダメ元でいいからと縋る友に最近は会ってないから期待しないでと言い終える頃にはみんなの視線はまたイケメンの雑誌へと戻っている。誰かがどうせ妄想するならイケメンにしようと言えば、雰囲気はすっかり初めに戻り、夢のような妄想話に花が咲いた。
そんな彼女たちの気軽さを心地いいと思いながら、久しぶりに聞いた米屋くんの名に懐かしさを覚える。予想していたとはいえ、米屋くんとはあれから全く顔を合わせることがなくなった。彼は今頃、どうしているだろう。無事に自分の気持ちを消化できたのかな。
なんて、そんなことを考えていたからだろうか。


「おっ、高宮じゃん。久しぶりー」
「米屋くんじゃん。偶然だね」


噂をすればなんとやら。今まですれ違う事すらなかった米屋くんと、たまたま立ち寄った本屋でばったり出会った。私の手には参考書やら過去問題集やらが納まっているが、彼の手には週刊漫画誌が握られているあたりが流石だ。すでにボーダーで働いているようなものだし大学とかは考えていないのかな。
何気ないやり取りを交わせばどこか安堵感のようなものが生まれる。何事もなかった楽しいだけの頃に戻ったような錯覚が起きるからだろうか。もう少し、このまま話していたいと思ってしまった。


「そうだ。米屋くん時間ある? ここの二階に新しくフルーツビネガーティーのお店が出来たんだけど寄ってみない?」


誤解されないように接触を避けていたはずなのに、これでは本末転倒だということはわかっている。でも学校内でもないし、久しぶりに会った友達とお茶するくらいいいだろうと自分に言い訳してみる。そんな私の気持ちを感じ取ってくれたのかどうかは分からないが、米屋くんはすぐに私の提案に乗ってくれた。
本の会計を済ませてから二階へ上がればフルーツの甘い香りが漂う空間が女性で埋め尽くされている。男子には居心地悪いかなと心配したが、米屋くんはあまり気にならないのかメニューに目を輝かせていた。


「ビネガーティー好きなの?」
「気にはなってたけど飲んだことねーのよ。だから今日はラッキーだったわ」


本心なのか私を気遣ってなのかはわからないけれど、誘ったことが迷惑じゃないのならよかった。そういえば米屋くんはいつも何か飲んでることが多いイメージだな。
無事に注文し終えて席に着けば、思っていたより足が疲れていたのか気の抜けたため息が漏れた。そんな体に甘酸っぱいビネガーティーが染み渡る。


「んで、相変わらずなわけ? 出水も心配してたぞ」


いきなり核心をつく話題に噴き出しそうになった私をケラケラと笑う米屋くんは以前よりも軽い感じで、無理をしている様には見えない。そういえば結衣から時々米屋くんの話も出ていたし、米屋くんは避けたりしていないんだろうな。結衣が米屋くんの話をするときは大体が出水くんの話をするときだから詳しく聞く前に話題を変えてしまっていて内容は分からないけれど。


「そうですね、相変わらずですよ。米屋くんはなんか吹っ切れてない? 気のせい?」
「おかげさまで。わりと早めに吹っ切れたな」


どうやってって、聞いてもいいのだろうか。状況は同じだったはずなのに。米屋くんはどうやって気持ちを切り替えることができたんだろうと考えたところでわかるわけもない。それがわかれば私だってとっくに気持ちの切り替えが済んでいるのだから。
そんな物言いたげな視線を送ってしまったせいか、米屋くんはしょうがねえなとでも言うように鼻で笑った後、ティーカップを置いた。


「いやさ、あいつってすげーピュアっつーの? 疑うことを知らないって感じで目が離せないとおもってたんだけどなー」
「そうだね。それは間違いない」
「だよな。っで、俺に無いものをもってるあいつを好きだと思っていたはずなのに、いつからだったかわすれたけど俺には理解できない言動に苛立ちを覚えるようになったんだわ」


それはわからないでもない。長年一緒にいる私だってイラっとする時があるんだから。でも他人なのだから理解できない部分があってあたりまえ。それよりも良いと思える部分が多いから、私は結衣を嫌いになれないし、他っておけないのだろう。でも、男女間の好意と私の親愛は違う。


「それで吹っ切れたの?」
「気付いたわけ。終わったんだなって」


恋で盲目だった目が覚めたということだろうか。私は離れてみても、出水くんを見る度に、出水くんの話を聞く度に好きだと実感してしまう。気にかかる事があっても、それ以上に良いと思ってしまう。
もう少し時間が経てば私の目も覚めるのだろうかと悩んでいると、米屋くんが「俺は元々引きずらないタチだからってものあるけど」と付け足した。


「やっぱり人それぞれだよね。はぁ、私はちゃんとケジメつけないとダメかな」


時間薬は私には効果がみられないようだし、別の策をと考えたらそれしか思いつかない。私が告白したせいで二人の関係がおかしくなったら嫌だなと思ったけれど、現在進行形で迷惑かけているのなら早めに行動に起こした方がいいのかもしれない。


「いいんじゃね? そういう男らしい発想。お前らしくて」
「男らしいは誉め言葉として受け取っておくよ」


米屋くんなりの励ましを受け取り、氷が溶けだして薄くなってきたビネガーティーを覚悟と共に流し込む。今から気合を入れる私を楽しそうに笑う米屋くんは、そういえばと思い出したように重大な発言をさらりと投下した。


「早くしねーとあいつ、しばらく任務でいなくなるぞ」


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