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花の木ならぬは 04

勢いよく屋上のドアを開け放ち、フェンスへとしがみつく様にして体重を預ける。昼休みには大勢の人が利用する屋上も、放課後ともなれば静かなものだ。私の不審な行動をとがめる人は誰もいなかった。
今まで隠してきたことも、我慢していたことも、すべてを無駄にした自分の発言に後悔ばかりが募る。意味のわかっていない結衣相手に感情的になっても仕方がないと分かっていたのに、抑えられなかった。これじゃ八つ当たりもいいところだ。


「おまけの捨て台詞は絶対いらなかっただろ私……」


ついさきほどまでの自分の行動を振り返るのも恥ずかしい。「私の気持ちも知らないくせに」だなんて、隠していたのだから知らなくて当たり前だというのに。あまつさえ、「いいよね結衣は。出水くんと付き合えてるんだから」なんて台詞を吐き捨てて逃げるなんて、無様にもほどがある。鈍感な結衣だから深読みしないだろうけれど、鋭い人が聞いたら私の気持ちがばれてしまうような一言だ。


「はぁぁぁ。やっちゃったな」
「お〜やっちまったな」
「っ!? え? 米屋くん!?」


突然の声に振り返れば、いつも通り心の内の読めない笑顔でひらりと手を挙げて挨拶してくる米屋くんがいた。かなり混乱していたとはいえ、屋上に来た時には確かに誰もいなかったはずなのに。誰もいないからと声に出していた独り言をしっかりばっちり聞かれていたのかと思うと居たたまれない。


「ぃいい、いつからいたの……?」
「あー、わざとじゃなかったんだけどな? 始めっから」
「え、最初からここに居たの?!」
「……と思うじゃん? それが、お前らが言い合ってた階段からいたんだな〜これが」


悪いな。そう言ってごめんのポーズをとって見せる米屋くんの言葉に開いた口が塞がらない。言い合いをしていた階段からってことは本当に最初から全て聞かれたということだろう。受け入れがたい事実に体が震える。どうやら自分で思っていた以上に早いうちから周りが見えなくなるほど混乱していたようだ。


「そ、そっか。なるほど。……結衣は、どうしてた? 帰ったかな?」


今は結衣の話をしたいわけでもないのに、とっさに出た言葉がこれだ。米屋くんに結衣の話をさせるとか私は鬼か。慌ててやっぱり何でもないと言おうとしたけれど、それよりも早く答えた米屋くんの言葉が私に追い打ちをかける。


「さーな。出水に任せてきたし、一緒に帰ったんじゃねーの?」
「は? え? あの、さ。もしかしなくてもだけど、出水くんもあの場に居たなんてことは……」
「ビンゴ」
「イヤーーーーー!!!」


うそうそ。待って待って。いや、ダメでしょあり得ない。あり得てほしくない。壊れかけの頭をどれだけフル回転させたっていい結果なんて思い浮かばない。最悪、出水くんに私の気持ちを知られてしまった可能性だってあり得る。そんな悲惨な懸念を抱きながら恐る恐る見上げれば、頭を抱える私を哀れんだ目で見てくる米屋くんの視線と重なる。


「出水くんは結衣の心配だけで私の言葉なんて気にしてなかった、なんてことはある?」
「いーや、ご愁傷様」


この米屋くんの顔はダメな奴だ。完全にバレてるやつだ。そりゃそうだろう。出水くんは薄情な男ではないし、学力は置いておいて馬鹿でも鈍くもないのだから気付いて当たり前だ。あれで少しも気が付けないのは結衣くらいだろう。あぁ、もう。ただでさえ結衣とギクシャクしそうなのに、出水くんにも合わせる顔がない。怖い。色々ありすぎて今にも頭が爆ぜそうだ。


「もう無理だ。明日休もうかな」
「それはマジ勘弁な。オレ一人であの二人の相手とか考えたくもないんで」


以前私をその状況下に置き去りにしたくせにと恨めしい視線を飛ばしてもどこ吹く風。休んでもどうにもならないと正論を言われてしまえばぐうの音も出ないのだが、気持ちはそう簡単には割り切れないのだから逃げたくもなる。
というか、そもそもがこれ以上あらぬ疑いを招かない為にも二人で行動しろって話からこうなったんだ。それならこれからは別行動をしたって問題ないはず。それが逃げたと思えるのは米屋くんと出水くんくらいなんだから別にいいじゃないか。


「最初から話聞いてたってことは、私たちが変な噂になってるってことも聞こえたでしょ?」
「あーそれな。俺もダチに聞かれたことあるわ。まぁ、無視しときゃいいんじゃね?」
「いやいや良くないでしょ。私は良くない。という事で、別行動にしよう。ハイ、解決!」
「昼だけ避けても意味なくね?」


全く何の解決にもなっていない事は重々承知しているが、今はこれで押し切りたい。私を物凄く残念な奴を見る目でみてくる米屋くんの視線なんて気にしていられない。いや、私だってわかってる。わかってはいるんだ。クラスも同じで、意味がわかっていないだろう結衣を避けるわけにもいかない。別にこんなことで結衣の事が嫌いになったわけじゃないしね。それに私が行かなくても、きっと今まで通り出水くんは結衣に会いにうちのクラスに来るだろう。でも、せめて一緒に居る時間が長い昼だけでも離れさせてほしいのだ。


「とりあえず時間という名の薬が欲しいのだよ」
「効果がある薬だといいけどな」


頑張れよ。と、どこか他人事の米屋くんは最近少し落ち着いて見える。男の子同士で惚気話をしたりしないから私よりは気持ちの整理が付きやすいのだと前に言っていたけれど、だいぶ割り切れるようになってきたのだろうか。結衣を見つめる視線は相変わらず優しいままだけど。


「米屋くんとも会う機会が減るだろうけどお達者で」
「まぁ本来それが目的だしな。こんな会ってる方が不思議だったわけだし?」
「だよねー。ま、仲違いするわけでもないし。これからはほどほどに宜しくだよ」


私たちから出水くんと結衣を抜いたらただの元クラスメートの友人というだけで会う必要性はない。米屋くんが出水くんと一緒にうちのクラスに来なければ顔を見ることもほとんどなくなるんだろうな。それはそれで少し寂しいと思ってしまうのは、あまりにも当たり前のように共に同じ時間を過ごしたせいだろう。きっと会わないでいれば、それが当たり前になっていくんだ。


「んじゃ、オレは帰るわ」
「心配してくれてありがとね。米屋くんも色々頑張って」


そういえば今日はボーダーへ行く日だと聞いていたのにこんな時間まで付きあわせてしまった。今度なにかお礼をしなくちゃと思ったけれど、これからほとんど会わなくなるというのにどうすればよいのか分からず、とりあえず去っていく背中にもう一度ありがとうと声をかけた。

気持のバレていない米屋くんも巻き添えにする感じになってしまったが、きっとこれが本来の私たち四人の姿なのだろう。二人が付き合った時点でこうするべきだったのだ。
結衣には明日もう一度説明するとして、一人でお昼を食べていたら心配されるだろうから今のうちに何人か声をかけておこう。他の子と約束していると言えば結衣も無理強いしてくることはないし。


「これで、いいんだ」


自分に言い聞かせるために呟いた言葉は、誰もいない屋上で静かに消えていった。


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