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花の木ならぬは 03

あれから何度、この光景を見ただろうか。
憎いほど晴れ渡った青空から降り注がれる紫外線が教室の中にいても暑苦しい。思わず眉を顰めたくなるほどだ。それは決して、目の前の光景に対してではないと言い張ろう。


「でね、そのとき出水くんがとっさに支えてくれたんだけどね。ふらつくこともなく全然平気そうなの」
「おーやるじゃん出水。ヒューヒュー」
「さすが男の子。よく助けた。でも結衣も気をつけなよ。階段でこけるとかシャレにならないから」


今日も今日とてデートの詳細を語ってくれる結衣の周りにはお花が舞っている。よく彼氏本人の前で惚気られるなと感心してしまうけれど、出水くんは居たたまれなさそうにしながらも止めないのだから私が止めるのも憚られる。知りたくもないことまで聞かされるこっちとしてはぜひ止めてほしいのだけど。
結衣から聞かされるのは出水くんのいいところばかりで、聞けば聞くほど忘れなくてはいけない想いが膨らんでしまうのだから。


「ところでもうすぐテストだね」


これ以上自分が嫌な女になりたくなくてわざと話題をそらす。不格好で歪な感情に侵食されていく心に必死で抗っているのを悟られたくない。そんな私は、ふわふわと可愛らしく花を飛ばす結衣とはあまりにも違いすぎて笑いたくなった。


「うわ、思い出したくない事実」
「あー無理じゃね? オレ範囲すら覚えてねーし」
「諦め早すぎでしょ二人とも」
「あ! じゃあ勉強会でもする?」


毎度テストで苦戦しているにもかかわらず対策しない二人だからこの話題なら流れが変わると思っていたが、結衣からのまさか提案に顔が引きつりそうになる。こんな会話、今までもよくしていたが勉強会なんて話にはならなかったのに。付き合ったら少しでも一緒に居たいという気持ちが溢れだすのだろうか。
ちらりと隣の米屋くんを見れば、表情には出ていないながらもあり得ないと訴える視線と重なった。


「そーゆーのオレはパス。やるならお前ら二人でやれば?」


かったるいと言って大きなパックジュースを飲みほした米屋くんが、パックを律儀に折りたたみながら席を立つ。そのまま足りないから新しいのを買ってくると言って教室を出て行ってしまった米屋くんについて行くのは不自然でしかない。だけど、ここに残されるのも苦行でしかない。米屋くんのバカ。後で文句言ってやろう。
取り敢えずこの場をどうにかしないと。と、止まりかけていた思考をフル回転させる。


「やる気ないやつに無理やり勉強させたって意味ないし。やりたかったら二人でしっぽりお家デートでもしながらやればいいんじゃない? 大丈夫よ、ナニを致してても覗きにいかないから」


見なくても結衣はすぐ顔に出るからバレちゃうけどと揶揄えば、想定通り真っ赤になって慌てる二人を笑いながら胸の痛みを隠す。勉強を教えあうって恋人っぽいイベントだと後押ししてやれば、そのまま二人でやる流れになってくれたようだ。よかった。まさか三人でとかなったらどうしようかと思ったよ。

二人が付き合ってそれなりに経ったというのに未だに四人で集まることが多かった。私も米屋くんも気にせず二人でどうぞと言っているのだが、こちらの心情など知らない結衣は四人で居るのが楽しいと無邪気に笑って答えるのだから誰も文句が言えない。今日も目の前のカップルにあてられながら、早く予鈴が鳴ってくれと心の中で願った。


こんな日々が続いていたからだろうか。
たいして仲良くもないクラスメートから唐突にこんな質問をされるようになったのは。


「ねぇ、高宮さんって米屋くんと付き合ってるの?」
「は?」


自分でも思った以上に低い声が出てしまった。軽いノリで聞いたであろうクラスメートたちも、明らかに私が不機嫌そうな声を放ったことに驚いているようだ。きっと結衣の時のような可愛らしい反応を期待していたのだろう。わざわざ私が一人になるタイミングを待って声かけたみたいだけどお生憎様。お互い失恋の傷を引きずってる最中ですけどなにか。


「違うけど、なに?」
「えっと、勘違いだったみたい。なんかごめん」
「わかってもらえたならいいよ」


だから二度とその話はしないで。そんな気持ちを込めてにっこりとほほ笑めば、クラスメートたちはバツが悪そうにそそくさと離れたいった。他人の恋愛が気になるのはわかるけれど、憶測と好奇心だけで聞く内容じゃないだろう。親しい友人でもあるまいし。
だけど、この手の勘違いをされる要因があるのは確かだ。きっとあの子たち以外にも私と米屋くんが付き合っているのではと疑っている人はいるんだろうなと思うと余計に気分が滅入る。周りの目なんて気にならないくらい、早く達観した大人になれればいいのに。なかなか成長しないものだ。


「はぁ、めんどくさ」


ため息とともに口をついて出た本音。この場に結衣や出水くんがいなくてよかったと心底思う。
一緒に居たいと言ってくれる結衣には悪いが、これ以上変な勘違いが増えても困るし、頻繁に四人で集まるのはやめてもらおう。出水くんと会う機会が減った方が私の気持ちの整理も付くだろうし。
そう思って結衣と二人で帰る時に提案したてみたのに。なのに、私の思惑とはまったく別の提案が返ってきたことに驚きを隠せなかった。


「今なんて言った?」
「だからね、葵が米屋くんと付き合えばいいのにって」


たっぷりの間をおいても思考が再起動してくれない。この子はなにを言っているのだろうか。


「米屋くんよくない? 付き合ってみたらどうかな?」


きっとお似合いだとはしゃぐ結衣は私がすごい顔して固まっていることにも気が付かないのだろう。ダブルデートとかしたかったんだよねと楽し気な妄想が始まっている。
そう、彼女は知らないのだ。私の気持ちなど。だから仕方がないのだと何度も自分に言い聞かせてきた。だけど無知は時として残酷なほど、傷口に刃物を突き立てる。遠慮なく広げられた傷口からは隠していた醜い感情が次から次へと溢れ出し、言いたくもない言葉が口からこぼれ落ちていく。


「恋人って、そんな気持ちで作るものじゃないでしょ」
「え? どうしたの葵。なんか怖いよ」


いつもとは違うトーンと交わらない視線。さすがに私が苛立っていることには気付いたけれど、それだけだ。のほほんとしている結衣は自分が私を怒らせたのだとは思っていない。昔からそうだ。いくら私が怒ってもへらっと笑ってごめんねと謝って甘えて終了。素直に甘えられるのは彼女の可愛らしいところではあるけれど、深刻に受け止めないから言動も変わらず、無邪気に人を傷つけてしまっていることに気が付けない。


「結衣はなんとなく出水くんと付き合ってるの? 好きだから付き合ったんでしょ?」
「もちろんだよ!」
「じゃあなんで私にはそんなこと言うの? 好きでもない人と付き合えなんて軽く言わないで!」
「え〜米屋くんのこと好きそうだったのに。残念」


私の気持ちも知らないくせに。その言葉だけはどうにか出さずに飲み込んだ。だけど、ここまでいっても結衣はいまだに状況を理解していないようで、何がいけないのかわからず首をかしげている。しまいには結衣の口から出たのは「なんかごめんね?」という疑問形の謝罪だ。いつもなら毒気が抜かれるその顔も、今日はただ私を苛立たせるだけ。だからだろう。せっかく飲み込んだ言葉が飛び出してしまったのは。


「私の気持ちも知らないくせに勝手なこと言わないで」


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