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花の木ならぬは 02

「葵おはよー!」
「おはよう結衣。朝からご機嫌だねぇ」


朝の憂鬱に抗いながらやっとの思いで登校した私にまぶしすぎる笑顔をむける結衣は、どうやら昨日の放課後デートの余韻がたっぷりと残っているようだ。私が鞄を置くよりも早く駆け寄ってきて「あのね、あのね」と昨日のデートを事細かに説明してくれる。そんな彼女の顔には自然と可愛らしい笑みがこぼれていた。引きつらないように取り繕った私の笑顔とは大違いだ。
結衣は私が出水くんを好きだなんてことは知らないのだから、彼女に悪気は全くない。私がひた隠してきたのだから知らなくて当たり前だ。だからこうやって惚気てくるのも、普通の女子トークの一環に過ぎないし、二人が付き合った時点でこうなる想定だってしていた。これが出水くんじゃなければ私も喜んで聞いたし、話してくれることが嬉しかっただろう。だからそう思わなくてはいけないと自分に言い聞かせ、何か込み上げてきそうな胃の不快感を空気と一緒に腹の中へと押し込める。


「あ、ごめん! 私ばっかり舞い上がって」
「いやいや、結衣が幸せそうでなによりよ。今日も一緒に帰るの?」
「今日はすぐにボーダー行くみたいだから……」


残念そうに肩を落とす結衣の頭は出水くんでいっぱいなのだろう。付き合いたてのカップルなんてみんなお互いの事ばかりに夢中になるものだ。別におかしなことじゃない。
モヤモヤする感情を宥め聞かせ、わざとらしく「私じゃ満足できない体になってしまったのね」と悲しむフリをしてみせる。大丈夫。いつも通りふるまえている。すぐに否定する彼女に冗談だと笑う私の顔は、ちゃんと笑えているはずだ。
それでもこの状況が少しでも変わらないかなと視線を飛ばせば、視界の端に見知った顔を捉えた。


「ところで出水くん来たいみたいだけど」
「え、うそ!? ホントだ!」


いつものことだが他クラスのくせに何の躊躇もなく入ってきた出水くんの隣には、当たり前のように米屋くんがいた。彼もまた、いつもと変わらないように見える笑顔を浮かべている。
昨日のことには触れずにおはよーと業務的に挨拶を交わす私たちを他所に、初々しいカップルはいつもと同じ挨拶ですら頬を軽く染めてはにかんで見せた。昨日同様に二人の周りにはふわふわと花が舞う。その花の香りは、私と米屋くんにはむせ返るほど強すぎた。


「ちょっと米屋くん、私たちどうやらお邪魔なようよ?」
「おーおーお熱いことで。火傷する前に退散しとくか」


面白いくらいに慌てて弁解している二人にひらりと手を振り、廊下へと逃げる。そう、かっこ悪くも私たちは逃げたのだ。多感な年ごろのクラスメイト達はみんな、誕生したばかりのカップルを野次るのに夢中で、私と米屋くんがそろって教室を出ても誰も気に留めることはなかった。


「あー、なんつーか……クルな」
「……だね」


先ほどまで上がっていた口角は一気に力をなくしてため息まで漏れる。背後から聞こえる二人を揶揄うクラスメートたちの声を素敵なBGMに変えれるほど達観していない心は、さらに遠くへ逃げたいと訴えてくる。いっそこのまま授業をサボってしまおうかなんて馬鹿げた思考がよぎったけれど、今逃げたところでこれから毎日続くことなのだから意味がない。隣でダリいとぼやいている米屋くんも、ぼやいているだけで足を動かそうとはしなかった。


「米屋くん知ってた? まだ明日も明後日も学校あるんだよ」
「まじかー知らんかったわ。もう明日が土曜でもいいんじゃね?」
「賛成すぎるわー」


不毛な会話とわかっていても願わずにはいられない。一晩でなんて消化しきれるはずもない。失恋のショックも、親友の恋を心から祝いたいのに祝えないこの心境も、それを隠し続ける作り笑顔の自分も、いまはただただ辛いだけだ。早く吹っ切れてしまえばよいのだが、自分の心だというのになかなか言う事を聞いてくれないのだから困ったものだ。


「つーか、出水から今日の昼も四人で食うつもりって聞いたけどマジだと思う?」
「マジらしいよ。私もさっき惚気られてるなかでさらりと聞いた。結衣が私とも一緒に食べたいんだって」
「愛されてんねー」
「モテる女は辛いわ〜ほんと」


あぁ、本当につらい。でも何も知らない結衣を責めるのはお門違いなことはわかっている。今まで二年近く、週に何回か四人で食べていたのだからこれからも一緒に食べたいって要望は不思議な事ではないし、むしろ私を一人にしないように気を使ってくれているのかもしれない。ありがたい、と思わなくてはいけないのだろう。


「さ〜て、そろそろチャイム鳴るよね」


今日はまだ始まったばかりだというのに気が重い。一度深く空気を吐き出してから、ヨシっとあえて明るい声を出して気合を入れた。同じように沈んでいるだろう気持ちをひた隠した米屋くんも、先ほどよりも明るい声で未だ教室でいじられている出水くんへと声をかけている。


「じゃあね。お昼もどうぞよろしく」
「おー、よろしくされるわ」


出水くんが来るのを待たずして歩き出した米屋くんの背中に別れを告げる。あえて二人一緒に居るところを見たくない気持ちは同じなのかもしれない。私も出水くんが出てから教室へ戻るかと振り返れば、ちょうど置いて行かれた出水くんが教室から勢いよく出てくるところだった。


「おい待てって! あ、高宮またお昼にな」
「あ、うん。またね」


足を止めることなく駆けて行った出水くんとの会話なんてたったこれだ。それなのに、この一言のやり取りだけで胸が喜びできゅっと変な音を出したように締め付けられるのだからそう簡単に吹っ切れるわけがない。極力顔に出ないように感情を押し込め教室へ戻れば、いじられ過ぎて真っ赤な顔をした結衣に泣きつかれるのだから私の感情も忙しいものだ。


「助けて葵ー」
「まぁまぁ皆さん落ち着いて。初心なカップルなんだ。生温かい目で覗き見しようじゃないか」
「そこは温かい目で見守ってよ〜!」


私たちのやり取りで起きた笑いが収まるころには予鈴が鳴り響き、野次馬たちも席へと着き始める。結衣も揶揄われてなんだかんだ文句を言いながらも、終始照れ笑いが消えなかったのだからまんざらでもないのだろう。先程までの光景を思い出し、再び込み上げてきた不快感を無理やり飲み込んだ。

いったいあとどれだけこんな思いをしたら吹っ切れるのだろう。あと何度、泣けばいいのだろう。
早々に別れればいいのに、とは思わない。チャンスがあれば私が、なんて烏滸がましい。二人は本当にお似合いだと思っている。幸せになって欲しいと願っている。それなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろうか。距離が近いせいだろうか。
身近な関係で恋なんてするものじゃないな。


「次は気をつけよ」


誰に言うでもなく口から突いて出た言葉に失笑を浮かべる。次、だなんて。昨日を終わらせることも、明日を迎えに行くこともできずに狭間に停滞しているくせに何を言っているんだろう。
先生がなにやら説明してくれていることを右から左へ受け流し、現実から目を背けるようにそっと机へと顔を伏せた。
少しだけでもいい。このまま真っ暗な闇に落ちてしまいたい。今はまだ、何も見たくない。


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