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花の木ならぬは 01

雲一つなく澄み渡った青空。今日は何かいいことが起こりそうな予感がする、なんて、よくある台詞を鼻で笑いたくなる。
一日の授業も終わり、続々と帰宅していくクラスメイト達に別れを告げるが動く気になれず、帰宅していく学生たちの後頭部を窓から見下ろしていた。部室へ向かう者。校門へ向かう者。意味もなく集まって笑い声をあげている者。そのどれもが同じに見えるのに、一組のカップルの姿だけが異常なほど目についてしまう。


「よっ、帰んねーの?」
「んー、そのうち帰るよ」


クラスメイト達が帰宅して静かになっていた教室に響いた声に振り返ることなく答えた。声でそれが誰なのかわかっていたし、何よりこの男、米屋陽介は私のところにくるような気がしていたのだから驚く事もない。
振り返りもせず外を見つめたままの私を咎めることなく近づいてきた米屋くんは、私の視線の先を確認して「あぁ」と理解したように小さくつぶやいた。いや、理解したのだろう。きっと彼は私と同じ感情を抱いているのだから。


「あららー、花が舞って見えるわ。あいつら浮かれすぎじゃね?」
「付き合った初日なんてそんなもんでしょ。幸せそうでなによりじゃん」


遠ざかっていくカップルの後ろ姿は、まさに幸せそのものだ。
そう、幸せそうならそれでいい。親友に恋人ができた。幼いころから一緒に居た結衣の隣に私じゃない人がいるけれど、それでも結衣があんなに嬉しそうにしているのなら私も嬉しい。そう、嬉しいはずなんだ。たとえその恋人が私の想い人だったとしても。


「米屋くんも出水くんに置いていかれたから暇でしょ? 今日はちょっと付き合ってよ」
「っと思うじゃん?」
「え? 暇じゃないの? 今日ボーダー行く日?」
「いーや、今日はお前とバカするのに忙しい予定」


なにそれって笑えば、先程までピクリとも動かなかった表情筋がゆるんだ。こういう時に一人じゃなくて良かったと心底思う。きっと米屋くんも一人で居たくなかったから私に声掛けたのだろう。彼はいつも、私が結衣の隣で出水くんを見つめていたように、出水くんの隣で結衣を愛おしそうに見つめていたのだから。

二人の姿が完全に見えなくなってから揃って教室を出た。同じ様に男女が並んで歩いて談笑しているけれど、私達から花が舞う事はないだろう。それでも笑い声が弾むだけで有り難かった。
ゲームセンターで騒ぎながら散財し、手持ちのお金が尽きたからと無駄に走って河原へと下りる。石で水切りをして遊んでいたはずが、気が付けば冷たい水をかけあっていた。あぁ、高校生にもなってなんてバカな時間の使い方だろうか。


「ちょっ、ギブギブ。疲れた」


普段から全力でバカ騒ぎをしている米屋くんとは違い、キャッキャとトークに花を咲かせる時間の多い私には水遊びなど、さほど時間をかけることなく体力が底をつく。肩で息をする私をだらしがないとか年だとか揶揄ってくる米屋くんは一人でも楽しそうだ。


「ねぇ濡れすぎて寒いしもうやめない?」
「おー、さすがに日が沈んできたしさみぃか。つーか、お前ん家どこよ?」
「蓮乃辺のちょい手前。けっこう遠いんだよねぇ。あー風邪引きそ」
「マジか……」


もっと近いと思っていたのだろうか。まぁ、蓮乃辺近くに住んでいた人達はネイバーから逃げるように引っ越してしまったから、私のように三門に残った人は少ないし無理もない。気にしなくていいのに濡らしてしまった手前バツが悪いのだろう。唸り声をあげながらどうしたものかと考える米屋くんに、大丈夫だと言った口がそのままクシャミを飛ばした。なんともタイミングが悪い。


「全然大丈夫そうに見えねぇな。しゃーねぇ、俺ん家寄るか。すぐそこだしタオルくらい持ってけ」
「えぇーマジで? 新品で宜しく」


異性の家に行くというのに、警戒心だとか、羞恥心だとか、ドキドキする様な期待だとか、そんなものは一切湧かなかった。いや、湧く余裕はなかったが正しいか。それは米屋くんも同じなのだろう。
本当にすぐに着いた米屋家は夕方の時間でもご両親は不在だったが、三門ではよくあることだ。親がおらず被害者用施設で一人暮らしなんて人も少なくない。家が無事だっただけでもありがたいことだろう。
玄関先でタオルだけもらって帰ろうかと思っていたが、私があまりにも青い唇を震わせていたから米屋くんが慌ててお風呂を沸かしてくれた。せっかくだし、本気で凍えそうだったから厚意に甘えれば、冷え切った体には熱すぎるほど温かいお湯が目に染みたのか、じわじわとあふれる涙に変な笑いが込み上げてくる。本当に何をやっているのだろうか。
ひとしきり泣いた涙をシャワーで流した後、入れ違いで直ぐに米屋くんにもお風呂に入ってもらった。借りた体操着のジャージが大きくて服に着られているのを笑ってくれて助かった。すぐに追いやる口実がないままじっくり顔を見られていたら目が赤いとバレていたかもしれないから。

このまま体操着で帰っていいとは言ってくれたが、さすがに米屋くんが入浴中に出ていくわけにもいかない。外にいるという犬と戯れていてもいいが、湯冷めしたら元も子もないので何をするわけでもなく、ソファーに腰かけてぼーっと天井を見つめた。一人きりなって思考する時間ができてしまえば、頭をめぐるのは窓から見えたラブラブな二人の姿。恥ずかしそうに微妙に開いた距離がなんともいじらしくて、見ているこっちがむず痒くなってしまう。本当に、お似合いだった。結衣がどれだけいい子かなんて幼馴染の私が一番知っている。だからこそ悔しくても羨ましくても、認めざるを得ないのだ。


「あぁ、なんでかなー」


諦めなくちゃいけないとわかっているのに、ぐじゅぐじゅと膿んだように痛む心が忘れさせてくれない。なにかから身を守るように膝を抱え込んで丸まれば、ぶかぶかの裾が目に入ってまた苦しくなった。
自分のとは違う、男物のジャージ。


「はっ、デッカい」
「なに? 彼ジャー気分?」
「っ、そんなんじゃないけど……」


突然声をかけられたことよりも彼ジャーという単語にドキッと心臓が跳ねた。まるで見透かされているような米屋くんの目にはぶかぶかの体操着を来た自分が映っている。


「アイツとは身長かわんねぇしな」


サイズは一緒だとからかうような口元は確かに弧を描いているのに、その声は少し悲しそうに響いていて、私を映しているはずの瞳はどこか違うものを見ているように見えた。
あぁ、そうか。


「私も身長かわんないからあの子が着てもこのくらいだよ」


ぶかぶかの袖を持ち上げてわざと大きさを強調すれば二人の間には湯冷めするような沈黙が訪れる。
お互いバカだね、本当に。自分たちで傷を抉りあって、なんて滑稽なのだろう。


「あー、なんか悪い」
「私こそごめん」


この体操着が出水くんのならば、なんて考えるだけ惨めになるというのに一度動いてしまった思考は中々止まってくれず、ツンと鼻を刺す痛みに耐えるためにぎゅっと唇を噛み締めた。今さっきお風呂場で散々泣いたはずなのに涙は枯れてくれなかったらしい。
涙を流さないようにと俯いてギュっと目を瞑る私に困ったのだろう。米屋くんから再び「悪い」なんて謝罪が聞こえてくる。大丈夫と言いたいのに、今声を出しても震えてしまって大丈夫には聞こえないだろうから首を振って答えた。これでは大丈夫に思えるわけがないのに。


「今だけ、な。これならお互い顔みえねぇし」


どうやら壊れかけて思考がポンコツになっているのは私だけではなかったようだ。
なぜか私の後頭部に手を回した米屋くんが、私の顔を自分の肩口へと押し付ける。抱きしめると言えるほど触れ合ってはいない。互いに空いている手が背中に回る事もない。それでも触れた額から伝わる熱と、自分とは違う異性のにおいは私の涙腺を崩壊させるには十分だった。

声を殺して泣く私には米屋くんがどんな顔をしているのか知ることはできない。もしかしたら彼も泣いているのかもしれないけれど、詮索する気も余裕もない。

ただ今だけは、苦しさを隠さずに吐きだすことを許されるのがありがたかった。


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