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02 飼い主との距離

「なーんか、お前って犬みたいだよな」
「何それ」


あれは一年の夏。ちょうど衣替えしたばかりの時、初めて米屋と一緒に日直になって、放課後の教室に二人きり。だからと言って甘い雰囲気は特になく、黙々と日誌を書く私を前の席に座った米屋がただ見ているだけ。殆ど押し付けに近いかたちで毎時間の黒板を消す作業を頼んでしまったので、せめて日誌くらいはと引き受けたけど、意外にも書き終わるのを待っててくれているようだ。こういう時真っ先に帰るタイプかと思っていただけに、少し見る目が変わった。


「あとやっとくから帰っていーよ」
「んー、いいわ。ヒマだしな」
「ボーダーは?」
「任務はナシ。帰りに顔出すかなー」
「ふぅん」


本人が良いならそれ程気にしなくてもいいかと、それ以上掘り下げる事はせずに、男子は体育なにやったの? バスケ。へー、米屋くん得意そうだね。なんて他愛もない会話をしながら日誌の空欄を埋めていたのに、前触れもなくあのセリフを言われてこれでもかってくらい首を傾げた。


「葵って呼んでいい?」
「……ペットじゃないんですけど」
「いいじゃん。オレ犬好きなんだよね」
「犬って……まあいいや。じゃあ私もよーすけって呼ぶ。米屋くんって言いにくいし」
「ふーん。ま、いいけど」


この時は急に何を言い出すんだろうってくらいであまり深く考えなかった。昔から男女関係なく話せる性格だったし、名前で呼ばれたくらいで恋に落ちる単純な性格でもなかったから。
だけど、それからよく話し掛けられるようになって、米屋と話す度に面白いなーなんて思ったりして。友達と声を上げて笑っている姿を見たり、宿題をやってなくて先生に怒られているのを見たり、そうやって米屋の色々な表情を見る度に少しずつ米屋の事が気になっていった。自覚してしまえばあとはもう転がり落ちるだけ。友達に相談しようものなら引き返せない所までどっぷりだ。
そうして米屋に片想いして、約一年。未だにこの気持ちを伝える事は出来ていないけれど、毎日楽しいし、距離も大分縮まっていると思う。後は一歩踏み出すだけなんだけど、このやり取りがあった所為で足踏みしてしまっていた。
もう一つの理由が餌付けだ。飴だったり、ガムだったり、チョコやジュース、その時持っていたおやつ。事ある毎に私にくれるので、一度どうしてなのか聞いてみたら「うーん、餌付け?」と何とも微妙な答えが返ってきて、それっきり聞くのをやめた。どこまでもペット扱いに落ち込むけれど、こうして何かを貰える時は私の事を気にかけてくれるって事だよね。と、ポジティブに考える事にしている。


「よーすけ、ちょっと!」
「おー。どした?」
「どした? じゃないよ。何か先生怒ってたよ?」
「よっす高宮さん」
「よっす出水くん」


お昼にもらったいちごオレは飲み干してしまったが、甘い余韻だけはずっと残したまま最後の授業まで終えて、後は帰るだけだと思いながら足取り軽く教室へと戻っていたのに、運悪く担任に見つかってしまい何故か小言をもらう羽目になってしまった。しかもその内容というのが米屋に関する事だったから、甘い余韻も何もかも吹き飛んでしまったってわけだ。何で私が米屋の事で怒られないといけないんですか? と食って掛かってみても、だってお前ら仲良いだろ? なんて答えになっていない答えをもらっただけ。


「よーすけのせいで先生に八つ当たりされた〜」
「そりゃ悪かったな」
「気持ちがこもってない! もー、出水くんも何か言ってよ」
「えー……あ、じゃあおれの事も名前で呼んでよ」
「はあ?」


文句の一つでも言ってやろうとSHRが終わった直後米屋と出水くんが話しているところに割って入ったのに、米屋は悪びれなく謝るだけ。何かスッキリしなくて出水くんに話を振ってみたら、返ってきた答えがこれだ。斜め上すぎて答えになっていない。どいつもこいつも……と頭を抱えたくなったが、スッと伸びてきた手が私の頭に着地してゆるりと撫でるので怒る気も削がれてしまった。


「よしよし、落ち着け」
「誰のせいで……」
「いいじゃん。名前くらい」


はあ、と深く溜息を吐いてから改めて二人の顔を見る。ニヤニヤと笑う顔は明らかに揶揄いを含んでいて面白がっているのが分かる。二人して同じような表情を浮かべているものだから、これが類友かと納得してしまう程。
相変わらず米屋の手は頭を撫で続けているし、これを拒めないからいつまで経ってもペット扱いから抜け出せないんだよなあ。って分かってるけど、好きな人に触れてもらえるのは嬉しくて、中々拒絶の言葉が口から出てくれないんだ。


「出水くんって……こーへー、だっけ?」
「ふはっ」
「え、なに?」
「いや、米屋呼ぶときも思ってたけど、伸ばす音がバカっぽくて可愛いよな」


出水くんの名前を呼ぶまで揶揄われ続けそうだったので、頭の中で出水公平、と漢字を思い浮かべながら適当に呼んでみたら何故か吹きだすように笑われた。解せぬ。しかもその後に続いた貶すような言葉に自然と眉間に力が入った。だって、バカで可愛いって褒めてないよね?


「……怒っていい?」
「いやいや、褒めてるんだって!」
「嬉しくない。てか、出水くんってそーゆー事言う人だっけ?」
「あれ? 出水くんなの?」
「出水くんは出水くんで充分です」
「ひどーい」
「きもーい」


けらけらと声を上げながら笑う出水くんを見ていると、こちらまでつられて笑ってしまう。彼がボーダーでA級一位のチームにいるのは有名な話で、その活躍ぶりもよく耳にするけれど、クラスメイトとしての出水くんは本当に普通の男の子だから、ボーダーを知らない私には本当に同一人物か? と疑いたくなってしまう。もちろんそれは米屋にも言える事なんだけど。
出水くんに向けていた視線をチラッと米屋に向ければ、同じように笑っているかと思っていたその顔には感情が乗っていなくて。温度のない瞳が私たちを映し出していた。急にどうしたのかと思わず笑いを収めれば、それに気づいたのか瞬時に口元に笑みが作られる。


「振られたなー、出水」
「あと一歩だったんだけどな」
「残念。ま、葵はオレのワンコだから」
「だーかーら、ペット扱いしないでください」


今のは何だったんだろうかと不思議に思いつつも、その後の米屋があまりにも普通だったから聞くのはやめておいた。でも、米屋は気付いたかな? 茶化しながらだったけど、私が出水くんを名前で呼ばなかったのはわざとだって事。学校内で私が名前で呼ぶのは米屋だけだって、特別なんだって想いを込めたつもりなんだけど、遠回しすぎて伝わらなかったかもしれない。


「さ、そろそろ行くかな」
「オレも行くわ」
「あれ? お前任務入ってたっけ?」
「いや、栞が来いって言ってんだよな。まあ何の用か聞かなくても分かるけど」
「ああ、なるほど」


じゃーな、と軽く手を振りながら教室を出て行く二人の事を上手く見送れたかは分からない。
私は、とんでもない勘違いをしていたんじゃないだろうか。私が名前で呼ぶのは米屋だけ。でもそれは学校内に限っての話だ。米屋も同じで、一歩学校の外に出たら名前で呼ぶ女子なんて沢山いるのかもしれない。米屋の世界はこの狭い学校じゃなくて、きっとボーダーにある。出水くんとボーダーの話をしている時は凄く楽しそうだし、いつも学校が終わったらすぐに本部へ行ってしまうから。
米屋との距離が縮まっているだなんて、私の自惚れにすぎなかったんだ。


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