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「#エロ」のBL小説を読む
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01 わんこの苦悩

あなたの事が好きです。
たった一言。たった一言なのに、今の関係を崩してしまうのが怖くて中々この一言を告げる事が出来ない。でも、いつまでもこの関係が続くわけじゃないっていうのも分かってる。二年になってもう半分が過ぎたし、来年は同じクラスになれるかどうかも分からない。もし離れてしまえば自然と疎遠になるかもしれない。だから、怖いけど今の関係を変えるために一歩踏み出したいとずっと思ってるんだ。もっとも、いい方向に変わるかどうかは分からないけれど。


「ちょっとジュース買ってくる」
「あ、私も行く」


昼休みももう終わるかという時間。早々にお弁当を食べ終わってからずっとお喋りに夢中になっていたからか、喉の渇きを覚えて席を立った。お気に入りのジュースが置いてある自販機は教室からちょっと遠いから面倒だけれど、しょうがない。ゆっくりと廊下を進み、中庭方面の階段を下りていくと目的の自販機が見えた。その前に立つ彼の姿を見つけた時、一気に浮足立つ。買いに来て良かった、だなんて自分の欲求を褒めたくなってしまった程だ。


「よーすけ!」
「あれ、葵じゃん。お前も買いにきたの?」
「うん」
「買ってやろーか?」
「ほんと!?」


同じクラスの米屋陽介。私の好きな人。飄々としていて掴みどころがなく、単純に見えて本心がどこにあるか分からない。掴んだと思ったら離れていくような不思議な男だと私は思っているけど、周りの評価はどうもそうじゃないらしい。米屋は葵の事が好きだから、告白すれば絶対に上手くいく。躊躇う意味が分からない。と、友人からはこういった言葉をもらうが、私はそうは思わないんだよね。確かに他の女子よりかは仲が良い自覚はあるけれど、米屋が私に恋愛感情を持っているかは疑問だ。
逆に、私の気持ちは分かりやすすぎて本人にバレているかもしれないとは思っているけど。


「おー。どれがいい?」
「いちごオレ!」
「ははっ、だと思った」


歯を見せながら面白そうに笑う姿に心臓が反応する。視線は釘づけになってしまって、笑う姿はもちろんのこと、長い指でボタンを押すところなど一挙一動に目が離せない。しょっちゅう飲んでるもんなー。なんて笑い混じりに言う声も大好きだから浮かれているのを表情に出さないように口元に力を込める。
米屋の手によって取り出されたブリックパックのいちごオレ。差し出されたそれを受け取ろうと反射的に手を伸ばした瞬間、ひょいっと上にあげられて遠ざかった。見上げた米屋の顔は片側の口角を上げた意地の悪い表情を浮かべている。


「ちょっと、よーすけ」
「取ってみ?」
「届くわけないじゃん」
「取れたらやるよ」


ただでさえ身長差があるのに、手を上にあげられてしまえばお手上げだ。いや、ギャグじゃなくてね。
取ろうとすれば近づくしかなくて、必然的に米屋にくっ付くような体勢になる。温もりすら伝わってきそうな距離に、心臓がばくばくとうるさく鳴り始めた。心臓が悲鳴をあげる前にどうにかしようと思うのに、こんな距離で接する事なんてそうそうないから少しでも長くこの時間を保ちたいと邪な想いが顔を出す。
傍から見れば、私がじゃれているように見えるかもしれないな。なんて思いながら、近すぎる距離に出来るだけ米屋の顔を視界に入れないようにして、肩にそっと手を置くとそこを支えに軽くジャンプした。けれど指先は米屋の手首に触れただけでジュースには届かない。しかも不安定な体勢だったからか、着地でバランスを崩して揺らいだ私を米屋の大きな手が腰へ回り支えてくれた。
転ばないためにって分かってるけど、グッと引き寄せられた力強さとか、カッコよすぎて無理なんですけど。更に近づいた距離も無理。


「ねえ、やっぱ無理だから」
「……ああ」


お遊びはここまでだ。米屋から離れようと足を一歩後ろに引いたのに、腰に回されたままの手がそれを良しとしない。


「よーすけ? っ、ひゃぁ」
「あー、やっぱり」
「やっぱりって何?」
「いや、何かすっぽりハマりそうだなーって」


離れるどころか、逆に引き寄せられて今度こそ米屋のシャツにぴったりと体がくっ付いてしまった。慌てて離れようとしても、後ろに回っている米屋の手に阻まれる。
抱き締められているわけじゃない。包み込まれている? いや、のしかかられてる? 表現しにくいが、兎に角緩い拘束にも関わらず体が固まってしまったかのように身動きが取れない。なんか米屋いい匂いするし。やっぱり男の人ってかたいなあ。なんて動揺しながらもここぞとばかりに堪能しているあたり私もちゃっかりしているんだけど。


「よーすけさん、セクハラです」
「んー。よしよし」
「ペット扱いもやめてください」
「ははっ、わりーわりー。つい、な」


パッと体を離されると同時に温もりも無くなる。それが当たり前の事なのに少し寂しく感じてしまうあたり、やっぱり距離が近すぎたみたいだ。
私の複雑な想いなんて微塵も分かっていないんだろう。米屋はニッと歯を見せて笑いながら「はいよ」と、さっきまでのやり取りは何だったのかと思うくらい簡単にジュースが差し出される。ぽん、と手の上に置かれたいちごオレ。結露した水滴が手のひらを濡らすけど、それを拭う事も忘れてひらひらと手を振り教室の方へ戻っていく姿を呆然と見つめていた。


「あー、びっくりした」
「いやそれ私のセリフね。いきなりいちゃつき始めてどうしようかと思ったよ」
「いちゃっ…え? 違うよアレは」
「米屋くんも私の事見えてないんですか? って感じだし。まあいいけどね。自分で買うしね」
「よーすけのアレは、違うよ」


なーんか、お前って犬みたいだよな。
二人きりの教室。机の上で頬杖をつきながら笑う米屋の姿が思い浮かぶ。
そうだよ、勘違いしちゃダメ。米屋が私に構うのはペットを可愛がっているようなものなんだ。だって普通、好きだと思ってる女の子相手にあんな事しないよね? だから、勘違いしちゃダメ。
それでも、嬉しいって思うくらいは……いいよね。


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