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03 つかまえた

けたたましく鳴る目覚ましを止めて、そのまま枕に顔を埋める。こんなにも学校に行きたくないなんて思うのはいつ以来だろう。目を瞑ればいやでも昨日の会話を思い出してしまって、その度に打ちのめされたような気分になる。口からはもうため息しか出てこなくて、気分は地に落ちたまま朝ご飯もそこそこに学校へ向かい、教室へ着いた途端机の上に突っ伏した。何も映さないように視界を塞ぎ、腕を耳につけるようにして音も塞く。


「おはよ、具合悪いの?」
「はよー。べっこりヘコんでるだけだよ」
「何かあった?」


そんな私にいち早く気付いてくれたのは友達で、優しい言葉に涙が出そうになる。別に決定的な何かを突きつけられたわけじゃないけど、どうやら私の中で米屋に名前で呼ばれている事は結構重要なポイントになっていたらしい。最初に呼ばれた時は気にもしていなかったのにね。今では米屋が他の女の子を親しげに名前で呼んでいると思うだけで落ち込むよ。
のそりと顔を上げれば即座に酷い顔、と言われるが、自覚があるだけに反論の言葉は出てこない。昨日悶々と考えすぎて寝れなかったし、今日の朝も特に何もせずにそのまま来たから。


「あー、彼氏つくろーかな」
「え? アイツは?」
「んー……うん。色々あって」
「マジ? 今夜事情聴取ね。でもまあ、盲目になるよりは他に目を向けてみるのもいいと思うよ」


半ば不貞腐れながら言った言葉はもちろん本気じゃない。他に目を向けてみたって、きっと米屋と比べてしまうのが目に見えている。盲目になっているつもりはないけど、米屋に気持ちが向いたまま他の人と仲良くなろうとするのはちょっと違う気がするし。
私と付き合いの長い友達の事だ。私が本気で言っていない事くらい分かってると思うけど、あえてこう言うって事はきっと何かがあるんだろう。


「って事で、今度進学校の男子と遊びにいくんだけどくる?」
「どこだよ進学校……」
「ほら、二宮隊の犬飼さんや辻くんが通ってる学校だよ!」
「誰だよイヌカイ……」
「コラ、もっと興味を持て」


ほら、やっぱり。予想通り後に続けられた言葉に声を出して笑う。地に落ちていた気持ちが少しだけ上を向くと、米屋の事ももう少し頑張ってみようと思えるから不思議だ。答えの出ない事をこうやってうじうじ悩むくらいなら、いっその事告白してしまったほうが良いのかもしれない。なーんて、それが出来てたらこんなに長く片想いしてないんだけど。
友達にお礼を言って今夜の報告会の約束をしてからはなるべく普段通りに過ごしていたつもりだったけど、やはり万全ではなかったらしい。全ての授業を終えた後、一人の男子に声を掛けられて告げられた言葉に愕然とする。


「え?! 私今日日直だったの!?」
「うん。朝高宮さん体調悪そうだったからどうかなーって思ってたんだけど」
「嘘、ごめん! あと何かやる事ある?」
「日誌、全然書けてないからやってもらえると……」
「やるやるやりますやらせてください」


ぺこぺこと何度も頭を下げながら日誌を受け取り、せめてものお礼にと持っていたクッキーを差し出した。悪いね、と謝る彼とはあまり話した記憶はないけど、めちゃくちゃいい人だと彼の情報を上書き保存しておこう。
こうして自分の招いた結果により、誰も居ない教室で一人日誌と向き合っている。今日は一日ボーッと過ごしている事が多かったから正直授業の内容とか覚えてないし。適当に書くにしても、男子が体育で何やったかなんて知らないんですけど。
頭を抱えて時折唸りながらも必死でペンを動かしていると、突然ガラリと音を立てて開いた扉に驚いてびくっと肩が跳ねた。


「おーっす」
「……よーすけ、どうしたの?」
「差し入れ?」
「何で疑問形?」


ずかずかと躊躇なく近づいてきた米屋を見て小さく息を飲む。そういえば今日は珍しく一度も話していなかったかもしれない。昨日の事があったからか、それとも教室に二人きりだからか少し身構えてしまう私に、昨日と同じいちごオレがずいっと差し出された。


「ありがと」


どうして急に? と思いながらも、ストローを差して一口飲めば、甘い味が口の中いっぱいに広がって自然と顔が緩む。そんな私を見て、米屋も口元に笑みを乗せた。
いつもみたいに悪戯な笑みじゃない。ふわりと優し気につくられた笑顔はあまり見た事がなくて、心臓がきゅっと音を立てる。動揺しているのを覚られないように、慌てて頭を下げて日誌を見るフリをした。


「あ、男子は体育何した?」
「サッカー」
「へー、よーすけ得意そうだね」
「まーな」


空欄だった箇所を埋めながら、意外と普通に喋れた事にホッとする。まあ、私が一人で色々と考えていただけで米屋はいつも通りな訳だから当たり前なのかもしれないけど。
そういえば、前も同じような会話したなあ。名前で呼び合うきっかけになったあの日だ。あの時はまだ米屋のことを好きになる前だったけど、一年経っても変わらないやり取りに気付いて思わず笑いそうになる。口元に力を入れて堪えていたのに「何か、前も同じような会話しなかったか?」と、米屋が不思議そうに言うので声を上げて笑ってしまった。


「なあ、朝聞こえたんだけど」
「んー?」


あとは最後のコメントを書くのみとなったところで、一旦ペンを置いた。俯いていた顔を上げたけれど、米屋は窓の外に視線を向けていたせいで私に映るのは横顔だけだ。もっとも、頬杖を付いているせいで殆どが隠れてしまっているのだけれど。
その体勢は崩さないまま、視線だけが動いて私を捉える。何か言い辛い事なのか、頬杖の手で口元を隠すようにしながらポツリと言葉が落とされた。


「男と遊びに行くとかなんとか」
「ああ、誘われたけど」
「ダメ。行くの禁止な」
「なんで?」
「飼い主としては危険な場所に連れていけねーじゃん?」


揶揄い混じりに言われた言葉は、昨日までだったらキュンとしていたかもしれない。でも今はその逆だ。米屋がこういう言葉を投げる女子は私以外に居るのかもしれない。そう思ってしまったら、カチンと来た。お願いだから、期待させるようなこと言わないでよ。


「私の気持ち知ってるくせに、そういう事言わないで」
「知らねぇよ」


つるりと舌を滑って口をついて出た言葉に、即座に返された一言。一瞬でこの場に流れる空気が変わったのが分かった。
ギギッと椅子を鳴らしながら体勢を変えた米屋は、私の正面へと向き直る。真っすぐに私を見据える双眸は揶揄いなんて微塵も含んでいなくて、表情も真剣そのものだ。


「葵の気持ち、聞いたことねーし」


いつもと雰囲気が違う米屋を目の当たりにして、ごくりと息を飲む。私の気持ちなんて、もうずっと一つしかない。伝えたくて、伝えられなくて、胸に抱えたままの想い。
でも、告げるなら今しかないと思った。むしろこの状況で誤魔化す術は持ち合わせていないし、今を逃したらもう二度と言えない気がする。緊張からか、からからに乾いた口を開いて、絞り出すように言葉を紡ぎ出す。


「私、よーすけの事」
「あー、ちょっと待った!」


顔の前に突き出された手の平と言葉の両方で止められた瞬間、一気に絶望が襲う。受け止められないのはしょうがないと諦められるけど、言わせてもくれないとは思わなかった。伝えるのも迷惑なんだろうか。
グッと喉が熱くなって、鼻がツンとする。泣くのなんてそれこそ迷惑だと思うのに、抑えきれない様々な感情が涙に変わって溢れ出しそうだ。
そんな私の顔を見た米屋は、違う違うと珍しく慌てたように言うと、はあっと大きな息の塊を吐きだした。


「……好きだ」
「え……」
「葵からじゃなくて、オレから言いたかった」


たった三文字なのに頭の中で上手く処理する事が出来なくて、口を開いたままの間抜けな顔で呆然としてしまう。


「それは……犬だから?」
「は? 何でだよ。葵は女だろ」
「だって……いつもペット扱いするし」
「葵の事構いたいだけじゃん」
「犬撫でるみたいに触るし」
「その方が警戒されないっしょ。下心ありありだって」


確認するように今まで疑問に思っていた事を一つ一つ問いかけていくと、ちゃんと答えが返ってきて。それが全て今の三文字を肯定しているように聞こえて、驚きで止まっていた涙が再び溢れそうになった。
思い浮かべるのは米屋と過ごした毎日の事で。もしかしたらあの時も、なんて思うだけで胸が震える。


「本気なのか冗談なのか分かんない事ばっかり言うし」
「ほぼ本気ですけど?」
「カルオかよぉ……」
「いや、嫉妬とかするし。ワリと重いんじゃね?」


嫉妬って何? いつ、誰に? もっと色々聞きたかったのに、ぼたぼたと落ちる涙の所為でもう声にならなかった。ひらいたままの日誌に涙の粒がいくつも落ちていって、このままじゃ紙がふやけてしまいそうだ。なんて逃避みたいにどうでも良い事を考えてみるのに、一向に涙は止まってくれない。
くつくつと笑いながら米屋が指で拭ってくれても次から次に流れてくるので、米屋の指が濡れるだけで終わってしまう。


「ははっ、ひでー顔」
「うぅ……よーすけぇ」
「で、返事は?」
「好きぃぃ……」


涙で濡れた顔はぐちゃぐちゃ。声まで泣いている不細工な告白しか出来なかったけど、私の言葉を聞いた米屋がくしゃっと笑ったのを見て、更に好きが溢れ出した。
ぐりぐりと頭を撫でられて漸く涙が止まった時にもう一度同じ二文字を告げると、答える代わりにちょんっ、と軽く唇が重ねられて、二人で照れたように笑った。

ところどころふやけてしまった日誌の、最後のコメント欄の空白。ペンを手に取って大きめの文字で埋めた一言。陽介と付き合う事になりました!


fin.


本編はこれで終わりですが、いくつか番外編を書きたいと思っています。もう少しお付き合いください。


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