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04

目の前に置いてある書類を眺めるも、目で文字を追うだけで全然頭に入って来ない。打ち合わせで使う資料なのだから粗方理解しておかないといけないのは分かっているのに、どうしても駄目だった。
最近、ふとした時に彼女の事を考えてしまう自分がいる。今みたいに作戦室にいる時だったり、風呂に入っている時や寝る直前の布団の中。彼女と交わした言葉や彼女の控えめな笑顔がふと頭に浮かぶのだ。

彼女と初めて会ったのは、コロの散歩で偶々寄った公園だった。そんなに広くないけれどドッグランがあり、しかも無料で使用出来ると教えてくれたのは彼女だ。自宅から公園の場所を考えると少し距離があったが、自分が散歩する分には問題ないだろうとその日から散歩コースに設定して、大学やボーダーの合間でコロを連れて通っていた。そして、何度か行く内に気付いたんだ。早朝の決まった時間、必ず彼女がそこに居る事に。
時間帯の所為か彼女はいつも一人で愛犬を見ていて、俺がその時間に行けば必然的に二人になってしまう。でも、彼女の雰囲気のおかげなのだろうか。気まずい思いをする事は無く、むしろ彼女と二人で居る事が心地よかった。

ボーダーで広報を務めているからか、同年代くらいの人達からは嵐山隊の嵐山准という目で見られる事が多い。任務中じゃなく、ただ道を歩いているだけでも名前を呼ばれて声を掛けられる事も珍しくなかった。広報である事の自覚と振る舞いは既に感覚として身についていたし慣れていたので苦痛に感じたりはしないが、彼女はそれに当てはまらなかった。
たまに上がる会話は愛犬の事や天気などの、所謂世間話。ボーダーに関連する話題は彼女の口から一切出てこなくて。それが嵐山隊の隊長としてではなく、ただの一人の男として見てくれているような気がして嬉しかったんだ。

いつからか、わざと彼女の居る時間を狙って散歩に行くようになった。大学の講義が一限からあっても、任務が深夜まであったとしても、どうしても無理な時以外は早朝の決まった時間に公園まで足を運んだ。それが功を奏してか、最近では彼女が笑う姿を良く見るようになっていたのに。なぜかある日を境に彼女はぱったりと姿を見せなくなってしまったのだ。


「――さん、嵐山さん?」
「……ん?」
「どうかしましたか? ボーッとして」
「最近変っすよね。何かありました?」


自分を呼ぶ声に気付いて顔を上げれば、充と賢の心配気な表情が映る。書類を前にして微動だにしなかったせいで心配を掛けてしまったのかもしれない。最近物思いに耽る事が多いという自覚があるからこそ、この状況を早く何とかしなければ。
彼女に会う事が出来れば全て丸く収まるのかもしれないが、そこが問題だった。
俺は、彼女の事を何も知らないのだ。


「いや、悪い。少し考え事をしていただけだ」
「大丈夫ならいいんですけど」
「大丈夫だよ。ありがとう」


言葉の通り、何でもないと言うように笑顔を作ればそれ以上追及される事は無かった。まあ、うちの隊の面々は個人のプライベートに自ら首を突っ込むタイプじゃないから当たり前なのかもしれないが。しかし、流石に今の現状や悩みを彼らに相談するわけにもいかないので濁したが、一人で考えてみたところで何か打開策が出るわけでもない。
とりあえず思考を切り替えようと机の上の書類を整え直せば、綾辻が徐に立ち上がり「お茶にしましょうか」と言葉を掛けてくれた。


「私が入れます」
「大丈夫。座ってて?」
「少し休憩にしましょうか」
「この前貰ったお菓子開けちゃいましょーよ」


目の前で交わされる会話はいつもと変わらなくて、ふっと肩の力が抜けた。皆に気を遣わせてしまったな、と心の中で反省するが、このままじゃすぐに繰り返してしまいそうな気がする。
俺は彼女の事を何も知らない。公園に来ない理由が気になっても連絡先が分からないので聞けないし、そもそも名前すら知らなかった。高校生なのか、大学生なのか、どこに通っているのか。彼女と交わした世間話では一切出てこなかった。彼女の雰囲気からもしかしたら年下かもしれないと推測するくらいが関の山だ。
俺がいくら考えてみたところで答えが見つかるはずもないのだから、結局いつもの時間に公園に通い続ける事でしか、彼女に会う術はない。そう分かっているのに、考えるのを止められないのはどうしてだろう。


「そういえばこの前、禁止区域に侵入した一般人が居たらしいですね」
「端末の方に通知来てたね」
「その時の担当が風間隊だったらしくて」
「うっわ、容赦なさそーっすね」
「ネイバーは出なかったから良いものの、こってり絞られたそうです」
「二度と侵入しないと思わせるくらいの方がいいでしょ」


盛り上がる会話に「そうだな」と一つ相槌をうち、目の前に置かれたお茶を一口含んだ。それは、微かに動揺してしまった自分を隠すためでもある。
大丈夫だ。ネイバーに民間人が襲われたという情報は入っていないはず。でも、ネイバー以外だったら? その考えが頭を過ぎると、言い様のない不安が込み上げてくる。
三門市はボーダーが常駐しているから犯罪自体少ないけれど、全く無いわけじゃない。本部から離れるほどボーダーの手は届きにくくなるし、三門から離れてしまえば殆ど分からないのだ。
ごくりと飲み下したお茶が胃の中へ流れていくのを感じながら、細く息を吐き出す。なぜ、こんなにも彼女の事が気になってしまうんだろうか。無事な姿を一目見れれば、それで本当に安心出来るんだろうか。
答えは確かに自分の中にあるような気がするのに、決定的なものが無いからこそ白黒はっきりつけられなくて。そしてまた、こうして彼女の事を考えてしまうのかもしれない。


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