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 一条は目を細め、俺に視線を向ける。無表情。何かを探ろうとする時、俺は表情が消えるが、こいつもそうなのだろうか。ふと気味の悪さを覚えて、俺は眉間に皺を寄せた。

「何だと思ってる?」

「あ?」

 唐突な問い。俺は、居心地の悪さに脚を組み替えながら一条を睨んだ。

「シロウが俺に何を預けたと思ってる?」

 一条が言葉を変えて問い直す。

 じわりと胃の底が熱くなった気がした。苛立ちと怒りが燻っている。瞼を僅かに下げ、一条を見据える。声を低めてゆっくりと、言葉を吐き出す。

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、心当たりがあるモンを素直に渡しゃいいんだよ」

 自分と同じ顔に凄まれても、怖くもなんとも無いかもしれないと思ったが、こうする以外にやり方など知らない。

 しばらく俺と睨み合った一条は、溜息のように長く息を吐いて煙草を灰皿に置き、立ち上がった。左手にある箪笥へ向かう。

 一条の腰ほどの高さで唐草風の凝った彫りが入ったものだ。一条はそれを右へずらす。膝をつき、箪笥の陰になっていた壁に手を這わせる。継ぎ目のなかった白い壁が十センチ四方にへこみ、一条の指が上辺に潜り込んだ。そのまま手前に引くと、壁から浅い引き出しが出てきた。

 一条は中に入っていた茶色い封筒を手にして、俺を振り返る。

「たぶん、あんたが期待するようなもんじゃない」

 言いながら俺の傍らに来ると、膝の上に大きく重い封筒を投げ出した。俺はそれを手に取る。封はしていなかった。中身は紙の束。俺は束を抜き出し、封筒をテーブルの上に放った。プリントされた文字を目で追う。

 連綿と綴られているのは、近在の暴力団組織の内情だった。構成員のリストから資産目録、主な幹部の名前、その詳細な備考。斜め読みをしながら、膨大な情報量に圧倒された。所々に石倉の字でメモがあった。訂正や付けたしといった細々としたものだ。よくもこれだけ調べ上げたものだ。俺は分厚い束をめくりながら、石倉が、この情報を元にのし上がる算段をたてていたのかと思うと吐き気がした。

「これだけか?」

 言って視線を上げた。一条はどこから持ってきたのか、両手にファイルを抱えていた。薄いものから分厚いものまで、十冊はある。それをテーブルに置いて向かいのソファに座った。俺は手にしていた書類をテーブルに置き、ファイルに手を伸ばす。ぱらぱらと捲ってみる。俺の組の資産運用の記録だった。別のものを捲ると、組員のファイルだった。一人一人についての性格や仕事への適性やら、交友関係、家族関係。主な幹部のものは更に詳細に調べ上げていた。

「他にもまだある。パソコンに保存してあるけど、パスワードは知らない」

 一条が煙草を咥えながら言った。俺はファイルを投げ出した。執念ともいえる執拗さで集められた情報にうんざりしていた。

「パスワードなら誰かに破らせりゃいい。そういうのが得意な奴もいるんでね」

「そうか」

 火をつけた煙草の煙を吐き出して、一条はファイルの上に視線をさ迷わせる。

「お前も、手伝ってたのか?」

 視線を上げた一条に、ファイルを目で示す。一条は、いや、と首を振った。

「俺が出歩くと目立つ。あんたには、俺のことを知られたくなかったみたいだからな」

「だろうな。利用できるまでは隠しておくにかぎる。そのツラならいくらでも使い道があっただろうからな」

 一条はじっと俺を見た。俺は視線を逸らして立ち上がった。不愉快だった。

「こいつは全部貰ってくぞ。お前のことはしばらくはお預けにしてやるがな、そのツラで下手なことされちゃたまんねぇんだよ。大人しくここにいな」

「出ていく気はない。元々死んだも同然の身だ」

 一条が笑う。俺が一生やりそうにない、悟ったような静かな笑みだ。唾を吐きかけてやりたい気もした。思いとどまってひと睨みをくれて、背を向けた。




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