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 俺がドアに向き直ると同時に、カチリと鍵を外すような音がして、ドアが開いた。外開きのドアに当たらないように一歩下がった。

 男が顔を覗かせた。

 後ろに撫で付けた短めの黒髪に黒いワイシャツ。黒のスラックス。服の上からでも解る、筋肉に覆われた頑丈そうな体躯。

 男と俺は目の高さが同じだった。鏡を見るように、俺は男を見据えた。毎朝、目にする顔がそこにあった。32年間、鏡越しに見た顔だった。俺とそっくり同じ顔の男が口を開いた。

「入ってくれ。あんたに渡すものがある」

 俺はまだ、男の顔から目が離せなかった。男は俺がよくやるように顎の先で部屋の奥を示して、入るように促した。俺はゆっくりと男から視線を外し、中に入った。背後でドアが閉まった。カチリと小さく音がした。

「オートロックか」

 俺が呟くと、男は、ああ、と振り向かずに頷いた。広い部屋だった。家具は少ない。ローテーブルとソファ。テレビと小さな箪笥。それだけだ。

 申し訳程度に三和土があったが、俺は靴のまま上がりこんだ。フローリングの床をこつこつと靴音を立てて歩いた。男は振り返って俺の足元を見たが、何も言わず、ソファに座った。

 俺は立ったまま、部屋を見渡した。右手にコンロと流しが据えつけられた狭いキッチンがあった。その脇に木製のドア。

「座ってくれ」

 男の声に、視線をソファへ向ける。気味が悪いほど、俺によく似た男は煙草を咥えていた。俺は黙って男を眺めた。煙草を咥えたままで、男が笑った。

「驚いたか? 俺も、あんたの写真を見せられて驚いた」

 男はテーブルの上からジッポーを手に取り、蓋を跳ね上げて火を灯す。煙を吐いてジッポーの蓋を閉め元通りテーブルに置いた。俺は懐から煙草を抜き取り、男が投げて寄越したジッポーで火をつけた。深く煙を吸うと、動揺も胸の奥に沈んでいくような気がした。

「名前は?」

 ジッポーを男に投げ返し、煙とともに言葉を吐き出した。

「一条弘瀬。年はあんたと一緒だ。産みの親もな」

「双子、か?」

「ああ。証拠が見たかったら書類がある。シロウが興信所使って調べてた」

 シロウ、は石倉のことだろう。俺も、人目が無いときはそう呼んだ。

「なるほど。あいつとはいつ知り会った?」

「五年前だ。俺は薬で死にかけてた。担ぎ込まれたモグリの病院でシロウに拾われた」

「五年、か」

 俺が本家から任された組を軌道に乗せて幹部に気に入られ始めた頃だ。その頃から、あいつは俺を疎んじていたのだろうか。俺と同じ顔を持つ男を拾ったのは、使えると思ったからか。

 俺はまだ長い煙草をガラスの灰皿に押し付けた。一条が指に挟んだ煙草の煙を見つめながら口を開く。

「さっき、外で騒いでいた連中から、だいたいの事情は聞いた」

「そうかい。なら話は早ぇな。あいつがお前に預けたモンを渡しな」

 石倉が俺に隠れて動いていたのは間違いない。何かをしていたのは解っていた。だが、信用していたから、勘ぐるような真似はしなかった。自分の間抜けさに口元が歪んだ笑みを浮かべた。

 大事なものを隠すのは、人目につかない場所と決まっている。こそこそと通っていたこいつのところに、裏切りの証拠は山ほど眠っているのだろう。つぶさに確かめて、石倉へ抱いていた信頼を完全に捨て去らなければ、ケリはつかない。




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