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 ドアへ向かう俺の背に一条が言った。

「シロウはまだ生きてるのか?」

 俺は振り向かずに言った。

「死んだも同然だ」

「そうか。なら、殺さないでくれ。あんたは勘違いをしてる」

 一条の言葉に足が止まる。振り向いた。一条は立ち上がって俺を見ていた。

「……何が、勘違いだ?」

「シロウがあんたを裏切るわけがない。鉄砲玉が来たのは、他の奴があんたを裏切ってるからだ。あんたにシロウが怪しいと吹き込んだのは誰だ?」

 言われて、俺は記憶を探る。俺が石倉に不信感をもったのはいつだ?

「湊、って野郎がいるだろう?」

 一条の言葉に、俺は頷いた。見た目はチンピラに毛が生えたようなヤツだが、腕は確かな情報屋だ。

「そいつに何か言われただろう?」

 言われたと言えば、そうだろう。アイツは時々、仕事のついでのように、石倉の素行を俺に耳打ちして行った。

 それは、石倉がどこで買い物をしたか、とか誰と会っていたか、とか大して目くじらを立てる必要もないほど些細なことが大半だった。俺も聞き流すように聞いていた。そして時々、何気なく石倉に確かめれば、その情報は大概あっていた。俺の知らない石倉の生活を聞けるのは少々面白くも思っていた。だから、咎めもせず好きにさせていた。その湊が、石倉が四條組のヤツラと会っていると言ってきたのだ。

 四條のヤツラとは小競り合いが続いていた。俺はそのために、石倉が何か話しをつけに行ったのだろうと思った。だが、石倉は、会っていない、と答えた。

 そうだ。それからだ。情報屋の話す石倉の行動と石倉の答えがズレてきたのは。

 俺は、裏を取りたかった。情報屋が間違っているという証拠が欲しかった。舎弟の一人に石倉をつけさせたが、すぐにバレた。仕方がないからプロを使った。

 そして、結果は石倉の裏切りの証拠が出ただけだった。

「杉野は湊の仲間だったんだ」

 一条がぼそりと言った。杉野。俺が雇ったプロの名前。血の気が引いた気がした。

「バカな……」

「事実だ。昔からツルんでる。あんたはハメられたんだ。有能な駒を潰してあんたを追い詰めようとしてる連中にな」

「そんな、だってあいつは……」

「シロウは無実だとずっと言ってたじゃないか。俺は逃げたほうがいいと言ったのに、あんたに会いに行っちまった。シロウの話なんか聞きもしないあんたのとこにな」

 懐から出した携帯には圏外の表示。俺はドアへ走った。震える手で鍵を外し、階段を駆け上がる。

「瀧本! 広崎に電話繋げっ!」

 ドアを開けながら叫んだ。ドアの傍にいた瀧本は驚いた顔で俺を見たが、すぐに携帯を出して数回、ボタンを押して耳に当てた。俺はそれを奪い取り、悠長な呼び出し音に歯噛みした。ぷつりと音が途絶えた。相手が応える前に俺は怒鳴った。

「石倉はまだ生きてるかっ?」

 一瞬、沈黙があった。

「あ、まだ息はしてんですが、さっきから意識は飛んでるんすよ。もうそろそろダメじゃないっすかね?」

 淡々とした声に、俺は携帯を握り締めた。

「殺すな、俺が戻るまで殺すんじゃねぇぞ!」

 そう怒鳴って店の外へ駆け出した。




   * * *





 雨は上がっていた。

 倉庫の壁にある天井近くの小さな窓から差し込んだ光が、倉庫に舞う埃と、石倉の無残な死に顔を照らしていた。

 俺が着く五分ほど前に息絶えた、と広崎が言った。石倉の体は毛布で包まれ、その傍ではストーブの熱が真っ赤に燃えていた。

 何とか、もたせようとはしていたようだ。だが、一昼夜の間、手加減のない拷問に嬲られたのだ。今まで息があった方が不思議なぐらいだったろう。

 俺は石倉の傍らに立ち尽くした。

 胸の奥に穿たれた暗い穴の底から沸きあがる感情があった。
 名づけようもなく混沌としたものだ。胸につかえる感情の塊を解すには、泣けばいいのか叫べばいいのか、見当もつかなかった。

 俺は踵を返した。

「捨てろ」

 誰にともなく呟いて、倉庫を出た。分厚い雲の間から弱々しい光が降り注いでいた。眩しさに目を細めた。

 俺は笑った。石倉の強情さも、俺の鈍さも、ひどく馬鹿馬鹿しかった。肩を震わせて笑いながら、俺は歩いた。

 世界の果てまで、歩きたい気分だった。




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