優しい手
*「何がしたかったのか分からない」の続きのような
ソファーに座って、適当に携帯端末をいじっている。それ以外、やることは特にない。 読書するだとか、備え付けられたテレビを点けるとか、そういう気にもならなかった。ただ、ぐだぐだしていたいだけ。
そうしてひとり静かにナマエなりのゆっくりした時間を過ごしていると。
「ナマエ、ここにいたんだね」
ツンドラマンが声を掛けてきた。三つ編みのような装飾を揺らしながら、まっすぐナマエの元へ歩いてくる。対するナマエは、少々ものぐさそうに彼を見上げた。
「何かご用です?」
「ん、ああ」
その返答に、ナマエも「ふうん」とだけ返して、目線を端末に落とした。そんな彼女の態度に動じることもなく、ツンドラマンは左隣に腰かけ、足を組む。
「…………」
「…………」
空間はふたたびしじまに落ちる。
(………………ん?)
少しして、ちょっと変だと思った。ツンドラマンは、じっと座るだけで何も切り出さない。単にこの部屋で過ごすことが目的なのか。チャンネルでも回せばいいのに。
さらに居心地が悪くなる。妙に彼の視線が突き刺さるのだ。だから、ほんの気持ちガードとして、name#は左手で頬杖をついた。
が、しかし、そんなものは無意味だった。左手首を掴まれ、頬杖がやんわり解かれる。
「隣に僕がいるっていうのに、ちっとも見向きもしてくれないなんて…………」
細められたツンドラマンの目に一瞬硬直する。
「そんなに眩かったんだね、この美貌が……」
「違うわ」
責められると思ったらナルシストな発言が出たので即反論した。ツンドラマンてそういう性格だった。ナマエの言葉に意を介す様子もない。 キラキラしたオーラに呆れとも安堵ともつかない息を吐くと、彼は空いているもう片方の手も、伸ばしてくる。
「ナマエ」
「え、な、なに?」
「ちょっと触るよ」
ツンドラマンの手は、ナマエの右頬を包むように添えられた。 事後報告じゃないかと思ったが、彼の表情が先と打って変わって真剣そうに見えたので、口元を真一文字に引き結ぶ。いったい何事だ。
「……この間、」
幾分か静かな声が響いてくる。
「アシッドマンがこうしてただろう」
アシッドマンが。この間。 逡巡すればすぐ思い出せる、あのマッドサイエンティストに頬を揉みくちゃにされたときのこと。なかなか屈辱的な出来事だったが、そこにツンドラマンが来たことで、無事に解放されたのだ。
「あれを見たら、僕もキミに触ってみたいって思って」
「へ、へぇ……」
なるほど。……とは思わない。いや、それにしたって。
「なんかいろいろ違くない?」
「そうかい? 大差ないと思うけど」
彼の言う「こうしてた」は、「頬に手を触れる」という点なら、確かにアシッドマンのときと同じではある。しかし今触れてくるツンドラマンの手つきは、比べようがないくらいに優しかった。
そういえば、あのとき彼はやたらアシッドマンに食って掛かっていたなと考える。
(ていうか……)
これは、非常に恥ずかしい。イケメン、いや美人枠に入る相手なのだからなおさらだ。さすが自分で美学を追及し、改造していっただけあるとは思う。
「さすがに僕らと違う。あったかくて、柔らかい」
「……そうですか」
「ナマエは素っ気ないけど、満更でもなさそうだ」
「たわけ……」
ときどき、親指の腹で撫でられる。 どうしてかその手を振り払うこともできないまま、視線を泳がせるナマエに、ツンドラマンはくすくす笑った。
「緊張してるね」
デジャヴ。またどぎまぎしている。いったい誰のせいだと思ってるんだ。
「ああ、それも当前か。だって僕は、氷上に咲く一輪の氷の薔薇…………奇跡の華の蒼さをも凌駕してしまうほどの美しさを放つ、ね…………!」
「…………」
胸元に手を宛がってまた陶酔し始めたので、躊躇なく白い目を向けた。それ青いバラのことですね。そうですよね。そういえばツンドラマンはそういう人、いやロボットだった。本日二度目だがすっかり失念していた。あなたは何色の薔薇よりも美しいよ。
彼から飛んでくる煌めきオーラのかけらたちに、ナマエは100%呆れだけのため息を溢す。
(ちくしょう…………)
そう、呆れはした。だが、ツンドラマンの手は相変わらず頬に触れたままだ。 おまけににこりと笑いかけてくるものだから、ナマエは赤くなった顔でついにそっぽを向いたのだった。彼の優しい手が離れたりしないよう、ほんの気持ちだけ。
2019/01/13. ナルシストなセリフは難しい。ラスト辺りがルフレの話のときと似ている。
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