何がしたかったのか分からない
「マチャ……ナントカ工科大学でしたっけ」
「マチャチューチェッチュ工科大学」
「……」
即行、言い直されてナマエは沈黙した。あまりにもシュールだったから。よく噛まず滑らかに言えるものだ。まあ製造元の名称だし、ロボットだしな、とは思ったが。
「それがどうかしたかい?」
さして興味がなさそうなのに、アシッドマンは問うてきた。今、他に何もすることがない。暇つぶしでも、ということだろうか。
「いいや別に。深い意味はないです」
マチャチューチェッチュ工科大学、といえば世界的にも有名な、あの。 すげえなそこで生み出されたロボットがここにいるなんて、と感激してはいるが、ナマエがこの話を切り出したのは、
「製造元の名称が言いにくいんだよなあと思って」
ただ、それだけのことなのである。だから、深い意味はないのだ。
「マチャチューチェッチュ、工科大学。言えるには言えるんですけど───」
「では練習してみるか?」
「え…………えっ?」
それまで黙したまま、じっと瞳だけをナマエに向けていたアシッドマンから唐突に言われて、硬直する。彼がそんなことを口にするとは予想だにしなかった。
「いやそこまでしなくてもい…………わかりましたやります」
ふたたび無言で、アシッドマンが刺してくるするどい眼差しに"やれ"という圧力を感じた。表情が読み取れないのが怖い。
「マチャチューチェッチュ工科大学」
「もっと早口で」
「え…………マチャチューチェッチュ工科大学」
「もっと」
「ま、マチャチューチェッツ工科大学」
「やり直し」
「マチチューツェッツュ」
「不合格!」
いったいなんだってんだよ!!
「マチャチュー、チェッチュ、工科、大学」
「…………」
ぶすくれながら、わざと区切る上にスローで口にした。名門大学には非常に失礼極まりない練習大会である。 名称のことでナマエが話を振ったのが確かに発端ではあるが、やれと言ったのもまた、このサイエンティストロボットに他ならず。
「もう一度だ、ナマエ」
やめる気がないようだ。製造元に対してそれほど誇りがあるのだろうか。すでに恥ずかしいのだが、アシッドマンは未だ圧力を掛けてきている。ナマエはため息を吐いた。
「マチャチューチェッチュ工科大学」
できる限り早口を意識する。OKは出ない。
「マチャチューチェッチュ工科大学」
アシッドマンは黙ったままだ。もう勘弁してくれと思いながら、ナマエは再度口を開く。
「マチャチューチ───むぶっ!?」
まだ途中だというのに何を考えているのか、アシッドマンは突然ナマエの頬を片手で潰すように掴んだ。加減はされているものの、わけが分からず、伸びてきている彼の腕と顔を、交互に見た。
「あ、あ、あひっどまんはん、なにほ…………」
「いいや、別に何も?」
そう言いながら、くっくっくっ、と人間でいえば喉の奥で笑うような、そんな音声を出しているアシッドマン。 吊り上がった目は細められ、明らかに面白がっているのが、ナマエにも分かった。
「ちょっ、はなひへ……」
「聞き取りにくいな、もっとはっきり言わなければ伝わらんぞ…………ククク」
「くっそが…………んむうぅ」
掴みながら、頬を捏ねるようにむにむにされている。不愉快だと顔に出したところでやめる様子はなかった。そんなことより顔が近い。先ほどに比べてだいぶ距離が縮まっていることに、ナマエは焦り出した。 必死で身を退こうとするものの、アシッドマンはそれを許してくれない。
「ふむ、思ったより柔いのだな」
「ンン゙ッッ」
余計にどぎまぎして汚い声が出た。まだアシッドマンの顔が近い。誰でもいい。誰かこいつをどうにかしてくれ!
必死に謎の戯れが終わるのを堪えていたところ、ちょうど扉が開く。現れたのは、氷を模した装飾が美しいロボット。
「…………アシッドマン、ナマエと、何をしているんだい…………?」
ツンドラマンだった。ふたりの姿を見るなり、わなわなと肩を震わせ始める。
「見ての通り、彼女の練習に付き合っていただけだが?」
ナマエの頬を掴んだままアシッドマンはしれっと言い放った。
「練習って!? なんの!? ていうかどこが練習!!?」
ものすごく怒り出したツンドラマンに、アシッドマンは飄々とした態度だった。やがてツンドラマンに詰め寄られ、その拍子にナマエの頬からも手が離れていく。
「…………はあ…………」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出した彼らの横で、ナマエはほっと安堵する。いったいさっきまで過ごしていたのはどういう時間だったのか。いやとても疲れた。まだ妙にどぎまぎしている。
取りあえず、ここはツンドラマンに感謝しておこうと思った。彼は彼で、何かあらぬ誤解をしているようだが。
2019/01/05.
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