ひだまりひざまくら



家事が一段落着いて、リビングルームへ足を運んだときのことだった。

「あれ、ナマエさん来てたんだ」

ソファーに腰掛ける女の子の姿が目について、ロックは駆け寄っていく。
彼女は研究所の人間ではない。ロックやロールが買い物に利用する店で働いていて、最近そこで仲良くなってから、よく遊ぶようになった友達だ。

「ロック。お邪魔してたよ」

やって来たロックを見るナマエは、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。ただ、返された声はいつもと違って控えめ。どうかしたのかと訊く前に、ロックは気付く。

ナマエの左足の上に、頭を乗せて眠るロールがいる。

ひざまくら、というやつだ。その様子が珍しくて目を丸くするロックに、ナマエは静かな声で言った。

「お話してたら寝ちゃって」

「そうなんだ」

そ、と覗き込んで見たロールの寝顔は、とても穏やかだった。ロックは思わずふふっと笑う。

「お仕事は?」

「ちょうど区切りがついたどころだよ」

「ふーん、そっか。お疲れさま」

そう言いながらナマエが頭を撫でてくるので、少し照れくさくなった。でも、心地好い。人間の常套句で言うところの「まるでお姉ちゃんができたみたい」な。これまでにも何度かそう感じたことがあって、ロールにも同じ接し方をしている。彼女も、自分たちのことを小さなきょうだいだと思っているのかもしれない。

(…………あ、)

ナマエの手が離れていった。体温は微かなものなのに、触れるものがなくなった途端に冷たくなる。

「ロック、」

ぽん、ぽん。座ったらと言うように、ロールが眠るのとは反対側のスペースをナマエは静かに叩く。また照れくさくなったが、ロックは素直にそこへ腰掛けた。

「ちょっと疲れてるんじゃないかと思って」

「まだぜんぜん大丈夫だよ」

ロールの前髪をそっと撫で付けてやりながら、ナマエが続ける。

「そう? でもキミは働き者だから、たまには手足を動かすの止めたほうがいいと思うなあ」

「ナマエってば…………言ったじゃないか、ぼくはロボットなのに」

彼女の言葉にロックは苦笑した。自分たちはそのために造られたのだから、働くのは当然のことだ。エネルギーを消費したら、きちんと補給だってする。

…………と考えを巡らせたところで、やめた。ナマエが言わんとしているのは、そういうことではないから。

「ただ身体を休めるだけじゃダメだよ。気疲れだって多少はするでしょ」

「……まあね」

「と、いうわけでさ、」

「ん? ……えっ、えええ?」

頬の辺りに熱が溜まっていくのが分かる。ナマエは先ほど隣に座るよう促したのと同じように、自分の右足をぽんぽんと叩いたのだ。

ぼくもひざまくら? さすがにそれはちょっと!

熱くなった顔をぶんぶん左右に振ったが、ナマエは穏やかな笑みを絶やさない。無言で、ここで寝ろと圧を掛けてくる。

ロックはため息を溢した。逆にその気疲れが増幅するのではと思ったものの、意を決して、ナマエの足の上におずおず頭を乗せた。そうして横たわればすぐに彼女の手が伸びてきて、髪を撫でられる。

「言ったよね。休息は大事だよ」

「…………15時には起こしてね」

「はいはい」

くすくす満足そうに笑ったナマエと目を合わせないようにして、身を縮こめた。なんとなく敗北感。でも、あたたかい。

「ロック、ただでさえ家事手伝い以外のことでも忙しくしてるんだもの。たまにはこうしてるのも悪くないでしょ」

家事手伝い、以外。

「でも今、キミはただの男の子。家事手伝いロボットのロック」

その手でまどろみを掛けてくるくせに、ナマエはまだ言葉を紡ぐ。
ゆっくりとシャットダウンが始まり、その先へはきっとあっという間。

「一眠りして、目が覚めたら、待ってるのはすべて普段通りの日常だ」

そんなの当たり前じゃないか。
頭のてっぺんにはロールの髪がぶつかっていて、スリープ中の駆動音も聞こえるし、ナマエの手が触れているのもちゃんと分かる。今はとても、平穏なんだ。

「おやすみ、ロック」

それが、聴覚に届いた最後の声だった。うん、おやすみなさい。返事はしたつもりだけど、ちゃんと伝わったかは分からない。

そうしてついに、意識は暗闇の中へ沈んでいく。ひだまりのようにあたたかくて、穏やかな暗闇だった。



2019/01/08.
ロールもメインの話のつもりだったのに目立ったのはロックでしたね。ふたりをひざまくらに寝かせたい。







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