結んだ願い事
夕食が終わり、一日の残り時間を各人のびのびと過ごしている頃、ナマエはひとり食堂にいた。
小腹を空かせてきたわけではなく、もて余した暇を潰すため。
寝るには早く、自室に籠る気分でもなかった彼女は、持ってきた工作道具と材料を散らかして、作業に没頭していた。
細長くカットした色画用紙で、いくつもいくつも作り出す、小さな立体。
そうしてかれこれ一時間、お気に入りであるいちばん奥の席を陣取るナマエは、人がやって来ることに気付いていない。
「───やあ、何を作ってるんだい?」
「ほあぃ!?…………なんだ、きみか…………」
声を掛けたのはルフレだった。
おどかさないでよね、とでも言いたげにするナマエだが、すぐにつんと、手元に視線を戻してしまう。
苦笑するルフレの顔をまともに見られない。すっとんきょうな叫び声を上げた自分が恥ずかしい。
「ごめんごめん、おどかすつもりはなかったんだ。まだ食堂の灯りが点いていたから、気になって」
謝罪を述べつつ、ルフレはナマエの隣に腰かける。
「それで、ナマエが作ってるのって…………星?」
テーブルに無造作に散らばる立体───カラフルな星たちを見渡して、彼が問い掛ける。 ナマエは一瞥もしないまま「そうだよ」と答えた。
「これは、ラッキースターって言ってね」
レモン色の紙を輪にしながら、ナマエは説明する。
「願いを込めながら作るとそれが叶うとか、幸せがやってくるとか。そういう話があるんだって」
「へえ……」
なるほど、女の子なら好きな話だろうなと、ルフレは考えた。
夜空の瞬き。カービィのシンボル。ロゼッタの子どもたち。 連想したそのどれとも同じで違う、紙でできた星の名前。
「1000個作ると願いが叶うって話もある」
淡々と出てきた数値にルフレは耳を疑った。
「もしかして、ナマエはその願い事のためにラッキースターを1000個作るつもりで…………?」
「まさか! これは暇潰しに作ろうかなって、やってるだけ」
ふふふ、と可笑しくなって笑うナマエに、ルフレもなんだ、と笑みを溢す。
けれど、彼女にかかれば1000個など容易いかもしれない。
紅色、オレンジ、黄緑、ネイビー、ピンクにスカイブルー。 清潔に拭かれた白い空には、すでにナマエが作った色とりどりのラッキースターが埋め尽くさんばかりに、煌めいているのだ。
ルフレはその中から、クリーム色の星をそっとつまみ上げた。 頬杖をつき、しげしげと眺めて、黙々と指先を動かすナマエに目を向ける。
真剣な眼差しの下、ちょうどひらりと、風のようにホワイトがなびいた。
細長い紙の端をゆるく結び、その目を折り潰して形成した五角形。
短い余りは紙のすきまに折り込んで、長く残した部分で丁寧に五角形をくるんでいく。
再度余った端っこは、反対側にしたのと同じように、紙と紙のすきまへ。
仕上げに、五つの面のまんなかにそれぞれ爪を入れて膨らませれば、またひとつ、小さな星の出来上がり。
「……すごいな」
ルフレは見ていて飽きなかった。
ときどき折り直してはいるが、制作スピードが衰えることもない。
こんなに小さいものよく作れるなあ、と感心する。
「まるで星の職人だ」
さらりと紡がれた称号に、ナマエは照れくさくなった。
「慣れれば簡単にできるよ」
「それはそうだろうけど、もし僕が作ったらヨレヨレのラッキースターになっちゃうかも」
「そこまではならないと思うけど」
少しだけおどけた調子の語り口に控えめな笑い声が、あたたかく空気を揺らす。
最初は、回る秒針と紙に触れるのだけが、しじまに音を刻んでいるだけだった。それで良かった。 でも、ルフレが来てからのほうが、なんだか充足している。
密かにそう考えるナマエの横で、ルフレは腕を組み、思案顔をする。
「うーん、やっぱり挑戦してみようかな」
決意したかのような口振りで彼はそう言った。
「作る? 紙なら、まだたくさんあるから」
すべての色をとり、どうぞ、と渡された紙の束の中から、彼は一枚ネイビーを選んだ。
「ひとつだけ?」
「ひとつだけ」
そしてお互い、手元の星をむすぶことに心を注ぐ。 見よう見まねで、慎重に工程を踏んでいくルフレに、ナマエがアドバイスをしながら。
じっと眺めていたからと言って、やはり早々にうまくいくものではない。
輪にして、結んで、ほどいては結び直す。
折り目をつけても、ずれたら巻き直し。
なかなか容易ではなかったけれど、どうにか時間をかけて、形にしていく。
「…………できた!」
「ん、かわいい」
「そう? ずいぶん不格好だよ」
完成したラッキースターは、お世辞にもきれいとは言えない。 それでも、満足そうにルフレの表情は綻びる。
「…………実は僕、これを作りながら、願い事をしてみたんだ」
朗らかだった声が、夜の空気に融けるような静かなトーンになって、ナマエの耳へスッと響いた。
「願い事?」
ルフレのほうを見る。 大人びた笑みを浮かべて、彼もナマエを見ていた。
振り向いた先にそんな表情が待っていたとは思っておらず、ナマエはつい閉口する。
この人もジンクスを信じるのだろうか。 だとしたら、何を願ったのだろう。
しかし、それは問わずして知ることもなかった。
「どんな願い事をしたかは秘密だ」
唇にひとさし指を宛がって、ルフレは分かっていたかのように言った。
「あ、そう」
ナマエは、素っ気ない声でしか返せなかった。意外な仕ぐさ。いたずらっぽい動作だ。きみはそんな風にもできるのか。
だけどねと、ルフレは続ける。
「これから先も君が、こうやって僕と仲良くしてくれたら嬉しいなと思うんだ」
「───、」
優しく、語り聞かせるような柔らかい声音が、ナマエの胸を叩いていった。
「それは…………まあ、そのつもり、ではあるけど」
上手い返事が思い付かず、尻すぼみになっても、彼はなお柔和に頬笑むだけ。 ナマエはそっぽを向いた。
「照れてる?」
「ちがうよ…………」
ああ、そうだとも。熱くなった顔で否定したところで無意味だろう。
結局、彼がどんな願い事をしたのかナマエには見当がつかなかった。 果たしてそれは叶うのか、叶ったらどうなるのか。
ポップで凄惨な状態のテーブルを片付け始めたナマエは、不服そうに眉間を狭める。
楽しそうに、かつ慈愛が含まれた笑みを湛えるルフレをまともに見ることは、今はできそうにない。
2018/12/18. その願い事の内容は友愛なのかそれとも。
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