深海に棲むくらげ



深海にすむくらげはある日、空よりなにか丸い粒が降ってくる夢を見ました。
ぼんやりと輝く小さな粒は、マリンスノーをぼうやり照らし、あたり一帯、まるで夢のよう。
きらきらと光る丸い粒は、いつも見ている真っ暗な水泡に似ていました。
けれど、
それよりもずっと美しく、儚く、輝いていました。
瞳がとろけそうなほどあかく、それでいて目を離せない光を放っていました。
深海に棲むくらげはその水泡の色の名を知りません。
ただ、こんな深く黒い海の底に、こんなきれいなものが降ってくるなんて。
水と少しの成分でできたふるふると震える手を一本、彼は伸ばしました。
感動、したのでしょう。
陶酔、したのでしょう。
そうして、
光を捕まえようと伸ばした、
ちょうどそのところで、



ぱちんと夢が覚めました。



泣いていたのだ。
と、すぐに気づきました。
零れた筈の涙は海の水と混じり合って、すっかり流れてしまっていたけれど、それでも泣いていたのだと、彼はすぐに気が付きました。
どうして、泣いていたのでしょう。
なにか、欲しかったはずのものを手に入れたような気がします。
望んでいたはずのものを手に入れそこなったような気もします。
暗闇の中でくらげは一人はてな、と首を傾げました。
食べるものには困っていないし、
誰かに食べられる心配もあんまりない。
このくらい世界で一人はちょっと淋しいけれど、
「淋しい」は孤独のために作られた言葉でないことも知っている。
それに、気ままに浮き漂う生活も嫌いじゃない。
そんな僕はいったい、何を望んでいたのだろう。
彼は再び首を傾げて。傾げました。
ぽこぽこと水がかき乱されて、泡を作ります。
彼はそれをぼんやりと目で追いました。
上へ上へとそれは昇って行って、いつか、それはどこへたどり着くのでしょう。
暗くて重い闇の中でしか息したことのないくらげはその先を知りません。
世界はどこまでも暗く。
世界はひたすらに重いものなのです。
深海にすむくらげは自分が創りだした泡を見、もう見えなくなった泡を見、
つと、目を細めました。
眩しげに。
眩しいという感覚も知らないまま。
彼は結局、涙の答えを出すことはできませんでした、
若しかしたら、泣いてすらいなかったのかもしれない。
そう、決めつけて。

彼は今日も暗い世界に漂うのでした。


−−−−−−−−

へびあし
一時期、深海生物に凝りまして、その時に書いたお話(今でも深海生物は好きなのですけれどね)。
深海のくらげはなんっていうか、こんなアンニュイ〜な感じではなく、俺はここにいやがるぜ!!って、全力で存在アピールしてくるようなギラギラ系なのですが、そこはまあ、イメージで。
わたしのくらげのイメージはアンニュイで存在が模糊模糊していて、ぐったりとしたような感じです。
あの透け感とか良いですよね。すごく。すごく。
出来るなら、くらげさんを世話し申し上げたいのですが、なかなか海産生物さまはお世話するの大変そうですね……。
海水とかの工面という話もありまするし。
でも、憧れますよねえ。くらげのいる生活……



  
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