己、わが敵と主人公は叫んだ



サンタクロースは子供に愛と希望を与えるらしい。それも世界中の子供に分け隔てなく。トナカイの引く空飛ぶそりの上から、愛と希望に満ちたプレゼントを世界中に配って回るのだ。
……ここまで聴けばサンタクロースは好好爺である気がする。気がするだけで実際は違うのだが。
なぜって、諸君。よく考えて欲しい。
会話を交わした事も、ましてや見た事すらない何処の誰かも解らぬじじいに愛と希望を与えられ、諸君は疑わずそれらを受け取る事が出来るのか、と。
僕には出来ぬ。寧ろ、入道雲のごとく不信感が僕の澄んだ心に湧き上がり、途端雨を降らせてしまうに違いない。大体、子供にのみ愛と希望を与える爺さんなどロリコンじじいである。そうサンタクロースとは隠れ蓑でありその実態は恐るべき、ロリコン野郎なのである。

夕暮れ時の商店街というのは、実にノスタルジックだ。冷めた煉瓦敷きの通路、所狭しと林立する店店の日焼けした壁。夕飯時を狙って惣菜を生産する惣菜屋の匂いが僕の空きっ腹を擽り、ぐぅと空しい音を立てさせた。お腹空いた、僕は我が腹を撫でて見るが効果は勿論無い。寧ろ、腹が温められたことで余計に胃の活動が活発になった気さえする。何て空しいんだ、僕。
そんな空しさを忘れるべく僕は我が敵について拳を振り、臨場感たっぷりに力説していた。……と、いうよりさっきから間抜けにぐうぐうなる腹の音を大声で隠そうとしていた。隣には聞き手になっている悪友が歩いている。ひたすらに喋り倒していると、隣で押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「なに笑ってるんだ。僕は、善人面した、煮ても焼いても食えないあのじじいの実態をだな……」
「ああ、解ってるよ。いや、お前も相当阿呆な事を考えるものだな、と思って。感心していた」
憮然と友人を見れば、彼は今にも腹を抱えて笑い出しそうなほどにやけている。目尻に涙を溜め、その芸の細やかさに逆に此方のほうが感心してしまいそうだ。
「あのじじい。僕をなんだと思ってるんだ。会う度会う度、儂は基督教の神秘じゃとか言いやがって。頭とち狂ってんのか!」
 僕が基督教なんかを怖がるか。忌々しげに吐き捨てる。
「へぇ、怖くないんだ。意外だね」
僕の発言を受けて、友人が眼を見開く。
「僕が何百年生きていると思っているだ。流石に……少しは慣れた」
「それは、克服したとは言わないね」
友人の苦笑するような気配に僕は煉瓦敷きの通りを八つ当たり気味に蹴った。得られたものは若干の晴れた気持ちと、じん、と響くつま先の疼痛だった。全く腹が立つ。
「全部あのじじいが悪いな。うん、そうだ。そうに違いない」
「それをまた、俺に言うか? サンタクロース……そのじじいの実の孫に」
にやにやと呆れたように、自分を指差す友人。しかしそれは、いかにも嫌味で突き返したくなる笑いを堪えたような顔だった。酒を呑んでもいない癖して、笑い上戸な友人を横目でみつつ、溜息を吐いて僕はこの商店街を真っ直ぐ進んでいく。
「でさ、君は一体何処に行きたいのかな?」
何とか笑いを堪えてぜーぜー息をしながら尋ねてくる。こいつの腹筋は凄そうだなと全然関係のない事を思いながら、答える。
「当たり前だ。僕が行きたいのはおもちゃ屋。確か、この道を真っ直ぐ行けば着く」
今進んでいる道のさらに奥を指差す。よほど広い商店街なのか煉瓦敷きの通路がずっと奥まで続き、続いて結局何処へ通じている通路なのか解らない。この道、何処かへ通じるとしての通路としては失格だな。と一人ごちる。
「そうか。君はおもちゃ屋に行きたかったんだな」
「ああ。そうだ。……なんだよ」
含みを持った友人の言葉に僕はついと肩眉を上げる。こいつはこんな喋り方をするからどうにもいけ好かない。しかし、そんな僕の不満を知るはずもなく。彼は口を歪めてこう言った。
「おもちゃ屋、とうの昔に通り過ぎたぜ?」
正確には二つ前の曲がり角の右手にあったな。立派なのが。
「早く言え、この莫迦!」
隣の友人の嫌味な笑みと、かっと身体を巡った羞恥に耐えられず。僕は思いっきり叫んだのだった。


つづく→


  
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