「いらっしゃいませぇー」
 からんころん。店員の間延びした声とともに(喫茶店じゃあるまいし)、扉の上方に取り付けられた古めかしいベルが音を立てた。憮然とした表情でその扉を潜る僕と、相変わらずの笑みを浮かべた友人。店内ははっきり言って雑然としていた。乱立する棚。そこにはあらゆるおもちゃが並んでいる。飛行機のモデル、ままごと道具一式、人形……。とかく、大量のおもちゃが乱雑に、それこそ無秩序にそこにある。
「……ったく、通り過ぎてんなら先に言えよなあ」
「まあまあ。辿り着けたんだから良しとしようよ」
おもちゃ棚の森を進む、進む。さまざまなおもちゃが私を買って。と手を伸ばすが、僕はそのどれも無視をする。欲しい物は決めていた。必要な物は一つしかない。そう言わんばかりに無関心を決め込む。
「そうだ。そう言えば君は一体何を買うつもりなんだい?」
絢爛なおもちゃの世界に酔っているように、友人の足取りは実に軽い。先頭をきって歩く僕にかける声も同じく軽い。
「ああ。その」
友人の問いに僕は答えを躊躇った。そんな妙な物を買うわけではないのだが、なんというか、僕が「僕」という存在故に生じる矜持とが、素直に問いに返答するのを躊躇わせた。でも、黙っていて妙な詮索をされたり勘繰られたりするのも嫌だ。僕は、恥ずかしさをしのんで答える。
「…………リカちゃん人形」
「ああ?」
友人は僕の返答に柄悪く聞きなおしてきた。いや、聞きなおしてきやがった。
僕からそんな可愛らしい単語が出てきた事が意外なのか。
それともただ単純に僕の声が聞こえなかっただけか。
はたまた、どうやら恥ずかしがっているらしいとさっとた友人の僕への嫌がらせか。
どれにせよ、結局僕はもう一度恥ずかしい思いをせねばならない事には違いはない。衝動のまま、友人の脛を蹴る。
「いって!」
「リカちゃん人形だよ、悪いか!」
恥ずかしさのあまり叫んでしまう。てっきり、柄でもない、とかお前の立場で、とか嫌味言われながら笑われると思っていたのだが、友人は何も言わず、目を丸くした。
「…………、マジで?」
驚き。驚愕。言葉に表すならそんな感じだろう。突拍子がなさすぎて、想像と違いすぎて、驚くほかない。さも、そう言いたげな視線に僕はむっと、気を悪くする。
「確かにお前は人でなしのろくでなしだったが、とうとうそんな所までいきやがったか。いや、人の趣味にどうこう言えるほど偉い身分じゃないが、お前の友人として、一言だけ言わせてくれ。その、流石にそれはちょっと……。いやいや、引いてない。俺は別に引いてないぞ」
まるで自分に言い聞かせるように、友人は自分の頭を抱えて怒涛のように喋りまくる。
 いや、僕、人じゃないし。そう突っ込みかけたが、なにやら既に妙な勘繰りや詮索をされているようで僕は慌てて振り返る。
「ちょっと待ってくれ、何を言っているんだ。僕はその、なんだ、頼まれたんだよ。妹に」
言うつもりはなかったのに。喋る義務もなかったのに。
僕は予定が違うと頭をがりがりとかきむしった。
「……なんだ。お前、妹にたぶらかされたのか」
「違う! なんでそうなるんだよ」
妹にたぶらかされるって一体どんな状況だよ。彼がそう言った意味も心情も理解出来なくはないが、それでも酷い。
「本当に頼まれただけさ。お願いと、請われただけさ」
僕の妹はサキュバスだ。男をたぶらかし夢を食らう夢魔。人や友人のような奴だったら、簡単にほいほいと妹の手玉になりかねないが、僕はあいつの兄である。そして、それ以前にあいつと同類のイキモノだ。人をたぶらかす理由は知っていても、人にたぶらかされる意味は知らない。だからそう簡単に誰かに騙されない。信じない。
「あ、条件付だろ。妹ちゃんにもなんか頼んだんだろ? 山羊のステーキとか。それか下心があるとか」
「なんでだよ。普通に頼まれたから買いに行くだけ。兄が兄として、なんで妹の面倒をみるのに理由が居る?」
大体山羊のステーキって突き詰めれば、トモグイじゃねえか。新手の嫌がらせか。解りにくいわ。
「まあそうだけど。それを言われちゃあ言い返す言葉がないけど。ふーん、そうか。柄にない事をするなあ」
友人の言い方に僕は不信感を覚えるが無視。柄でない事は僕でも解っているのだ。無条件で人の言う事を(親族とはいえ)聞くなんて、僕は僕を莫迦にして笑ってもいいんじゃないかと思う。それくらい僕という存在にとって柄でないし、似合わない。
「リカちゃん人形ねえ。そう言えばここに入ってから見てないなあ。ふっるい人形ならそこらにごろごろ転がってるけど。店員に聞いてみたほうが早いんじゃないか?」
ほら、ここ汚いし。
 声を小さくして耳打ちする友人の言葉は確かに的を得ていて。流石に之には頷かざるをえなかった。
確かに、ここ汚い。
「すいませーん。あの、リカちゃん人形って置いてないっすかね?」
森の最奥。レジに気だるげに座る店員に声をかける。彼はメッシュの入れた前髪を揺らしながら、それでも人好きする笑みを浮かべて応対する。
「リカちゃん人形ですか? あー、済みません。今は売り切れちゃってって……」
っていうか、今人気のあるおもちゃは大方売り切れちゃってって、本当済みません。
 苦笑いを浮かべながら謝る店員に僕は少し動揺した。今がおもちゃ屋にしても掻きいれ時の筈。なのに、なんでそんなチャンスをみすみすドブに捨てるような事をする?
「いやあ、もうすぐクリスマスでしょ? サンタクロース様が粗方購入されていかれたんです。経費で」
微笑みの対応をする店員の言葉。隣で、友人が「あちゃー」と呟く声がした。
「あんの、くそじじいっ! 覚えてろよ!」
後で絶対叩き潰してやる。十字架持ってこられたって知るか。悪魔の恐ろしさ眼に見せてやる。僕は殆ど被害妄想な事を思いながら、怒り任せにぎり、と歯軋りしたのだった。
「まあ、」 
何はともかく。今日もこの商店街は、世界は、平和ってことだな。
友人が笑いを堪えながら、嘯いて嘘吹いた。

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あとがき
男の子主人公のラノベっぽい文体で書いてみました。
登場人物は男ばっかりですが……。
ラノベ、好きですよ。楽しく読めますし。
ぎりぎりでサキュバスな女の子が出てきますね。……会話の中だけで。
なんとなく人外っこちゃんです。人外っこちゃんの日常を切り取ってみたよ!って感じのお話です。山も落ちもなくってなにがなんだか。ゆるゆるです!

ラノベの文章は軽妙さが胆になるのかあと学習しました。



  
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