クレアは。



クレアは可愛い。
クレアは転校生だ。
高校二年生の冬、もうすぐ三年生になろうとする一月にふらっと僕のクラスに転入してきた。
わたしはクレアといいます。
よろしく、……です。
少し訛りのある日本語でクレアはそういった。
そうして、にこりとぎこちなく笑った。

恋に落ちた。


クレアは可愛い。
クレアはイギリス出身らしい。
肌は透き通るように白い。
ブロンドの髪が眩しい。
声はコマドリのように可憐だ。ずっと聞いていたいとさえ思う。
クレアはよく笑う。
それがまたクレアをチャーミングにしている。
転入当初はおずおずとしていた笑顔も、次第に花開くように柔らかく笑うようになった。
クレアが笑うとブルーの瞳がきらきら光る。
僕はクレアの笑顔が好きで、つい調子のいいことを言ってしまう。
口下手でおしゃべりが苦手な僕が柄にもなく。
友人は汗をいっぱい流しながらクレアとしゃべっている僕を見て、さっそく僕の気持ちを見抜いたらしかった。
いっぱいいっぱいからかわれた。
クレアはかわいかったし、お近づきになりたい男子はいっぱいいたのもあるだろう。
散々からかわれたけれど、それでも僕はクレアが好きだった。

クレアは可愛い。
日本語がなかなか覚えられなくって、言葉に詰まり考え込んでしまう。
細い眉を寄せて、腕を組んで、ちょっと背を丸めて、うんうん考え込む。
そして、やっと適当な言葉を思いついて、ぱっと顔を明るくする。
その一過程が僕は本当に好きだ。
ただでさえ募る思いがぶあっとあふれ出しそうになる。
クレアは小柄で、考え出すといつもはぴしりと伸びたその背が丸まる。さらに小さくなる。
抱きしめたいと思う。
実際、女子にはよく抱きしめられてる。
ぎゅうっと。
女子に思いっきり抱きしめられて、苦しそうに顔を赤くしているクレア。
だけど、ちょっと嬉しそう。
クラスメイトと談笑しているクレアは一層きらきら見える。

日本語が苦手なクレアは当然国語も苦手だ。
漢字、難しいです。
と、はにかみながら、クレアは僕に漢字を教えて欲しいと言った。
僕は二つ返事で了解した。
僕とクレアが仲良くなれたのは偶然のことだった。
転校初日、クレアの隣に僕が居た。
それだけだ。
でも、そのおかげで僕はクレアと真っ先に仲良くなれたのだ。
僕はクレアとおしゃべりに、一生の運を使い果たしたと思う。
ゆるゆるとその友好の輪を広げていったクレアだけれど、クレアはことあるごとに僕と一緒にいた。
ユウキ(僕の名前だ)はわたしの最初の友達ですから。
クレアはよく僕にそう笑いかけた。
僕はその言葉が嬉しくて、ちょっぴり切なかった。
そうだね、と曖昧に僕がほほ笑めば、クレアはほんの少しだけ頬を膨らませた。
そして、悪戯っぽく笑った。

クレアは焼きそばパンが好きだった。
昼休み、嵐のような購買部に突入して、よく焼きそばパンを買ってきていた。
あの小さな体を存分に生かしたすばしっこさで、僕でさえためらうような群衆の中へと突っ込んでいくクレアはとっても勇ましかった。
なんとかかんとか手に入れた焼きそばパンを誇らしげに僕に見せて、にいっと笑うのだ。
焼きそばパンはすごいものです。
クレアは興奮気味に言う。
パンに麺を合わせるなんてすごいハッソーです。
タンスイカブツの塊です。
これは褒め言葉だろうか。
それは、クレアが嬉しそうにもぐもぐとパンと麺のタンスイカブツの塊をほおばる姿を見ると、推して測ることができる。
僕はお弁当と、クレアは隣で焼きそばパンを。
二人で学校の花壇の前でもぐもぐ食べるのが好きだった。

クレアはその日、どこか物憂げだった。
いつものように笑っていたけれど、どこか表情の暗さが感じられた。
物憂げで仄暗くて、上の空だった。
女子たちはそんなクレアをこぞって心配していた。僕もクレアを案じた。
だけれど、クレアはやんわりといつも通りであることを告げ、それらを拒絶した。
なんでもないです。ダイジョーブです。
大丈夫なわけないだろう、とクレアの変調を察したものは皆、思っていたが、クレアの柔らかな拒絶の前では口を閉じるしかなかった。
それは、かくいう、僕も。
ぼうやりとした不審を抱えたまま、僕はその日帰宅する準備をしていた。
鞄に教科書を詰め、筆箱を詰めしていると、不意にクレアに声を掛けられた。
風に吹かれて飛んで行ってしまいそうな力ない、声。
僕はどきりと心臓が跳ねた。
あわてて振り向く。
クレアの瞳は真っ赤だった。

→つづく


  
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