今、僕の目の前にいるクレアは泣いている。
まっさおな瞳からまっさおな雫を流しながら泣いている。
お家、帰ることになりました。
クレアはしゃくりあげながらそう言った。
次の月には、お別れです。
僕はそれを聞いて、クレアの涙に負けないくらい青くなった。
クレアのいうお家、それがイギリスであることは間違いなかった。
お家に帰る。つまり、そういうことだ。
僕はクレアはずっとここで笑っているものだと思っていた。
そう、思い込んでいた。
けれど、そうではないのだ。
別離は不思議なことではない。不条理に、感じることはあっても。
そっか。
無理に絞り出した言葉は、か細かった。
淋しくなるね。
呟いたのは、高校三年の冬。
クレアは笑顔とも無表情とも違う曖昧な表情を持って、僕の言葉を受けた。

クレアは可愛い。
花がよく似合う。
その日、クレアのお別れ会と称して開かれたクラス会で、女子生徒の涙とともに送られた色とりどりの花束もクレアには良く似合っていた。
花に紛れて、クレアは笑ったり、泣いたりしていた。
クレアと仲良くしていた女子生徒たちも笑ったり、泣いたりしていた。
でも、クレアが一番きれいに笑ったり、泣いたりしていたように思う。
……こう言い切ってしまっては、ほかの子に失礼かもしれないけれど。
夕闇が青空に染み出す頃、クレアはつかつかと檀上に上がった。
主役の挨拶。
会が、終わる。
自然と、みなの視線がクレアに集まった。クレアはクラスメイトの視線を受けて緩く笑んだ。
いつもみたいな、きれいな笑顔。けれど、いつもよりも切々とした、笑顔。
お別れ。別離。さようなら。
また明日、が言えなくなるのは悲しい事だ。
僕は知れず、拳を握っていた。ぎゅっと。手が白い。
みなさん、今までありがとう。
忙しい時なのに、わたしのためにお別れ会をありがとう。
クレアは微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
あの日、初めて会った時の訛りは随分と消えていた。
目の端が潤んでいる。
僕はそっとクレアから視線を外し、俯いた。
もし。
もし、いま、クレアの手を取ったなら、クレアは答えてくれるだろうか。
お家に帰ってしまうクレア。
遠い異国へと行ってしまうクレア。
それでも、クレアは手を握り返してくれるだろうか。
僕は自分の白くなった手をじっと見つめた。
ぴくりとクレアの方へ動きかける。
……が、結局それは身体をほんの少し揺らすだけの衝動で。
僕はなんて、意気地なしなんだろう。
それから、ですね、
ふと、クレアの声が大きくなったような気がした。
はっとなって顔を上げる。
クレアとがちりと視線があった。
総毛立つ。
クレアの青い瞳にとらわれる。
あの時と同じだ。
初めて、クレアに恋に落ちたときと同じ。
深い、青にとらわれる。
クレアが、笑う。
柔らかく、笑う。

それと、わたしは、ユウキが好き、なのです。

時が、止まった。
クレアの顔に紅葉が散った。
言っちゃいました。
と、はにかむクレア。
僕を含めたクラスメイトたちはクレアの唐突の告白に完全にあっけにとられていた。
さっきまで、あんなに寂しそうに喋ってたじゃないか。
それを、どうして。
僕らが唖然となっているなか、再びクレアが口を開いた。
ユウキは、わたしのこと好きです?
爆弾だった。
硬直していた教室は時間を取り戻し、瞬間、歓声が上がった。
なにそれ、告白!? クレアちゃん、結城のこと好きだったの!? わたしはそうじゃないかと思った。クレアったら結城くんの話、いつもしてたもんね! おい、結城。どーすんだよ! あのクレアだぞ! 断るわけねーじゃん。結城、嬉しーんだろ。
教室の右から左からやってくる声、声、声。
男子の冷やかす声。
女子のはしゃぐ声。
それらはいっぺんに僕を襲った。
かっと、顔が熱くなる。
で、どうするんだよ! 結城!
一斉に僕に視線が集まる。
僕は右を見、左を見、そうしてクレアを見た。明らかに挙動不審だ。
クレアは僕が自分を見ていることに気付くと、にっこりと笑った。
いつも、僕のことは友達だって言ってたじゃないか!
大体、返事ってなんだよ。なんでこんな、人前で告白なんてするんだ。
ああ、もう!!
右から左からの声に乱れた思考、そのままに、僕はクレアの方へ走り寄った。
クレアの手を取る。クレアは首を傾げつつも、なんの衒えもなく僕の手を握り返した。
クレアの手はこんなに近かったのか。ほんの数歩歩いて、ちょっと手を伸ばすだけで、届く
僕は思わず、笑い出しそうになってしまった。
僕が遠いと思っていたクレアは、こんなにも近い。
クレア、行くよ!
え、あ、はい!?
クレアの手を引けば、クレアはわたわたと慌てつつも僕に連れられる。
おおお、と教室から歓声が上がる。
僕は彼らを一度にらみつけると、そのままクレアの手を引いて教室を飛び出た。
逃げた! と、誰かが背後で叫んだ。
僕はべーっと心の中で舌を出した。
ね、ユウキ。
廊下を駆ける。いつの間にかクレアは僕の後ろではなく隣にいた。
クレアの朱い唇が柔らかな弧を描く。
遅いです。
クレアの白い頬が今は薔薇よりも朱い。
わたし、ずっと待ってたんですよ。
クレアが笑む。
そんなの、分からないよ。
僕はそっぽを向いて、そう呟いた。

−−−−−−−−
あとがき
最後、くっつけるかくっつけないかで随分と悩みました。
皆の前で好きな子から告白されて、意地がでるか、出ないか。
結城くんに意地が出たら多分断っていたと思います。
今回は意地を出すのは止めました。前回は暗めでしたので、今回は明るめで、という感じです。
それに、恋はかなった方がいいと思います。



  
[10/41]
leftnew | oldright